<突然シリアを攻撃し世界を驚かせたトランプ。子供たちに化学兵器を使ったアサドが人道的に許せなかったからだというが、それだけが理由のはずはない>
先週木曜に米海軍がシリア中部の空軍基地に59発の巡航ミサイル「トマホーク」を撃ち込んだとき、アメリカのオバマ前政権が築いた米露関係の枠組みは崩れ去った。シリア内戦から事実上手を引いていた歴史に幕を閉じ、この地域で積極的に武力行使する唯一の大国としてのロシアの地位にも終止符が打たれた。
アメリカにとってもロシアにとっても好ましい変化ではない。両国の相矛盾する対シリア政策にはそれなりの理由や背景があった。それが今、米露両政府はほとんどその意思に反して内戦の関与をエスカレートさせざるをえなくなっている。
【参考記事】米軍がシリアにミサイル攻撃、化学兵器「使用」への対抗措置
米軍のシリア攻撃を、ロシアは「主権国家への侵略行為で明白な国際法違反」と非難した。ドナルド・トランプ米大統領は「取ってつけたような口実で」攻撃命令を出したと、ロシアの大統領報道官ドミトリー・ペスコフは言った。
ウラジーミル・プーチン露大統領が今更、シリアの独裁者バシャル・アサド大統領の後ろ盾をやめるとは考えにくい。ロシア軍は今後、「最も貴重なシリアのインフラ」を守るためにシリア上空の防衛を強化することになるだろうと、ロシア国防省の報道官イゴール・コナシェンコフは言った。
【参考記事】ロシアは何故シリアを擁護するのか
善意からの攻撃ではない
ロシア政府はほんの数日前まで、米軍がシリアに直接介入してくるとは思っていなかった。実際、今回の攻撃がアメリカのシリア政策の根本的転換を意味するのかどうかはまだわからない。多くの専門家は、今回の攻撃は、民間人に化学兵器を使ったアサド政権に対する一度きりの制裁だとみる。
アメリカのシリア政策はこれまで一貫していたとは言い難い。トランプは、つい1週間前にはアサドの退陣を要求しないと言っていたのに、次の瞬間にはアサドに軍事攻撃を仕掛けたのだ。トランプにシリア政策があったとすればそれは、アサド体制との戦いを避け、ISIS(自称イスラム国)掃討に全力を傾けることだったはずなのに。
先週火曜にイドリブで行われた化学兵器による攻撃が、トランプの気持ちを変えたようだ。「シリアとアサドに対する私の考えは大きく変わった」と、トランプは水曜の記者会見で感情的に語った。アサドのガス攻撃を「人道に対する侮辱」とし、「罪のない子供、罪のない赤ちゃん、小さな赤ちゃんを殺すというのは多くの意味で一線を越えている」と、突然のシリア攻撃の理由を語った。
【参考記事】シリアの子供たちは、何度化学兵器で殺されるのか
だが、トランプの態度が一変したのがひとえに正義感のせいだと思うのは間違いだろう。アサドに手を出さないという最初の方針を変えざるを得ない多くの理由があったのだ。バラク・オバマ前大統領が2013年、事前の警告にもかかわらず化学兵器を使ったアサドに武力介入を行わなかったことを、あまりに多くの共和党員が嘲笑していた。
党派で分断された政治のパラドックスで、2013年のトランプは武力介入に反対だったが、2017年には武力介入をしないことこそがあまりに犠牲の大きい賭けになってしまったのだ。
「ある日我々はリビアを空爆し、民主主義で人々を救うために独裁者を排除した。翌日我々は、国が崩壊し人々が苦しむのを見た」と、トランプは2016年4月に語った。「我々は人道国家だ。だがオバマと(ヒラリー・)クリントン(元国務長官)の軍事介入が残したのは、弱さと混乱と無秩序だけだ」
もしシリアでのトランプがこの時と同じ考えで行動していたら、オバマと比較されていただろう。トランプの支持基盤のかなりの部分が、独裁者の虐殺者に屈した弱虫としてトランプを批判しただろう。
さらにアサドの狡猾なスポンサーであるロシアにも屈することになっていた。トランプ政権はロシア政府との間にあまりに疑惑が多過ぎて、世界の目前で民間人に化学兵器が使用されたのに何もしないとなれば、ロシア政府との間にやましいつながりがあったからだと思われてしまう。
トランプ政権のロシアとの関わりが明るみに出れば、これまでトランプが推進しようとしてきた政策どころの騒ぎではなくなる。ロシア疑惑の話を止めるのは、トランプ政権の最優先課題の一つだった。
最後に、トランプの支持率は先週は36%と、歴代大統領の就任1年目の数字として最低を記録した。
【参考記事】トランプ支持率最低、白人男性が逃げ出して
もし支持率が重要と思えば、指導者は何をしてでもそれを支えようとする。トランプとプーチンは二人ともこのタイプのようだ。ここ数年、プーチンは外交政策を使って国内の支持率を高めてきた。今は米露ともが、国内での支持をつなぎとめるために外交でリスクを冒している。
いまアメリカとロシアの間には、緊張をエスカレートさせる力が働いている。米露両国の指導者はどちらも自称実務主義者だが、実は二人とも激しやすく、弱く見られることを好まない。古典的な武力衝突パターンだ。
国際社会の分別ある指導者には、両国が対話路線に復帰するよう促す責任がある。
Maxim Trudolyubov is a senior fellow at the Wilson Center's Kennan Institute and editor at large of Vedomosti, an independent Russian daily. The opinions expressed here are solely those of the author.
This article first appeared on the Kennan Institute site.
