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トルコを脅かすエルドアンの「ありふれた」独裁

ニューズウィーク日本版 2017年4月14日 10時45分

<憲法改正でエルドアンは絶対権力者になるのか? 欧米の沈黙が民主主義崩壊の危機を招いた>

トルコで今月16日、国家の運命を決める国民投票が実施される。そこで問われるのは、大統領の権限を強化する憲法改正案の是非だ。

だが、クルド系の野党・国民民主主義党(HDP)のセラハッティン・デミルタシュ共同党首は意見を表明することができない。テロ組織との関係を理由に拘束されているからだ。

政治的主張を封じられたデミルタシュは最近、短編小説を執筆している。最新作の題名は『みじん切りのアレッポ』。シリア内戦の激戦地となった都市が舞台の同作で、ある人物はこう自問する。「現実の死とは平凡なもの、ありふれたものなのか。それを誇張し、特別なものに変えたのは私たちなのか」

間近に迫るトルコの国民投票をめぐる政治の構図を理解するには、2つのことを理解しなければならない。トルコで15年に2度行われた総選挙の顚末と、暴力が「ありふれたもの」に化したこの2年間の在り方だ。

トルコが政情不安に陥ったきっかけは、HDPが歴史的躍進を遂げた15年6月の総選挙だった。同党は議席確保の条件である得票率10%以上を初めて記録。その一方、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領の支持基盤である与党・公正発展党(AKP)は、第1党の座を維持したものの議席は過半数を割り、02年の政権獲得以降で初の敗北を経験した。

【参考記事】迫るトルコの国民投票:憲法改正をめぐる政治力学

野党の影響力拡大を阻止すべく、エルドアン一派は暴力を手段に混乱状態をつくり出し、権力強化に乗り出した。そのエルドアンを欧米は非難するどころか、パートナーと見なしてきた。

エルドアンが大統領に就任したのは14年8月。役職は3期までとするAKPの規定に従い、03年から連続3期務めた首相職を退任した直後のことだ。

従来、儀礼的立場であるトルコ大統領は限定的な権限しか持たなかった。だがエルドアンは大統領に行政権限を集中。自身の任期を最長で2029年まで延長させるため、15年6月の総選挙の前から憲法改正に向けて動き始めていた。

総選挙では、エルドアンのもくろみに反対する多くの有権者がHDPに票を投じた。HDPが議席を獲得すればAKPは議会で過半数を失い、連立政権の発足を強いられると期待してのことだ。選挙結果は期待どおりだったが、彼らの望みはじきについえることになる。

確かに連立交渉は始まった。しかしトルコの選挙法の規定に従えば、その年の8月までに新政権が成立しない場合、11月に再度総選挙を行わなければならない。AKPはそれを狙った。



ただし、再度の総選挙で過半数の議席を回復するには、AKPにとって有利な国内情勢をつくり出す必要がある。11月までにいかにそれを実現するか? AKPが見つけた答えが、クルド人との対立激化だ。6月の総選挙で、エルドアンの野望を阻止しようとクルド系のHDPに投票した有権者を取り込むことが目的だった。

15年7月、エルドアンは武装組織クルド労働者党(PKK)の拠点の空爆に踏み切る。首相時代の最大の実績の1つで、13年に実現した政府とPKKの停戦を自ら破ったのだ。

アメリカは停戦を支持していたにもかかわらず、戦闘再開に対してほとんど反応を示さなかった。時折聞こえてきたトルコ情勢関連の発言は、エルドアン寄りのものばかりだ。

PKK拠点への空爆開始直後の15年7月下旬、テロ組織ISIS(自称イスラム国)掃討を目指す有志連合のブレット・マガーク米特使はこうツイートしている。「トルコ内でのPKKによるテロ攻撃を強く非難し、同盟国トルコが自国を守る権利を完全に支持する」

【参考記事】突然だったシリア攻撃後、トランプ政権に必要なシリア戦略

国際社会は無関心のまま

その理由の1つは、エルドアンがアメリカの望みどおりの決定をしてくれたことにある。

6月の総選挙の前から、米政府はシリアでのISIS掃討作戦展開のため、トルコ南部にあるインジルリク空軍基地の使用を許可してほしいと求めていた。トルコ側はこの要請を拒否し続け、アメリカ主導の有志連合への参加も拒んでいたが、総選挙のわずか数週間後に米軍による基地使用を承認。対ISIS空爆作戦への参加も決断した。

エルドアンはヨーロッパ各国の「黙認」を取り付けることにも成功した。膨大な数のシリア難民の流入に悩んでいたEUは、中東と欧州の間に位置する国として難民・移民対策のカギを握るトルコの協力を得るべく、批判を控えるようになった。

クルド人との戦闘と新たに開始された選挙戦が同時進行するなか、15年の夏と秋は過ぎていった。エルドアンは、AKPが過半数議席を占めることが政治の安定の要であり、トルコにとって最も安全な道だと主張した(不安定状態の主な要因は彼自身の政策にあったのだが)。

そのおかげか、11月初めに実施された再度の総選挙でAKPは過半数議席を回復した。その後に続いたのがメディア、学界、司法や軍を標的にした政治的弾圧だ。たまりかねた軍の一部は昨年7月半ばにクーデターを画策したが、失敗に終わった。



クーデター未遂事件を受けて政府が発令した非常事態宣言は延長を繰り返し、今も続く。16日の国民投票でエルドアン支持派が勝利すれば、ほぼ無期限に継続されることになりかねない。

トルコ政治はこの3年間、行政権を掌握した大統領として国家に君臨するというエルドアンの野望と、憲法改正に向けた動きに振り回されている。

アメリカとヨーロッパはそれぞれISIS掃討と難民問題に気を取られ、目先の政治的利益を優先してエルドアンの行き過ぎを許容してきた。その結果、独裁的政権の誕生を許し、中東における数少ない民主主義国家の崩壊という長期的問題の種をまいている。

【参考記事】溝が深まるトルコとEUの関係

HDPなどの野党は国民投票で反対票を投じようと訴えているが、欧米各国からその動きを支持するとの声はほとんど上がらない。トルコ国民の間では憲法改正への賛否は拮抗しているが、楽観視はできない状況だ。15年6月の総選挙後のAKPの行動を考えれば、反対が過半数を占めてもエルドアンが素直にそれを認めるとは考えられない。

トルコが独裁国家に堕(だ)したら、国際社会はどう反応するのか。HDPのデミルタシュの短編小説には、それを予言するかのようなくだりがある。

アレッポで新たな爆発事件が起きたとき「通勤途中の人々はまだそのことを知らなかった。彼らはじきにそれを耳にするだろう。だが多くの人は『ありふれた』爆発だ、詳しく知る価値もないと思うだろう」。

From Foreign Policy Magazine

[2017.4.18号掲載]
エリオット・アッカーマン(作家、ジャーナリスト)

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