英国のヘンリー王子(通称ハリー王子)が、母親であるダイアナ妃の死をきっかけに感情をすべて押し殺し、心の問題を抱えていたと告白して世界中で話題になった。ダイアナ妃の事故死からまもなく20年となる今、心の内を明かした王子の思いの背景には何があるのか。
感情を殺しボロボロな状態へ
ハリー王子が心の内を明かしたのは、デイリー・テレグラフとのインタビューだった。テレグラフの新しいポッドキャスト「マッド・ワールド」に初回ゲストとして登場した時だ。これまで英国王室のメンバーが自らの精神状態について語ることはなかったため、極めて異例のインタビューとなった。
全10回のシリーズとなる「マッド・ワールド」は、心の問題に関する経験をさまざまな人たちに話してもらい、心が病むのは至って普通である、というメッセージを発信することを目指している。
インタビューでは、12歳の時に母親を亡くした王子が、その後28歳になるまでずっと自分の感情を殺して無視してきたこと、兄のウィリアム王子など周囲の助言もあり28歳の時に精神分析医とのカウンセリングを受けたこと、その後2年にわたり心の重荷を下ろす過程でボロボロの状態が続き、30歳を過ぎてやっといい状態になったことなどを赤裸々に語っている。
ダイアナ妃(当時)、ハリー、ウィリアム両王子とチャールズ皇太子(1995年9月) Reuters
実はこのインタビューは、単にハリー王子の心の内を明かした「特ダネ記事」というわけではなかった。ハリー王子と兄のウィリアム王子、そしてウィリアム王子の妻キャサリン妃の3人が立ち上げた慈善事業「ヘッズ・トゥゲザー」を推進する試みでもあった。
インタビュー中でも王子が説明していたが、「ヘッズ・トゥゲザー」は心の病気にまつわる「汚名」や「恥」といった偏見を取り払い、人々がもっと気軽に自分の感情について話し、相談できる環境を作ることを目的としている。
4人に1人が心の問題を抱える英国
王室が「ヘッズ・トゥゲザー」のような活動を行い、テレグラフという大手新聞社が「マッド・ワールド」のような特集を組むその背景には、心の問題を取り巻く英国の厳しい状況がある。
ガーディアンが伝えた英国国家統計局の調査によると、16〜24歳の女性の4人に1人が、不安やうつなど何らかの心の問題を抱えている。男性は6人に1人の割合だ。
一方、テレビ局ITVの報道によると、慈善団体が家庭医と協力して行なった調査から、イングランド北部では成人の27%が、住宅難から精神的に追い詰められ、心の健康を損なっていることが分かったという。住宅難が原因でストレス、不安、気分の落ち込みなどを経験し、なかには自殺が頭をよぎる人もいるという。
このように心の健康を危ぶむ人が多くいるなか、その受け皿となる施設がきちんと機能できていないという問題もある。
心の問題を扱う受け皿不足
政府の監視機関である警察監察局は、毎年実施している警察活動に関する調査の中で、心の病に対してしかるべき機関が対応できていないため、警察が初動対応せざるをえない状況が多いと報告している。
報告書は「予防は治療に勝る」ということわざを挙げ、本来、うつやその他の心の問題から人が自殺を考えたり危険な行動に出たりする状況になる前に、介入することが大切であると指摘。しかし心の健康を扱う設備の不足により、結局は何かが起きてから警察が対応せざるを得ない状況になっていると説明している。
また、テリーザ・メイ首相は今年1月9日、国民の4人に1人が人生で一度は心の病を抱えるとし、学校や職場、コミュニティで心の健康に関する支援を強化する方針を発表していた。国営医療制度(NHS)に対し2020年までに年間100億ポンドを追加で投じるとメイ首相は主張していたが、NHSのスティーブンス最高経営責任者が「2018/19年のNHS支出は、イングランドの住民1人当たりで計算すると実質的には減額になる」と指摘し、同月下旬、大臣らがそれを認めたとインディペンデントが報じていた。
王子がダイアナ妃から学んだこと
英国王室は、「君臨すれども統治せず」の原則から、政治に口出しはできない。しかしハリー王子は、英国の心の問題を取り巻くこうした厳しい環境に、自らの苦しかった日々を重ね合わせ、王室ができる最も効果的な活動である「知名度を利用した慈善活動」を決意したのだろう。
単なる知名度の活用のみならず、王子が王室のタブーを打ち破り心の問題を赤裸々に告白したことで、世界中が王子の訴えに耳を傾けた。12歳の時に母親を亡くしたかつての少年は、時には政治的介入だと批判されながらも人道的見地から慈善活動に勤しんだ母親の背中から学んだことを、しっかりと実践しているようだ。
