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進化したキャメルで粋に装えば

ニューズウィーク日本版 2017年3月31日 19時40分

<ダンディーな男たちに愛されたレトロな素材が現代に復活。スーツの名門カルーゾが提案する極上の「ラクダ服」>

核戦争が起きても生き残れる生物はゴキブリ――。いや、フタコブラクダもいい線をいく。

フタコブラクダは中央アジアの広い地域に約140万頭が生息している。希少な野生種のいることで知られるモンゴルのゴビ砂漠は夏場の最高気温が45度に達し、冬には氷点下40度になることもある過酷な環境。時には風速30メートルを超す暴風が吹き荒れる。

それでもこの砂漠で、フタコブラクダは平然と暮らしている。その秘密のカギの1つが、優れた保温・断熱性を持つ体毛だ。

ラクダの毛はファッション史に名を残す素材でもある。20世紀の2つの大戦の間、作家F・スコット・フィッツジェラルドに代表される当時のおしゃれな男性にとって、ラクダの毛でできたポロコートはユニフォームのようなものだった。

エスクァイア誌によれば、20~30年代にキャメルのポロコートほどの「衝撃を与えたコートはほかにない」。もとはポロ選手が着用するアウターだったが、粋なアイテムとしてたちまち魅惑の一着に躍り出た。

ラクダの毛は「男性的でありながら温かくて心地よい素材だ。男性は昔からラクダの毛に魅了されてきたのではないか」と語るのは、イタリアの高級紳士服ブランド、カルーゾのウンベルト・アンジェローニ会長兼CEO。もっともキャメルコートは重いため、時代とともに「あればうれしいが、めったに着ないレトロなコートという扱いになってしまった」。

それでもラクダの毛にはロマンがあると、アンジェローニは強く感じていた。「羊やヤギはロマンチックでないが、ラクダは違う。アラビアのロレンスやマルコ・ポーロ、冒険と異国情緒をイメージさせる」

そこで彼は、ラクダの毛の魅力を現代によみがえらせようと考えた。大学で経済学を教えた経歴のせいか、カシミヤより30%割安なコストにも目を付けた。問題は、21世紀のライフスタイルに即したキャメル製品をどうやって生み出すかだった。

そこで助言を仰いだのが、イタリア有数の繊維専門家ピエル・ルイジ・ロロ・ピアーナ、通称「PG」だ。彼の祖父が創業した服地メーカー「ロロ・ピアーナ」は、最高級かつ最先端のテキスタイルを手掛けるブランドとして知られている。

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ニットウエアも夏服も

同ブランドの名声はPGの才能に負うところが大きい。繊維というレンズ越しにすべてを見詰める彼は、動物を目にした途端、その毛からどんな布ができるかと考えるような人物だ。

「PGは数十年前から最高級のラクダの毛を集めてきたが、需要がほとんどないと言っていた」と、アンジェローニは振り返る。「軽いけれどキャメルらしくて、スーツに使える布を作れないかと聞いたら、実験を始めてくれた」



その結果、誕生したのがキャメル特有の毛羽立ちをなくした生地だ。カルーゾ限定のこの商品は、「ゴビ・ゴールド」と名付けられている。

スーツ用生地は2種類。グレンチェックまたはチョークストライプ模様のウーステッドと、キャメルを55%、ロロ・ピアーナの最上級ウール「スーパー170s」を45%用いた軽量な無地のフランネルだ。一方、空気の層をキャメルで挟んで、保温・断熱性を高めた服地はアウトドア用ウエアに向いている。

最大の成果は、夏向けのキャメル生地を作り出したことだ。ラクダの毛とシルクを混ぜていると、アンジェローニは言う。「おかげで輝きのある素材になった。さらに麻を混ぜることで、しわが寄りにくいパリッとした触感の生地になる」

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キャメルのニットウエアも既に登場しており、次の秋冬シーズンにはキャメルを使ったベルベットもデビューする予定だ。これほど多彩な生地を生み出せる理由は、毛の長さにある。

「カシミヤと同じくらい細いが、カシミヤが最長4~5センチなのに比べて、ラクダの場合は12.5センチに達することもある」と、アンジェローニは話す。「毛が長ければよりをかける回数が多くなり、しわになりにくく弾力に富む糸ができる。しかもゴビ砂漠に生息する動物の毛だから、暑さにも寒さにも強い」

まさに驚異の素材だ。もっとも、この服のおかげで核戦争も生き延びられたなんて羽目にはなりたくないが。

[2017.4. 4号掲載]
ニコラス・フォークス

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