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ユナイテッド航空の乗客引きずり降ろし、残る3つの疑問 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年4月13日 17時10分

<乗客引きずり降ろし事件に関連して、ユナイテッド航空の対応をめぐる様々な報道が続いている。そもそもアメリカの国内線はなぜこんなにギスギスしているのか?>

今週9日に発生したユナイテッド航空3411便シカゴ・オヘア空港発、ケンタッキー州ルイビル行きの機内から1人の乗客が強制的に降ろされて負傷した事件については、依然としてアメリカ国内でも様々な報道が続いています。この事件の背景にある問題を3つの観点から整理してみたいと思います。

1点目は「どうして謝罪が遅れたのか?」という問題です。事件発生が9日で、10日の朝からは事件の経緯を撮影した動画がネット上を駆け巡りました。この時点ではオスカー・ムニョスCEOは「降ろされた乗客」や「不快な思いをした同便の搭乗者」への謝罪は行っていません。むしろ従業員をかばうようなメッセージを出していたのです。

その結果として、10日にはABCの夜のお笑い番組で徹底的に批判されたばかりか、11日の朝には各局の朝のニュースで大きく取り上げられ、さらにホワイトハウスの定例会見で話題にされ、「炎上」状態になりました。この時点で同社の株は4%下落しています。ムニョスCEOが本当に謝罪を行ったのは、12日の午後になってからで、そこで株価は1%安まで戻しています。

事件から謝罪まで40時間以上かかったというのは異常であり、アメリカでは強い批判を浴びました。一部には、ムニョスCEOの前職が、CSX社という全国的な貨物列車の運行会社の社長であったことから「乗客を貨物だと思っているのだろう」などという批判もありますが、これは違うと思います。

【参考記事】ユナイテッド機の引きずり出し事件に中国人激怒、の深い理由

合併後の企業カルチャー

現在のユナイテッド航空というのは、2010年にユナイテッド航空とコンチネンタル航空が合併してできた会社です。そのうち、コンチネンタル航空というのは、特に従業員を大事にするカルチャーで有名でした。一方で、旧ユナイテッド航空では、従業員組合が強かったのです。

ですから、合併後の新会社には「従業員を大事」にすると同時に「組合に気を使う」という社風が残り、それが、今回のように「非番のクルーの移動を堂々と有償旅客より優先する」とか「不祥事の際にまず従業員をかばう」という姿勢になったのだと考えられます。

また、実際に3411便を運航していたのはユナイテッドではなく、提携先のリパブリック・エアという小規模な航空会社で「リパブリック」の機材とクルーで運航されていました。そのために「クルーはユナイテッドの指示に逆らえない」一方で、ユナイテッドとしては「リパブリックのクルーを守らなくてはならない」という関係性があったのかもしれません。



2番目に、どうして「この男性が強制的に降ろされることになったのか?」という問題ですが、事件の詳細に関してはムニョスCEOが今月末を期限として真相解明を行うと述べています。その際に解明されるべきポイントは何かということです。

まず、どうして「この男性が指名されたのか?」ですが、現時点では2つ説があります。「任意で降機した場合に800ドルの航空券を贈呈」という条件が提示された際に男性が一度は「自分から手を上げた」が、その後「当日中には戻れない」ことが分かって翻意したのが原因という説がある一方で、「コンピュータが自動的に4人を選択した」という説もあります。

仮に後者であった場合、どんな基準で選択されたかという点が重要です。国際的な慣行では「最後にチェックインした順」というのが常識でしたが、オンラインチェックインが普及している現在では、空港に到着していなくてもチェックインは可能で、この基準は事実上意味が薄れています。また、チケットの価格の順や、上級会員であるかどうかで区別がされたのかもしれません。いずれにしても、事実関係を公開した上で、適正なルールについて改めて議論がされるべきと思います。

一部には、男性が「自分が中国人だから降ろされるのか?」と叫んだという情報、あるいは実際はその男性がベトナム系アメリカ人らしいということから、人種差別ではないかという声もあります。事実、中国やベトナムという、ユナイテッド航空が「力を入れている市場」で急速なイメージダウンが起きていますから、真相解明が急がれます。

【参考記事】ユナイテッド航空「炎上」、その後わかった5つのこと

相次ぐサービス改悪

さらに、非番のクルー4人を急遽搭乗させなくてはならなかった経緯についても解明が必要です。おそらく、ルイビルに着くはずのクルーが着かないので、翌朝便を運航するためにはバックアップのクルーを派遣しなくてはならない、その判断がギリギリの時点で発生したのでしょうが、その経緯も解明されるべきでしょう。

もしかしたら、その前週から続いていたデルタ航空の全国的な運航ダイヤ混乱の影響もあったのかもしれません。リパブリック航空というのは、ユナイテッドだけでなく、「デルタ・コネクション」というデルタ系のリージョナル・エアのサービスも行っているからです。

3番目の問題として、そもそも「どうして米国の国内線はギスギスしているのか?」ということですが、その背景には1980年代の航空規制緩和によって、業界の競争が激しくなった実態があります。ですが、本来は競争が激しくなれば、乗客へのサービスは向上するはずです。

ところが、現在の米航空業界は「機材の小型化、便数削減」によって高価格と高稼働率を狙ったり、キャビンでのサービスを極限まで切り詰めたり、あるいは無料航空券獲得につながるマイルの付与率を格安券の場合は思い切り下げるなどの「改悪」ばかりをやっています。



しかも、経済的に景気が良く、原油価格も安定している今の時期に、逆行するかのようにサービスの改悪を続けているのです。そこには航空業界に「今、儲けなくていつ儲ける」という判断があるのは明白です。そんな経営方針を可能にしているのは、規制緩和よりもメガキャリアの合併という問題です。

先ほど申し上げた「ユナイテッド/コンチネンタル」の合併だけでなく、「デルタ/ノースウェスト」「アメリカン/USエア」という組み合わせを含めて、俗に言うメガキャリアの数は、ここ10年で半減してしまいました。その分だけ競争は緩和され、サービスの改悪も「カルテルのように一社やると他社が追随」という状況があるのです。これが諸悪の根源だと思います。

ではこの事件ですが、まずどのような対応が求められていたのでしょうか。一つは報奨金を法律の上限である1350ドル近辺までオファーして、あくまで任意での降機を募るべきだったということです。

もう一つは、実はこのフライトは286マイル(450キロ強)という短距離だということです。席を譲ったら当日中に着かないからとお互いにカッカしないで、クルーか乗客の何人かを陸路で送れば、はるかに安いコストで丸く収まったのではないでしょうか。

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