12日の米中首脳電話会談以降のトランプ氏の言動を見ると、追い詰められた習主席が「中国が北朝鮮を脅して暴走を止めてみせる」と約束した可能性がある。中朝軍事同盟がある中国に残された有効なカードは少ない。
米側の動き――中国を為替操作国から外した
4月12日、習近平国家主席がトランプ大統領に電話をして、朝鮮半島の非核化を堅持するとした上で、「北朝鮮問題に関して平和的解決を」と訴えたと中国メディアは報じたが、絶対に公開できない水面下の情報があったはずだ。
そう判断する理由はいくつかある。
まず同日、トランプ大統領は米紙ウォールストリート・ジャーナルの取材を受けて、「米財務省が近く公表する為替報告書で、中国を為替操作国に認定しないだろう」と回答している。中国政府の通信社「新華社」の電子版「新華網」や中央テレビ局CCTVなどが大きく伝えた。
トランプ氏は大統領選中から、中国は米国市場での輸出競争力を高めるために人民元の対ドルレートを低く操作していると断言し、大統領就任初日には、中国を為替操作国に断固認定すると公約していた。
それが一転したのには、トランプ大統領が、「私に対する信頼が高すぎるためドルが強すぎる」としてドルに対する姿勢を軟化させたことも背景にはあろうが、別の深い理由があったにちがいない。
なぜなら、ウォールストリート・ジャーナルの取材に対して、トランプ大統領は7日の米中首脳会談で習近平国家主席に、おおむね以下のような話をしたことを明かしているからだ。
――私(トランプ)は現在のような対中貿易赤字が続くことを望んでいない。もし、あなた(習近平)も貿易でビッグなディール(big deal、大口取引)を望んでいるなら、北朝鮮問題を解決することだ。北朝鮮問題を解決してくれさえすれば、私は貿易赤字を甘受することができる。
そして「なぜ中国を為替操作指定国とするとした公約を撤回したのか」というウォールストリート・ジャーナルの記者の質問には、
――もし今、中国を為替操作国に指定すれば、北朝鮮の脅威に関する(米中間の)対話が危うくなる。今は北朝鮮問題の協力に集中する方が、為替操作国に関する公約を守るよりも、ずっと重要だからだ。
と、トランプ大統領は回答しているのである。こんなことまで明かしてしまっていいのだろうかと思うほど、舞台裏をペラペラと話してしまった。
これだけではない。トランプ大統領は「習近平は実にいい奴だ。彼とは気が合う(chemical reaction=化学反応がいいという意味のchemicalという言葉を何度も使った)。(北朝鮮問題に関しては)彼なら必ずうまくやってくれると信じる」という主旨のことまで言って、習近平を褒めそやしている。
さらに12日の電話会談の内容に関しても、トランプ大統領が習近平国家主席に、「あなたは北朝鮮に核や核兵器を持たせてはならない。空母カール・ビンソンが朝鮮半島に移動したのは、北朝鮮のさらなる行動を阻止するためだ。あなたが金正恩(キム・ジョンウン)に『米国は空母だけでなく、原子力潜水艦も持っている』ということを知らせるように」という主旨の話をしたことまで、「暴露」してしまっているのである。
中国側の動き
一方、中国側の動きを見れば、12日の電話会談と同時に、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版である「環球時報」が「北朝鮮は自国の安全保障のため、核・ミサイル開発を中止すべきだ」という社説を載せた。
さらに中国は今年いっぱい北朝鮮からの石炭輸入を中止しただけでなく、石油の輸出も減らす意向を示し、4月14日には、中国国際航空が北京発平壌行きの運航を一時停止すると決定したのである。北朝鮮の観光収入にも制裁を加えた形だ。
北朝鮮側の動き
北朝鮮の外務次官は14日、海外メディアの取材を受けて、「最高指導部が決心した時に核実験を行う」などの強硬的な発言をしている。
しかし一方では、4月11日に平壌(ピョンヤン)で開催された北朝鮮の最高人民会議では、19年ぶりに外交委員会を復活させている。
これはほかでもない、対話の準備を意味する。
結論――「いざとなれば中国は米側に付く」と、北朝鮮を脅したか?
