<5月7日の決選投票はマクロンとルペンの対決に。変化と前進を掲げて大躍進した中道派のマクロン、気鋭のカリスマを待ち受ける「当選後」の洗礼とは>
今年2月、ロンドンの集会に登場した仏大統領選の中道・独立系候補エマニュエル・マクロンは、現地の3000人以上のフランス人から大歓声で迎えられた。マクロンはこわばった笑顔でぎこちなく手を振った。
39歳の小柄な政治家は、力強い視線が信念を感じさせる。変化を起こすという彼の誓いに、周囲は08年にバラク・オバマが最初の米大統領選に臨んだときを重ね合わせる。
「私の集会にブーイングとやじは要らない」と、彼は群衆に語り掛けた。「それは希望を持たない人のすることだ」
中道右派・共和党の有力支持者ながら、同党のフランソワ・フィヨン候補ではなくマクロンを支持する公共政策の専門家ジェローム・グランデノンは、フランスは何よりも変化を求めていると語る。「フランスのシステムは完全に行き詰まっている。人々は新しい顔を求めている」
昨年8月まで2年間、経済相を務めカリスマ性もあるマクロンだが、政界では比較的新顔だ。1年前に結成した政治グループ「前進!」は左派と右派それぞれの元支持者が集まり、双方の考えからえりすぐった綱領を掲げる。最新の世論調査によると、大統領選は5月に行われる決選投票で、マクロンが極右政党・国民戦線の党首マリーヌ・ルペンを破る見込みだ。
ただし、大統領に当選すれば安泰とはいかない。6月に行われる総選挙(国民議会選挙)で「前進!」は、左派では社会党、右派では共和党という既存の組織とそれぞれ戦わなければならないのだ。
【参考記事】フランス大統領選決選投票、ルペンは「手ごわく危険な対抗馬」
連立政権なら前途多難
仏大統領の権限の多くは首相の支持を必要とし、首相の任命は基本的に国民議会の同意を必要とする。グランデノンによると、マクロンもそこは分かっている。「議会で過半数を制して初めて、実際の力を手にする」
まだ若い「前進!」が明確なアイデンティティーを確立し、十分な選挙戦を展開して議会で過半数を獲得することができるだろうか。もしできなければマクロンはどの勢力を頼り、どのように政治基盤を築けばいいのだろうか。
単独で過半数に届かなければ、他党の協力が不可欠になる。右派左派どちらかの政党と連立政権を組み、その関係に身動きが取れなくなれば、「右でも左でもなく、前に進む」という大義が損なわれる。
手を組むなら、社会党の穏健派が妥当な相手になりそうだ。彼らは自党の大統領候補ブノワ・アモンが「左寄り過ぎる」と不満を抱いている。マクロンの親EU路線と、再生可能エネルギー分野を中心とする公共支出拡大政策も受け入れやすい。
ただし社会党と協力すれば、今回はマクロンに投票した共和党のリベラル派も、次の22年の大統領選で共和党支持に舞い戻ることも考えられる。
一方で、マクロンは週35時間労働制の見直しや年間600億ユーロの歳出削減を掲げるなど、経済政策は社会党よりかなり右寄りだ。従って共和党も取り込んでおけば、公約の実現には有利だろう。ただし、マクロンの中心的な支持者は左派出身者が多く、彼らは共和党との接近に困惑するだろう。
「前進!」は全選挙区に候補者を立てる予定であり、単独で過半数を得られるとマクロンは主張する。だが、そこには大きな課題がある。
世間にとって「前進!」のアイデンティティーは、「何者か」というより「何者ではないか」だ。「前進!」のアルノー・ルロワ副代表は、「極右ではない」と自分たちを定義する。「(私たちは)フランスの民主主義にとって、ルペンに滅ぼされる前の最後のチャンスだ」
そのような主張は、大統領選の決選投票では「ルペン阻止」の票を集められるかもしれないが、総選挙のメッセージとしては弱い。
【参考記事】極右ルペンの脱悪魔化は本物か
仏政界は未知の領域へ
