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中国河北省の新特区は何をもたらすか(特大級のプチバブル以外に...)

ニューズウィーク日本版 2017年4月14日 13時12分

<習近平政権が新たな経済特区を設立すると発表し、かの「忖度」の国ではバブル狂想曲が生み出された。設立の目的は「大都市病の緩和」だというが、果たして深圳経済特区、上海浦東新区のような転換点となるのか>

2017年4月1日、中国政府は河北雄安新区の設立を発表した。河北省に新区と言われても、「あー、中国ってよくなんたら新区を作ってますよね。あるある」と聞き流してしまいそうな話だが、新華社が伝えたリリースを見ると、額の血管が切れそうなぐらい力が入りまくっていることがよくわかる。

「(同区は)習近平同志を核心とする党中央による重大な歴史的戦略的選択である。深圳経済特区、上海浦東新区に次ぐ全国的意義の新区であり、千年の大計、国家の大事である」

中国版「忖度」と官制バブル、「嫁募集」ジョーク

さて、森友学園の問題によって日本では「忖度」という言葉に注目が集まった。英フィナンシャル・タイムズ紙にまでとりあげられたほどだが、同じアジアの国である中国も「空気を読む力」では負けてはいない。目上・目下がはっきりしている文化的伝統に加え、新中国成立以後は中国共産党の「豹変」によって社会が激変する歴史を体験してきた。お上の顔色をうかがい、空気を読む力が半端ないのだ。

その力が海外に向けられると、昨今のTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備に伴う韓国ボイコットとなる。中国政府は国としては「韓国製品ボイコットはやっていない。ただ国民感情により自発的にボイコットしているだけ云々」とうそぶいている。

北京市の旅行会社に対しては韓国旅行を扱うことをやめよとの通達が出回ったとリークされているが、一方で別の商品ジャンルでは、通達はなくとも自主規制をかけているケースも少なくない。空気を読まずに吊し上げを食らうのは勘弁という知恵なのだ。

この空気を読む力は、吊し上げリスクを回避するために発動するだけでなく、別の方向にも働く。お上が支持する産業分野は必ず発展するはずだとの確信から、政府が号令を下すと凄まじい勢いで資本が殺到するのだ。

李克強首相が越境ECに使われる保税区を視察すると雨後のタケノコのように越境EC業者が乱立し、シェアリングエコノミーは大事だとのたまえば関連サービスが次から次へと誕生するといった具合だ。



今回の雄安新区では「千年の大計、国家の大事」とまで煽られたのだから、もう大変である。北京市から南西に約100キロ、河北省の湖・白洋淀の北部に位置する同区は、河北省雄県、容城県、安新県の3県にまたがっているが、ほとんどが小さな町や農地である。この土地に将来北京市並みの高値がつくはずと信じた人々が発表を聞くやいなや買い占めにダッシュしたのだという。

トランク数個に現金を詰め込んだ人物が買えるだけマンションを買っていった、●●団地はすでに買い占め終了......などなど、これぞバブルという情報がネットに飛び交った。ほとんどが怪情報の類で、政府の内部情報を知り得る人間は4月1日の発表前に投資を終えていたとも言うが、中国で無数に繰り返されてきたプチバブルの中でも、近年では特大級の盛り上がりだったことは間違いない。



ネットを飛び交っていたのは怪情報だけではない。狂騒曲に参加する金もコネもない一般人たちの風刺も含まれていた。私が爆笑したのはSNSで共有されたジョークだった。

捜狐網に掲載されたコラム「我奋斗18年考上你看不起的大学,人生依旧一败涂地」(18年間の必死の努力の末、イマイチの大学に入学した、今なお負け犬人生だ)より。雄安新区候補地の出身者が必死の受験勉強の末、北京市の二流大学に合格したが、むしろ勉強せずに地元にとどまっていたほうが大金持ちになるのでは......という小話からコラムは始まっている

建築現場の作業員の写真。その下には次のように書かれている。「雄安新区結婚相手募集広告。男。53歳。離婚歴あり。子どもなし。農村戸籍。雄県に2ムー(0.13ヘクタール)の土地を保有。希望する女性は25歳以下、米英留学経験者を優先」