マクシム・トルボビューボフ(米ウッドロー・ウィルソン・センター/ケナン研究所上級 研究員)
先週木曜に米海軍がシリア中部の空軍基地に59発の巡航ミサイル「トマホーク」を撃ち込んだとき、アメリカのオバマ前政権が築いた米露関係の枠組みは崩れ去った。シリア内戦から事実上手を引いていた歴史に幕を閉じ、この地域で積極的に武力行使する唯一の大国としてのロシアの地位にも終止符が打たれた。
アメリカにとってもロシアにとっても好ましい変化ではない。両国の相矛盾する対シリア政策にはそれなりの理由や背景があった。それが今、米露両政府はほとんどその意思に反して内戦の関与をエスカレートさせざるをえなくなっている。
【参考記事】米軍がシリアにミサイル攻撃、化学兵器「使用」への対抗措置
米軍のシリア攻撃を、ロシアは「主権国家への侵略行為で明白な国際法違反」と非難した。ドナルド・トランプ米大統領は「取ってつけたような口実で」攻撃命令を出したと、ロシアの大統領報道官ドミトリー・ペスコフは言った。
ウラジーミル・プーチン露大統領が今更、シリアの独裁者バシャル・アサド大統領の後ろ盾をやめるとは考えにくい。ロシア軍は今後、「最も貴重なシリアのインフラ」を守るためにシリア上空の防衛を強化することになるだろうと、ロシア国防省の報道官イゴール・コナシェンコフは言った。
【参考記事】ロシアは何故シリアを擁護するのか
善意からの攻撃ではない
ロシア政府はほんの数日前まで、米軍がシリアに直接介入してくるとは思っていなかった。実際、今回の攻撃がアメリカのシリア政策の根本的転換を意味するのかどうかはまだわからない。多くの専門家は、今回の攻撃は、民間人に化学兵器を使ったアサド政権に対する一度きりの制裁だとみる。
アメリカのシリア政策はこれまで一貫していたとは言い難い。トランプは、つい1週間前にはアサドの退陣を要求しないと言っていたのに、次の瞬間にはアサドに軍事攻撃を仕掛けたのだ。トランプにシリア政策があったとすればそれは、アサド体制との戦いを避け、ISIS(自称イスラム国)掃討に全力を傾けることだったはずなのに。
先週火曜にイドリブで行われた化学兵器による攻撃が、トランプの気持ちを変えたようだ。「シリアとアサドに対する私の考えは大きく変わった」と、トランプは水曜の記者会見で感情的に語った。アサドのガス攻撃を「人道に対する侮辱」とし、「罪のない子供、罪のない赤ちゃん、小さな赤ちゃんを殺すというのは多くの意味で一線を越えている」と、突然のシリア攻撃の理由を語った。
【参考記事】シリアの子供たちは、何度化学兵器で殺されるのか
だが、トランプの態度が一変したのがひとえに正義感のせいだと思うのは間違いだろう。アサドに手を出さないという最初の方針を変えざるを得ない多くの理由があったのだ。バラク・オバマ前大統領が2013年、事前の警告にもかかわらず化学兵器を使ったアサドに武力介入を行わなかったことを、あまりに多くの共和党員が嘲笑していた。
党派で分断された政治のパラドックスで、2013年のトランプは武力介入に反対だったが、2017年には武力介入をしないことこそがあまりに犠牲の大きい賭けになってしまったのだ。
「ある日我々はリビアを空爆し、民主主義で人々を救うために独裁者を排除した。翌日我々は、国が崩壊し人々が苦しむのを見た」と、トランプは2016年4月に語った。「我々は人道国家だ。だがオバマと(ヒラリー・)クリントン(元国務長官)の軍事介入が残したのは、弱さと混乱と無秩序だけだ」
もしシリアでのトランプがこの時と同じ考えで行動していたら、オバマと比較されていただろう。トランプの支持基盤のかなりの部分が、独裁者の虐殺者に屈した弱虫としてトランプを批判しただろう。
さらにアサドの狡猾なスポンサーであるロシアにも屈することになっていた。トランプ政権はロシア政府との間にあまりに疑惑が多過ぎて、世界の目前で民間人に化学兵器が使用されたのに何もしないとなれば、ロシア政府との間にやましいつながりがあったからだと思われてしまう。
トランプ政権のロシアとの関わりが明るみに出れば、これまでトランプが推進しようとしてきた政策どころの騒ぎではなくなる。ロシア疑惑の話を止めるのは、トランプ政権の最優先課題の一つだった。
最後に、トランプの支持率は先週は36%と、歴代大統領の就任1年目の数字として最低を記録した。
【参考記事】トランプ支持率最低、白人男性が逃げ出して
もし支持率が重要と思えば、指導者は何をしてでもそれを支えようとする。トランプとプーチンは二人ともこのタイプのようだ。ここ数年、プーチンは外交政策を使って国内の支持率を高めてきた。今は米露ともが、国内での支持をつなぎとめるために外交でリスクを冒している。
いまアメリカとロシアの間には、緊張をエスカレートさせる力が働いている。米露両国の指導者はどちらも自称実務主義者だが、実は二人とも激しやすく、弱く見られることを好まない。古典的な武力衝突パターンだ。
国際社会の分別ある指導者には、両国が対話路線に復帰するよう促す責任がある。
Maxim Trudolyubov is a senior fellow at the Wilson Center's Kennan Institute and editor at large of Vedomosti, an independent Russian daily. The opinions expressed here are solely those of the author.
This article first appeared on the Kennan Institute site.
マクシム・トルボビューボフ(米ウッドロー・ウィルソン・センター/ケナン研究所上級 研究員)