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FBIコミー長官解任劇の奇々怪々 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年5月11日 17時0分

<トランプ政権が突如コミー長官を解任したその裏には、「ロシア疑惑」に関して切羽詰まった事情があるとしか考えられない>

米東部時間の9日夕刻、FBI(米連邦捜査局)のジェームズ・コミー長官が、トランプ大統領によって突如解任されたというニュースが駆け巡ると、ケーブルテレビ各局は一斉に速報体制に切り替わりました。

ロスサンゼルスに出張中だったコミー長官は、テレビで自身が解任されたニュースを見て最初は冗談だと思ったそうですが、やがて解任通知が本部に届いていたことを知らされると、急遽専用機でワシントンDCに戻りました。

その際に専用機に乗り込むコミー、そして誘導路を移動して滑走路から離陸する専用機の映像をCNNなどはずっとライブで追っており、まるで90年代の「白いブロンコで逃走するO・J・シンプソンを追っかけた映像」の再現のようでした。そのくらい話題性のある「事件」だということです。

メディア、特にCNNなどはハッキリと、「これはトランプ陣営のロシアとの癒着に関する捜査妨害だ」としています。翌朝のニューヨーク・タイムズの見出しもそうですし、多くのメディアはそう見ています。

【参考記事】トランプのロシア疑惑隠し? FBI長官の解任で揺らぐ捜査の独立

ですが、この解任事件、どうも良く分からないのです。とにかく、その理由がハッキリしません。トランプ大統領はセッションズ司法長官並びに、ローゼンスタイン司法副長官が「コミー解任を進言した書簡を送ってきた」から解任したとしています。

では、問題のローゼンスタイン司法副長官の「コミーを解任すべきだ」という書簡にはどう書いてあるのかというと、「ヒラリー・クリントン氏の電子メール問題に関する結論の出し方に問題があるから」ということになっています。このローゼンスタインというのは、トランプ大統領が「入国禁止令」が違法だから無効だと言われて怒って更迭したイエーツ司法副長官(司法長官代行)の事実上の後任として、トランプ大統領が指名して就任した人物です。

ということは、ローゼンスタインは「ヒラリーを最終的に不起訴とした」コミーを告発しているように見えます。ところが、肝心の書簡の中身を読んでみると、全然違うのです。昨年7月にかけての「第一次メール疑惑」についての言及もあるのですが、主要な部分については「10月28日の第二次メール疑惑」に関するものです。



ここでローゼンスタインは、「新たな証拠(ヒラリー側近の離婚係争中のダンナのPC)」が出た時点で、コミーは新証拠問題を「発表(speak)」するか「隠蔽(conceal)」するか迷ったと証言しているが、これはおかしいとして「隠蔽はせずに粛々と捜査を再開すればよかった」としているのです。

これは5月3日にコミーが議会で証言した際にあった、「本当にヒドい(really bad)」選択か「壊滅的な(catastrophic)」選択という(大変に有名になった)表現を、言い換えたものです。

要するにローゼンスタインは、ヒラリーを不起訴にしたのが不満なのではなく、10月末に新証拠(の可能性)が出た時に「大々的に発表して選挙戦を歪めた」ことを司法副長官として批判しており、そのことについてコミーが5月3日に議会証言して「自分は正しかった」としていることが大変に不満だ、だから解任を提案しているというのです。

奇々怪々としか言いようがありません。トランプ陣営からすれば、昨年の10月28日にコミーが「ヒラリーのメール疑惑の蒸し返し」をしてくれたから、自分たちは政権を奪取したという認識をしています。大統領自身が再三そのような発言をし、その延長でコミーを賞賛したことも何度もあります。

それにもかかわらずトランプ大統領は、その10月末のコミーの言動を批判して解任を提案したローゼンスタイン書簡を根拠として、コミーを解任しているのです。ちなみに、大統領の署名したコミー宛の「解任通告」書簡には、ローゼンスタインの書簡が「添付」されています。

一体どう解釈したらいいのでしょうか?

【参考記事】文在寅とトランプは北朝鮮核で協力できるのか

一つの考え方としては、やはりホワイトハウスとしてはコミーを解任しなくてはいけない、切羽詰まった「何か」があったのだということです。それは、やはり「選挙運動期間中の陣営とロシア政府の癒着」問題が相当に切迫していることを示していると思います。

この点に関しては、問題の大統領のコミー長官宛の「解任通告」書簡の中に、何とも不思議な文言が入っています。それは「私が捜査対象になったかもしれない機会において、貴官は三度にわたって自分を捜査対象としなかったことは賞賛する」という部分です。

解任通告をするのには、全く必要のない文言ですが、急遽レターを作った中でこういう字句に「ポロッとホンネが」出てしまった可能性はあると思います。つまり大統領としては「ロシア疑惑」の捜査が自分にまで及ぶのを恐れているということですし、きわどい局面が過去に3回あったということを告白しているようなものです。



100%断定はできませんが、この2日間のドタバタ劇を見ていますと、とりあえず今回の解任劇は「ロシア疑惑」の深刻化、そしてこの問題について捜査を進めていたFBIへの恫喝という流れで見ていくのが一番しっくり来るように思われます。

ローゼンスタイン書簡について言えば、これは当座のニーズに応えるということで、トランプ大統領、セッションズ司法長官を満足させる一方で、内容をよく読むと「10月末のコミーの言動を批判している」ことから、ヒラリー陣営にも「満更でもない」表現となっているわけで、この人は相当な策士なのかもしれません。

そんな中、疑惑の張本人であるマイケル・フリン前安全保障補佐官が「上院の情報委員会」からロシアとの癒着問題に関して召喚されるという決定が流れました。その一方で、事態の急展開に驚いたショーン・スパイサー報道官は、9日夕に報道陣の質問から「逃れようとした」失態を問われてホワイトハウスの定例記者会見から「外された」格好になっています。

トランプ政権の周囲はにわかに騒がしくなってきました。

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