以上のことから、12日の「習近平・トランプ」電話会談において、両者はある約束を交わしたものと筆者は推測する。
それは中国が北朝鮮に米中の親密さを見せつけ「もし北朝鮮が核・ミサイルで暴走し、米国が北朝鮮を武力攻撃したときには、中国はアメリカ側に付く」と北朝鮮を脅すと、トランプ大統領に約束したのではないか、ということだ。
中国がそのように行動する可能性が現実味を帯びるために、習近平国家主席はトランプ大統領に「私(習近平)と、いかに親密であるかを発信してほしい」と頼んだのではないかと思うのである。だからトランプ大統領はあんなに習主席に賛辞を送ったのではないか。こうすれば北朝鮮への脅しの現実性が増す。
少なくとも、 「米中の親密さを北朝鮮に見せつけて、米朝戦争が起きたら、きっと米中が連携するのではないかという恐怖を北朝鮮に与えよう」という約束事はしたにちがいない。そうでなければトランプ大統領が「習近平なら必ずうまくやってくれると信じる」などということを言うはずがない。二人の仲がいいことを見せつければいいのだから。
結果、中国としては世界に米中蜜月をアピールすることができ、「一粒で二度おいしい」。
この前提であるなら、朝鮮半島海域における米軍の軍事配置が緊迫感を増していればいるほど、中国には有利となる。
経済制裁などで北朝鮮が委縮したりなどしないことを中国は知っている。北朝鮮は160ヶ国以上と国交を持っている。だから中国にとって北朝鮮に対する有効なカードは「米国側に付くぞ!」という脅しでしかない。
だとすれば、「習近平・トランプ」という舞台の演者は、世界を揺るがす「大芝居」を演じたことになる。
このように考えると初めて、上記のファクターが整合性を持って一つにつながってくると筆者には見える。
もちろんあの北朝鮮が、そう簡単に脅しに乗るとは思えない。今朝(16日朝)にも(アメリカが軍事行動に出ない程度の)ミサイル発射を試み失敗に終わっている。トランプ大統領が言うところの「レッドライン」を越えない程度で「脅しには負けないぞ」という意思表示だろうが、しかし抑制的であるのは、中国が中朝軍事同盟を破るかもしれないという恐怖が現実味を帯びてきているからではないだろうか。目の前には米軍の大軍が押し寄せてきており、アメリカはシリアやアフガニスタンに対しても実にいとも簡単に武力攻撃を断行している。北朝鮮を攻撃しない理由はない。そして中朝首脳会談は5年間も開催されていないという厳然たる現実がある。開催しない理由は、中国がどんなに北朝鮮に「核・ミサイル開発をやめろ」と言っても言うことを聞かないからだ。
習近平のそばには王滬寧(おう・こねい)というブレインがいる。追い詰められた習近平のピンチを、チャンスに持って行くことができる人物だ。
ドナルド・トランプという破格的なスケールで動く男がいたお蔭で、中国は思わぬ形で「新型大国関係」を実現することも不可能ではないと、王滬寧は習近平にアドバイスしたにちがいない。
トランプ大統領の豪胆さが世界地図を変えつつあるが、しかし一方、「中国のしたたかさ」を大統領はまだ経験していない。
万一にも北朝鮮が暴走して戦争になった場合、中国は本当に中朝軍事同盟を破ってアメリカ側に付くことを選べるのだろうか?