松丸さとみ
感情を殺しボロボロな状態へ
ハリー王子が心の内を明かしたのは、デイリー・テレグラフとのインタビューだった。テレグラフの新しいポッドキャスト「マッド・ワールド」に初回ゲストとして登場した時だ。これまで英国王室のメンバーが自らの精神状態について語ることはなかったため、極めて異例のインタビューとなった。
全10回のシリーズとなる「マッド・ワールド」は、心の問題に関する経験をさまざまな人たちに話してもらい、心が病むのは至って普通である、というメッセージを発信することを目指している。
インタビューでは、12歳の時に母親を亡くした王子が、その後28歳になるまでずっと自分の感情を殺して無視してきたこと、兄のウィリアム王子など周囲の助言もあり28歳の時に精神分析医とのカウンセリングを受けたこと、その後2年にわたり心の重荷を下ろす過程でボロボロの状態が続き、30歳を過ぎてやっといい状態になったことなどを赤裸々に語っている。
ダイアナ妃(当時)、ハリー、ウィリアム両王子とチャールズ皇太子(1995年9月) Reuters
実はこのインタビューは、単にハリー王子の心の内を明かした「特ダネ記事」というわけではなかった。ハリー王子と兄のウィリアム王子、そしてウィリアム王子の妻キャサリン妃の3人が立ち上げた慈善事業「ヘッズ・トゥゲザー」を推進する試みでもあった。
インタビュー中でも王子が説明していたが、「ヘッズ・トゥゲザー」は心の病気にまつわる「汚名」や「恥」といった偏見を取り払い、人々がもっと気軽に自分の感情について話し、相談できる環境を作ることを目的としている。
4人に1人が心の問題を抱える英国
王室が「ヘッズ・トゥゲザー」のような活動を行い、テレグラフという大手新聞社が「マッド・ワールド」のような特集を組むその背景には、心の問題を取り巻く英国の厳しい状況がある。
ガーディアンが伝えた英国国家統計局の調査によると、16〜24歳の女性の4人に1人が、不安やうつなど何らかの心の問題を抱えている。男性は6人に1人の割合だ。
一方、テレビ局ITVの報道によると、慈善団体が家庭医と協力して行なった調査から、イングランド北部では成人の27%が、住宅難から精神的に追い詰められ、心の健康を損なっていることが分かったという。住宅難が原因でストレス、不安、気分の落ち込みなどを経験し、なかには自殺が頭をよぎる人もいるという。
このように心の健康を危ぶむ人が多くいるなか、その受け皿となる施設がきちんと機能できていないという問題もある。
心の問題を扱う受け皿不足
政府の監視機関である警察監察局は、毎年実施している警察活動に関する調査の中で、心の病に対してしかるべき機関が対応できていないため、警察が初動対応せざるをえない状況が多いと報告している。
報告書は「予防は治療に勝る」ということわざを挙げ、本来、うつやその他の心の問題から人が自殺を考えたり危険な行動に出たりする状況になる前に、介入することが大切であると指摘。しかし心の健康を扱う設備の不足により、結局は何かが起きてから警察が対応せざるを得ない状況になっていると説明している。
また、テリーザ・メイ首相は今年1月9日、国民の4人に1人が人生で一度は心の病を抱えるとし、学校や職場、コミュニティで心の健康に関する支援を強化する方針を発表していた。国営医療制度(NHS)に対し2020年までに年間100億ポンドを追加で投じるとメイ首相は主張していたが、NHSのスティーブンス最高経営責任者が「2018/19年のNHS支出は、イングランドの住民1人当たりで計算すると実質的には減額になる」と指摘し、同月下旬、大臣らがそれを認めたとインディペンデントが報じていた。
王子がダイアナ妃から学んだこと
英国王室は、「君臨すれども統治せず」の原則から、政治に口出しはできない。しかしハリー王子は、英国の心の問題を取り巻くこうした厳しい環境に、自らの苦しかった日々を重ね合わせ、王室ができる最も効果的な活動である「知名度を利用した慈善活動」を決意したのだろう。
単なる知名度の活用のみならず、王子が王室のタブーを打ち破り心の問題を赤裸々に告白したことで、世界中が王子の訴えに耳を傾けた。12歳の時に母親を亡くしたかつての少年は、時には政治的介入だと批判されながらも人道的見地から慈善活動に勤しんだ母親の背中から学んだことを、しっかりと実践しているようだ。
松丸さとみ