これだけ見ても何が面白いのかは日本人には理解は難しいだろう。野暮を承知でジョークを解説すると、「53歳。離婚歴。農村戸籍」という、中国の基準で言うならば結婚したくない男性のトップクラスに位置する男性が、雄安新区にちょこっと農地を持っているだけで、結婚したい男のトップクラスに変貌。若く高学歴の女性と結婚したいとわがままを言えるようになったという皮肉だ。

雄安新区バブルの過熱ぶりを一発で理解させるとともに、庶民の人生など国の政策一発で天国と地獄が入れ替わってしまうのだという諦観をも感じさせる。

【参考記事】庶民の物価ジョークから考える中国経済改革の行方

超特大都市の人口抑制方針に沿った計画だが

というわけで雄安新区バブル狂騒曲が話題になったのだが、そもそも習近平総書記は何を目的として新たな新区を設立しようとしたのだろうか。

冒頭で紹介したとおり、雄安新区は深圳経済特区、上海浦東新区に並ぶ存在とされている。鄧小平の指示による深圳経済特区は1980年の成立。関税の免除や企業経営の規制緩和などをいち早く進め、中国が「世界の工場」へとのしあがっていく先駆けとなった。江沢民肝いりの上海浦東新区は1993年の成立。外資による金融、小売り分野への投資規制を緩和することで中国市場の開放を進め、サービス業や金融の発展を加速させた。

【参考記事】遼寧省(の統計)に何が起きているのか?

では雄安新区はいったい何をもたらすのだろうか?

正解は「渋滞や土地不足などの"大都市病"の緩和」である。大都市部に人口が集中すれば、水や電気、病院、学校などさまざまなリソースが不足し交通渋滞などの社会問題を引き起こすとして、中国政府は人口1500万人以上の超特大都市の人口を抑制する方針を打ち出している。中心部の人口を2014年比で15%減少させる方針を打ち出している。

また、副都心計画も以前から取りざたされていた。移転対象はどの省庁、どの部局か。どの大学が北京市から放逐されるかなどは何年も前から話題となっていた。目端の利く人間ならば、河北省雄県、容城県、安新県の一体が候補地になっていたことは知っていたはずだ。



ジョージ・W・ブッシュ米政権で財務長官を務めたヘンリー・ポールソン氏は2011年に米国と中国の経済、環境問題を解決するためのシンクタンク、ポールソン研究所(The Paulson Institute)を立ち上げたが、その活動の一貫として中国の副都心計画について習近平総書記と2014年7月に会談した。

詳細は同氏の著書『Dealing with China』(Headline Book Publishing、2015年)に記されているが、白洋淀や河北省保定市という地名が言及されている。また習近平総書記は首都の混雑を解消し周辺地区を発展させるためのプランとして、複数の都市を一体化させる"地域化"こそ、将来の成長を促進する鍵になるとの構想を明かしたという。

雄安新区は高速鉄道によって北京市、天津市まで1時間で移動可能だ。密接な交通網により巨大都市圏を作り上げる、日本の首都圏のような姿を構想しているということなのだろう。

「世界の工場」の礎となった深圳。中国の台頭を加速させ、「世界の市場」への転換を後押しした浦東新区。この2つと比べると、「大都市の混雑を緩和、郊外の都市化を推進」という目的はややインパクトに欠けるように思われる。

また、エドワード・グレイザーの『都市は人類最高の発明である』(NTT出版、2012年)が対面コミュニケーションこそがイノベーションの源泉だと指摘するように、巨大都市圏作りよりも、過密さを維持しつつも技術によって都市病を克服することこそが近年のトレンドではないだろうか。

その意味でも雄安新区の有用性には疑問符が着く。中国政府に懐疑的な人々からは鄧小平、江沢民と並ぶ政治的遺産を手に入れるための業績作りと揶揄されるゆえんだ。果たして巨費を投じて推進される「千年の大計」は何を生み出すのだろうか。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。4月下旬に『現代中国経営者列伝 』(星海社新書)を刊行。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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