中国の王毅外交部長(外相)は14日、北朝鮮をめぐる衝突はいつでも起こり得るとして、ロシアのラブロフ外相と電話会談したと中国の中央テレビ局CCTVが報道した。「すべての関係国を交渉のテーブルに戻すことこそが中露共通の目標だ」と伝えたという。 中露連携もちらつかせるのが、中国のしたたかさだ。
したがって、米中連携は朝鮮半島問題を平和解決に持って行くための北朝鮮への「脅し」ではあろうが、危ない賭けの後、米中のパワーバランスがどう変化していくかも念頭に置いておいた方がいいだろう。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
米側の動き――中国を為替操作国から外した
4月12日、習近平国家主席がトランプ大統領に電話をして、朝鮮半島の非核化を堅持するとした上で、「北朝鮮問題に関して平和的解決を」と訴えたと中国メディアは報じたが、絶対に公開できない水面下の情報があったはずだ。
そう判断する理由はいくつかある。
まず同日、トランプ大統領は米紙ウォールストリート・ジャーナルの取材を受けて、「米財務省が近く公表する為替報告書で、中国を為替操作国に認定しないだろう」と回答している。中国政府の通信社「新華社」の電子版「新華網」や中央テレビ局CCTVなどが大きく伝えた。
トランプ氏は大統領選中から、中国は米国市場での輸出競争力を高めるために人民元の対ドルレートを低く操作していると断言し、大統領就任初日には、中国を為替操作国に断固認定すると公約していた。
それが一転したのには、トランプ大統領が、「私に対する信頼が高すぎるためドルが強すぎる」としてドルに対する姿勢を軟化させたことも背景にはあろうが、別の深い理由があったにちがいない。
なぜなら、ウォールストリート・ジャーナルの取材に対して、トランプ大統領は7日の米中首脳会談で習近平国家主席に、おおむね以下のような話をしたことを明かしているからだ。
――私(トランプ)は現在のような対中貿易赤字が続くことを望んでいない。もし、あなた(習近平)も貿易でビッグなディール(big deal、大口取引)を望んでいるなら、北朝鮮問題を解決することだ。北朝鮮問題を解決してくれさえすれば、私は貿易赤字を甘受することができる。
そして「なぜ中国を為替操作指定国とするとした公約を撤回したのか」というウォールストリート・ジャーナルの記者の質問には、
――もし今、中国を為替操作国に指定すれば、北朝鮮の脅威に関する(米中間の)対話が危うくなる。今は北朝鮮問題の協力に集中する方が、為替操作国に関する公約を守るよりも、ずっと重要だからだ。
と、トランプ大統領は回答しているのである。こんなことまで明かしてしまっていいのだろうかと思うほど、舞台裏をペラペラと話してしまった。
これだけではない。トランプ大統領は「習近平は実にいい奴だ。彼とは気が合う(chemical reaction=化学反応がいいという意味のchemicalという言葉を何度も使った)。(北朝鮮問題に関しては)彼なら必ずうまくやってくれると信じる」という主旨のことまで言って、習近平を褒めそやしている。
さらに12日の電話会談の内容に関しても、トランプ大統領が習近平国家主席に、「あなたは北朝鮮に核や核兵器を持たせてはならない。空母カール・ビンソンが朝鮮半島に移動したのは、北朝鮮のさらなる行動を阻止するためだ。あなたが金正恩(キム・ジョンウン)に『米国は空母だけでなく、原子力潜水艦も持っている』ということを知らせるように」という主旨の話をしたことまで、「暴露」してしまっているのである。
中国側の動き
一方、中国側の動きを見れば、12日の電話会談と同時に、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版である「環球時報」が「北朝鮮は自国の安全保障のため、核・ミサイル開発を中止すべきだ」という社説を載せた。
さらに中国は今年いっぱい北朝鮮からの石炭輸入を中止しただけでなく、石油の輸出も減らす意向を示し、4月14日には、中国国際航空が北京発平壌行きの運航を一時停止すると決定したのである。北朝鮮の観光収入にも制裁を加えた形だ。
北朝鮮側の動き
北朝鮮の外務次官は14日、海外メディアの取材を受けて、「最高指導部が決心した時に核実験を行う」などの強硬的な発言をしている。
しかし一方では、4月11日に平壌(ピョンヤン)で開催された北朝鮮の最高人民会議では、19年ぶりに外交委員会を復活させている。
これはほかでもない、対話の準備を意味する。
結論――「いざとなれば中国は米側に付く」と、北朝鮮を脅したか?