「前進!」はフランス政治の因習を打ち破るという主張もある。「左派」「右派」は世界共通の政治用語だが、起源はフランス。革命期の1789年の国民議会で、議長席から見て左側に急進革命派が、右側に王党派が座っていたことに由来する。
「『前進!』が左か右かを気にするのは、識者とフランスのジャーナリストだけだ」と、広報担当のバンジャマン・グリボーは言う。「私たちは私たちが信じることをやる。だからこそ政策提言に一貫性がある」
しかし、どこからともなく現れた新しい中道政党がフランスの議会で過半数を獲得した前例はないと、ロンドン大学ユニバーシティーカレッジのフィリップ・マルリエール教授(フランス・ヨーロッパ政治)は言う。
「フランスには、政治的な中道は存在しないという考え方がある。フランスでは左も右も、もう古い。重要なのは考えであり、人格であり候補者だ。(「前進!」は)今や力強い新勢力になっている。今後の展開は全く分からない」
グリボーによれば、既に共和党と社会党から現職議員と候補予定者合わせて50人の支持を取り付けている。マクロンが大統領選で圧勝すれば、追随する人が増えるかもしれない。
もっとも、総選挙前のくら替えは簡単な話ではない。グランデノンの周囲の政治家たちは、「前進!」の旗印では選挙区の支持を失いかねず、今すぐ共和党を離れるわけにはいかないと語っている。
その点が、既存政党の議員や候補者をさらに引き入れようとする際の「真の障害」だと、グランデノンは言う。彼自身、正式には共和党員のまま、今回は党を支持しないというだけだ。
マクロンが大統領に当選すれば、フランスは未知の領域に足を踏み入れると、マルリエールは言う。「フランスの政治が再構成される。議会選挙を通じてどのような姿に形作られていくのか、今は極めて混乱した不確かな状況だ」
マクロン本人は、「リスクを恐れるなら死んだも同然だ」と、3月にロンドンで記者団に語っている。しかし、彼に投票するということは、単独政権なのか連立政権を組むのかも分からず、権力を行使する政治基盤が定まらない大統領を選ぶという賭けでもある。
[2017.4.25号掲載]
ジョシュ・ロウ、クレール・トゥレーユ
今年2月、ロンドンの集会に登場した仏大統領選の中道・独立系候補エマニュエル・マクロンは、現地の3000人以上のフランス人から大歓声で迎えられた。マクロンはこわばった笑顔でぎこちなく手を振った。
39歳の小柄な政治家は、力強い視線が信念を感じさせる。変化を起こすという彼の誓いに、周囲は08年にバラク・オバマが最初の米大統領選に臨んだときを重ね合わせる。
「私の集会にブーイングとやじは要らない」と、彼は群衆に語り掛けた。「それは希望を持たない人のすることだ」
中道右派・共和党の有力支持者ながら、同党のフランソワ・フィヨン候補ではなくマクロンを支持する公共政策の専門家ジェローム・グランデノンは、フランスは何よりも変化を求めていると語る。「フランスのシステムは完全に行き詰まっている。人々は新しい顔を求めている」
昨年8月まで2年間、経済相を務めカリスマ性もあるマクロンだが、政界では比較的新顔だ。1年前に結成した政治グループ「前進!」は左派と右派それぞれの元支持者が集まり、双方の考えからえりすぐった綱領を掲げる。最新の世論調査によると、大統領選は5月に行われる決選投票で、マクロンが極右政党・国民戦線の党首マリーヌ・ルペンを破る見込みだ。
ただし、大統領に当選すれば安泰とはいかない。6月に行われる総選挙(国民議会選挙)で「前進!」は、左派では社会党、右派では共和党という既存の組織とそれぞれ戦わなければならないのだ。
【参考記事】フランス大統領選決選投票、ルペンは「手ごわく危険な対抗馬」
連立政権なら前途多難
仏大統領の権限の多くは首相の支持を必要とし、首相の任命は基本的に国民議会の同意を必要とする。グランデノンによると、マクロンもそこは分かっている。「議会で過半数を制して初めて、実際の力を手にする」
