Infoseek 楽天

僅差で「独裁」を選択したトルコの過ち

ニューズウィーク日本版 2017年4月17日 19時4分

トルコは、オスマン帝国のカリフを追放して1924年にトルコ共和国を建国したムスタファ・ケマル・アタチュルク初代大統領以降、イスラム色を薄めながら、欧米化による近代化を推進してきた。NATOやOECDにも加盟を認められ、EUにも加盟しようとしてきた。

トルコ共和国は、オスマン帝国とは異なり、近代的な構造をもつ国だった。行政府と立法府をもち、選挙で選ばれた議会の代表で構成する閣議もある。皇帝による統治は、主権者たる国民を代表する議会の手に委ねられた。

少なくとも、昨日までは。

16日、トルコでは大統領権限を大幅に強化する憲法改正案の是非を問う国民投票が実施され、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領が勝利宣言した(改憲に反対する野党側は結果に異議を唱えている)。

賛成票が51.5%僅差とはいえ、国民は事実上の独裁制を選んだことになる。18項目から成る改憲案は、首相府を撤廃させ、予算案の起草や非常事態宣言の発出、議会の承認なしに閣僚などを任命する権限を大統領に集中させる内容だ。

【参考記事】トルコを脅かすエルドアンの「ありふれた」独裁

独裁者ならテロを止められる?

ロイターによれば、エルドアンは勝利演説で2500万人のトルコ国民が議員内閣制を廃止し大統領に行政権を集中させる改正案を支持したと宣言した。

「トルコ史上初めて、文民政治下で国家統治制度が変わることになる」と演説したエルドアンは、軍によるクーデターが繰り返された過去に触れ、「だからこそ改憲が非常に重要な意味を持つ」と言った。

改憲派は、国民に訴えてきた。強力な指導者が誕生すれば「テロはなくなる。経済は繁栄する」。

【参考記事】トルコはテロの連鎖を断ち切れるのか

だが最大野党の共和人民党(CHP)を率いるケマル・クルチアルドール党首は、国民投票の合法性に疑問の余地が残ると主張。賛成側に不正があった可能性があると批判した。

クルチアルドールはエルドアンが「ワンマン体制」を目指していると批判し、憲法改正による改革はトルコを危険にさらすと警告した。

アタチュルク以来の世俗主義もイスラム主義に取って代わられそうだ。トルコのイスラム教徒は、オスマン帝国に憧れ、トルコを秘かに軽蔑してきた。そうした土壌から2001年に生まれたのが、エルドアンが率いる与党・公正発展党(AKP)なのだ。

ヨーロッパの政治家も、改憲派の勝利を憂慮している。

EUとトルコの関係は、エルドアンの人権弾圧などから冷え込んでいた。昨年7月にトルコでクーデター未遂が起きると、エルドアンは4万7000人を拘束し、12万人を停職や解雇処分にした。

【参考記事】溝が深まるトルコとEUの関係



関係がさらに険悪になったのは、ヨーロッパ在住のトルコ人に対し、トルコの閣僚が改憲賛成を呼び掛ける政治集会を開こうとしたとき。ドイツやオランダなどのEU諸国が治安上の理由からこれを妨害したのだ。エルドアンは憤慨し、「ナチズムだ」と罵倒した。長年EU加盟を追求してきた関係を見直すと息巻いた。

【参考記事】緊張が高まるトルコと西ヨーロッパ諸国

独裁体制の国はそもそもEUに加盟できないが、エルドアンは勝利宣言で死刑制度の復活にも言及した。現実になれば、EU加盟の道はほぼ確実に閉ざされる。

EUも困る。EUは、シリアやイラクの内戦を逃れて欧州に押し寄せる難民をトルコとの合意で引き取ってもらっている。難民が破綻すれば、ヨーロッパは再び難民危機に襲われることになる。民主主義国トルコは、ヨーロッパと中東との間の緩衝地帯だった。

トルコが独裁化し、イスラム化すれば、影響はヨーロッパを通じて世界に及ぶ。




ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

この記事の関連ニュース