以上のことから、12日の「習近平・トランプ」電話会談において、両者はある約束を交わしたものと筆者は推測する。
それは中国が北朝鮮に米中の親密さを見せつけ「もし北朝鮮が核・ミサイルで暴走し、米国が北朝鮮を武力攻撃したときには、中国はアメリカ側に付く」と北朝鮮を脅すと、トランプ大統領に約束したのではないか、ということだ。
中国がそのように行動する可能性が現実味を帯びるために、習近平国家主席はトランプ大統領に「私(習近平)と、いかに親密であるかを発信してほしい」と頼んだのではないかと思うのである。だからトランプ大統領はあんなに習主席に賛辞を送ったのではないか。こうすれば北朝鮮への脅しの現実性が増す。
少なくとも、 「米中の親密さを北朝鮮に見せつけて、米朝戦争が起きたら、きっと米中が連携するのではないかという恐怖を北朝鮮に与えよう」という約束事はしたにちがいない。そうでなければトランプ大統領が「習近平なら必ずうまくやってくれると信じる」などということを言うはずがない。二人の仲がいいことを見せつければいいのだから。
結果、中国としては世界に米中蜜月をアピールすることができ、「一粒で二度おいしい」。
この前提であるなら、朝鮮半島海域における米軍の軍事配置が緊迫感を増していればいるほど、中国には有利となる。
経済制裁などで北朝鮮が委縮したりなどしないことを中国は知っている。北朝鮮は160ヶ国以上と国交を持っている。だから中国にとって北朝鮮に対する有効なカードは「米国側に付くぞ!」という脅しでしかない。
だとすれば、「習近平・トランプ」という舞台の演者は、世界を揺るがす「大芝居」を演じたことになる。
このように考えると初めて、上記のファクターが整合性を持って一つにつながってくると筆者には見える。
もちろんあの北朝鮮が、そう簡単に脅しに乗るとは思えない。今朝(16日朝)にも(アメリカが軍事行動に出ない程度の)ミサイル発射を試み失敗に終わっている。トランプ大統領が言うところの「レッドライン」を越えない程度で「脅しには負けないぞ」という意思表示だろうが、しかし抑制的であるのは、中国が中朝軍事同盟を破るかもしれないという恐怖が現実味を帯びてきているからではないだろうか。目の前には米軍の大軍が押し寄せてきており、アメリカはシリアやアフガニスタンに対しても実にいとも簡単に武力攻撃を断行している。北朝鮮を攻撃しない理由はない。そして中朝首脳会談は5年間も開催されていないという厳然たる現実がある。開催しない理由は、中国がどんなに北朝鮮に「核・ミサイル開発をやめろ」と言っても言うことを聞かないからだ。
習近平のそばには王滬寧(おう・こねい)というブレインがいる。追い詰められた習近平のピンチを、チャンスに持って行くことができる人物だ。
ドナルド・トランプという破格的なスケールで動く男がいたお蔭で、中国は思わぬ形で「新型大国関係」を実現することも不可能ではないと、王滬寧は習近平にアドバイスしたにちがいない。
トランプ大統領の豪胆さが世界地図を変えつつあるが、しかし一方、「中国のしたたかさ」を大統領はまだ経験していない。
万一にも北朝鮮が暴走して戦争になった場合、中国は本当に中朝軍事同盟を破ってアメリカ側に付くことを選べるのだろうか?
中国の王毅外交部長(外相)は14日、北朝鮮をめぐる衝突はいつでも起こり得るとして、ロシアのラブロフ外相と電話会談したと中国の中央テレビ局CCTVが報道した。「すべての関係国を交渉のテーブルに戻すことこそが中露共通の目標だ」と伝えたという。 中露連携もちらつかせるのが、中国のしたたかさだ。
したがって、米中連携は朝鮮半島問題を平和解決に持って行くための北朝鮮への「脅し」ではあろうが、危ない賭けの後、米中のパワーバランスがどう変化していくかも念頭に置いておいた方がいいだろう。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)