まだ若い「前進!」が明確なアイデンティティーを確立し、十分な選挙戦を展開して議会で過半数を獲得することができるだろうか。もしできなければマクロンはどの勢力を頼り、どのように政治基盤を築けばいいのだろうか。
単独で過半数に届かなければ、他党の協力が不可欠になる。右派左派どちらかの政党と連立政権を組み、その関係に身動きが取れなくなれば、「右でも左でもなく、前に進む」という大義が損なわれる。
手を組むなら、社会党の穏健派が妥当な相手になりそうだ。彼らは自党の大統領候補ブノワ・アモンが「左寄り過ぎる」と不満を抱いている。マクロンの親EU路線と、再生可能エネルギー分野を中心とする公共支出拡大政策も受け入れやすい。
ただし社会党と協力すれば、今回はマクロンに投票した共和党のリベラル派も、次の22年の大統領選で共和党支持に舞い戻ることも考えられる。
一方で、マクロンは週35時間労働制の見直しや年間600億ユーロの歳出削減を掲げるなど、経済政策は社会党よりかなり右寄りだ。従って共和党も取り込んでおけば、公約の実現には有利だろう。ただし、マクロンの中心的な支持者は左派出身者が多く、彼らは共和党との接近に困惑するだろう。
「前進!」は全選挙区に候補者を立てる予定であり、単独で過半数を得られるとマクロンは主張する。だが、そこには大きな課題がある。
世間にとって「前進!」のアイデンティティーは、「何者か」というより「何者ではないか」だ。「前進!」のアルノー・ルロワ副代表は、「極右ではない」と自分たちを定義する。「(私たちは)フランスの民主主義にとって、ルペンに滅ぼされる前の最後のチャンスだ」
そのような主張は、大統領選の決選投票では「ルペン阻止」の票を集められるかもしれないが、総選挙のメッセージとしては弱い。
【参考記事】極右ルペンの脱悪魔化は本物か
仏政界は未知の領域へ
「前進!」はフランス政治の因習を打ち破るという主張もある。「左派」「右派」は世界共通の政治用語だが、起源はフランス。革命期の1789年の国民議会で、議長席から見て左側に急進革命派が、右側に王党派が座っていたことに由来する。
「『前進!』が左か右かを気にするのは、識者とフランスのジャーナリストだけだ」と、広報担当のバンジャマン・グリボーは言う。「私たちは私たちが信じることをやる。だからこそ政策提言に一貫性がある」
しかし、どこからともなく現れた新しい中道政党がフランスの議会で過半数を獲得した前例はないと、ロンドン大学ユニバーシティーカレッジのフィリップ・マルリエール教授(フランス・ヨーロッパ政治)は言う。
「フランスには、政治的な中道は存在しないという考え方がある。フランスでは左も右も、もう古い。重要なのは考えであり、人格であり候補者だ。(「前進!」は)今や力強い新勢力になっている。今後の展開は全く分からない」
グリボーによれば、既に共和党と社会党から現職議員と候補予定者合わせて50人の支持を取り付けている。マクロンが大統領選で圧勝すれば、追随する人が増えるかもしれない。
もっとも、総選挙前のくら替えは簡単な話ではない。グランデノンの周囲の政治家たちは、「前進!」の旗印では選挙区の支持を失いかねず、今すぐ共和党を離れるわけにはいかないと語っている。
その点が、既存政党の議員や候補者をさらに引き入れようとする際の「真の障害」だと、グランデノンは言う。彼自身、正式には共和党員のまま、今回は党を支持しないというだけだ。
マクロンが大統領に当選すれば、フランスは未知の領域に足を踏み入れると、マルリエールは言う。「フランスの政治が再構成される。議会選挙を通じてどのような姿に形作られていくのか、今は極めて混乱した不確かな状況だ」
マクロン本人は、「リスクを恐れるなら死んだも同然だ」と、3月にロンドンで記者団に語っている。しかし、彼に投票するということは、単独政権なのか連立政権を組むのかも分からず、権力を行使する政治基盤が定まらない大統領を選ぶという賭けでもある。
[2017.4.25号掲載]
ジョシュ・ロウ、クレール・トゥレーユ