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ユナイテッド機の引きずり出し事件に中国人激怒、の深い理由

ニューズウィーク日本版 2017年4月12日 16時40分

<ユナイテッド航空機の席から腕づくで引きずり出された乗客は中国系だったことから、「人種差別!」と中国ネットが大炎上。しかしこの騒ぎの底流には、中国人の黒人差別もある>

4月10日、ユナイテッド航空機に搭乗していたデイビッド・ダオが、シカゴ警察の警官に無理やり席から引きずり出された。その動画が投稿されると、アメリカのインターネットは大騒ぎになった。

それも当然だ。その動画には、人の心に明確に訴えるものがあるからだ。とはいえ、これが中国ではるかに大きな話題になるとは誰も想像できなかったに違いない。動画は数時間のうちに、2大ソーシャルメディアサービス「微博(ウェイボー)」と「微信(ウィーチャット)」を駆けめぐった。動画の視聴回数は3億3000万回を超え(アメリカの国内線を利用したことのある中国人の何倍にものぼる)、怒りのコメントも数十万件に達した。

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彼らはなぜこれほど熱くなっているのだろうか? 明らかなきっかけは人種だ。ダオはケンタッキーに住む中国・ベトナム系の医師で、「私が選ばれたのは中国人だからだ」と叫んだと報じられている。中国の一般市民は、国外で中国人に起きる災難は、すべて人種差別が原因だと考えがちであり、そうした人たちからすれば、この動画は、たきつけに火を投じるようなものだった。

アジア人に対する差別が原因

数週間前にはフランス警察が中国人男性を射殺した事件があったため、オンラインの雰囲気はすでに興奮状態になっていた。今回の事件でも、アジア人に対する人種差別が原因だとする声が大勢を占めている。

その見方は、どちらの事件に関しても、正しいのかもしれない。ユナイテッド航空のケースでは、降ろされた4人の乗客はランダムに選ばれたとされている。だが、ユナイテッド航空については、これまでにもアジア系の乗客が差別的な扱いを受けたという訴えがある。ダオが白人であれば、年配の医師というその立場はもっと重く受け止められ、暴力へのエスカレートは避けられたかもしれない。

だが、そうした人種差別を非難する声の一部には、あまり快くない言外の意味が隠されている。アメリカに住む中国移民のコミュニティーの一部では、問題を白人中心の権力構造のせいにするのではなく、黒人が優遇されているせいだと非難する傾向がある。そうした傾向は、中国本国の国民にも広く浸透している(アメリカに生まれ育った中国系アメリカ人は概して、アメリカの黒人問題の根深さをもっとよく認識している)。

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アメリカで暮らす年配の中国人のあいだには、アファーマティブアクション(白人に対して黒人などのマイノリティーを優遇する差別是正措置)によって、自分たちの子どもが大学に入学できないという強い憤りがある。そうした憤りには、アフリカ人やアフリカ系アメリカ人に対する軽蔑も混ざっている。彼らは文化的に遅れていて、貧困もみずから招いたものだとする見方があるのだ。この世界観からすると、間違っているのは人種差別ではない。差別の階層のなかで、中国人を少なくとも白人と同等と認めるべきだ、と言っているわけだ。

こうした考え方は、19世紀後半の中国(清時代末期)の改革家でユートピア哲学者の康有為にさかのぼる。康は「白色人種と黄色人種」が手を組み、黒や茶色の人種を圧倒して根絶するべきだと呼びかけた。

そうした考え方は、ユナイテッド航空のケースでは、「黒人だったら、絶対にあんなことはされなかったはず!」という中国ソーシャルメディアの典型的なコメントに見てとれる。

その理屈はこうだ――アメリカ人は人種問題に敏感だが、それは黒人に対してだけであり、中国人に対してではない。したがってアメリカの警察は、無実の黒人を叩きのめすような無謀なことはしないはずであり、標的になるのは無力な中国人だけだ、と。

(この理屈には当然、疑問が生じるだろう。実際には白人警官が黒人を殺害する事件が多いからだ。だがそれは彼らには「自業自得」に見えるらしい)。

親米と反米の闘争

もっとも今回の動画が圧倒的な広がりを見せた理由は人種問題だけではない。ここ10年ほどで、中国のインターネットは親米と反米の「内戦」に悩まされている。そして徹底的な検閲の結果、反米が力を増している。親米派に言わせれば、アメリカはあらゆる善きものの祖国だ。自由も、きれいな空気も、社会福祉も、ポルノを見る自由もある。

反米側に言わせれば、アメリカは偽善的で、人種対立と政争に引き裂かれ、犯罪が多発し、そして何よりも、物の値段があまりにも高い国だ。

どちらのケースでも、しばしば真の論点は、中国とアメリカのシステムを比べた場合にどちらが優っているかにある。そうしたコメントを数千件も読むと、たとえばベルギーなどの、米中どちらでもない国の美徳を褒め称えたくなるのが常だ。

かくしてくだんの動画はイデオロギー的なパワーを帯びることになった。恣意的な暴力の行使は、中国では珍しいことではない。とりわけ農村部や貧困層のあいだでは顕著だ。ただし、警察そのものが主たる扇動者になるケースはめったにない。むしろ、日常的な暴行の矛先を決めるのは、「城管」と呼ばれる、街路での取り締まりを任務とする都市管理部隊だ。彼らの仕事は恒常的に、小規模な店舗や露天商との諍いをひき起こす。



城管のほかに、民間警備員の「保安」も、暴行の一翼を担っている。気の毒な行商人にひどい仕打ちをする制服姿の乱暴者を映した動画は、たびたびネット上を騒がせている。そうした動画にはよく、「アメリカだったらこんなことは起こらない」というコメントが付く。

従って、ユナイテッド航空の動画は反米派にとって天からの贈り物だった。アメリカは決して民主主義や人権の国ではない。彼らにとってアメリカの偽善が暴かれることほど嬉しいことはない。

くだらない小競り合いに見えるかもしれない。だが中国共産党は真剣だ。親米の考え方には、幅広い中国人を結束させ、党に反旗を翻させるだけの力がある。

だからユナイテッド航空の動画は、中国当局の望みそのもの。アメリカは偽善的で暴力的というだけでなく、敬意をもって中国人を扱わない。すぐに政府系の新聞の社説が同じことを書き立てるだろう。事件そのものは来週までには忘れられてしまうだろうが、敵意だけは残る。まさに当局の思うつぼだ。

(翻訳:ガリレオ)

From Foreign Policy Magazine



ジェームズ・パルマー

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