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日英デザインデュオが仕掛ける、ごみから生まれたエコな美意識

ニューズウィーク日本版 2017年5月17日 10時0分

<最小の資源で最大の効果......漂着物や空き缶で魅力的な製品を創造するスタジオスワインの哲学>

中国の専門市場で入手した髪の毛、大西洋から拾い上げたプラスチックごみ――こんな材料でデザイン性の高い製品を作る? それを実現したのが、ロンドンを拠点とするデザインデュオ「スタジオスワイン」だ。

同スタジオは11年、日本人建築家の村上あずさ(32)と、夫でイギリス人アーティストのアレクサンダー・グローブス(33)が設立した。スワインとは「豚」や「嫌なやつ」という意味。その意外な名称に込められているのは、固定観念をひっくり返そうとの意志だ。

「スワインという言葉にはあまりいいイメージがない」と、グローブスは言う。「でも、僕たちは物事の捉え方を変化させようとしている」

なかでも変えたいと思っているのが、デザインのサステナビリティー(持続可能性)をめぐる考え方だ。環境に優しい家具は簡素で安っぽいという先入観を覆して、見た目だけでなく、その成り立ちにも魅力を感じる製品を作りたいという。

最新の挑戦の舞台となったのが、4月上旬にイタリアで開催された国際家具見本市ミラノ・サローネだ。今や見本市の目玉となったファッションブランドCOSのインスタレーションを手掛け、廃業した映画館の館内で、建設現場の足場に使うパイプを用いた樹木のような作品『新しい春』を発表した。

グローブスと村上によれば、この木には「花」が咲く。パイプの先から霧を満たした泡が噴き出し、会場内を漂い、行き交う人の肌に触れるとはじけて消える。スタジオスワインの核となる哲学、すなわち村上が言う「最小限の資源で最大限の効果」を体現した作品だ。

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発砲アルミを用いたキャビネットは隕石のような形が特徴的 Hayden Phipps

ミラノへの作品搬出を控えたある日、2人はロンドン南東部の鉄道高架橋の下にある作業場にいた。大胆なプロジェクトの生みの親にもかかわらず内気そうで、助けを求めるように互いを見ながら質問に答える。

夫妻はロンドン王立美術大学のプロダクトデザイン修士課程で出会った。「互いに付き合いたいと思うような相手じゃなかった」。そうグローブスが言うと、村上が口を挟む。「全く異なる作品を作っていた。でも2人ともデザイン畑の出身じゃなかったから、デザインというものについて純粋過ぎるぐらいの考えを持っていた」

おそらくそのためだろう。スタジオスワインのプロジェクトは多くの側面から成り立つ。11年に卒業制作として共同で手掛けた『海の椅子』では、イギリス南西部の海岸でプラスチックごみを集め、溶かしてスツールに作り直した。地元の漁師でも、網に掛かったプラスチックごみで自分の椅子を作れると示すのが狙いだ。



彼らのプロジェクトには2つの特徴がある。自ら材料を集めること、そして魅力的なエコデザインを生み出すという使命だ。「美術学校にいた頃は持続可能性なんてダサいと思われていた」と、グローブスは話す。「でもデザイナーとして、その問題に取り組むべきだ。新しいものを作るだけでは先がない」

べっ甲の代わりに人毛を

2人は11年、ブラジル・サンパウロの街路で拾った空き缶でスツールのシリーズを制作した。14年には、大量の漂着ごみがあることで知られる北大西洋の還流海域でプラスチック片を収集し、太陽光を利用した機械で成形。これを素材にしたオブジェがロンドンの有名デパート、セルフリッジズで展示された。

同じ年、夫妻は中国東部にある人毛市場を訪れた。中国は世界最大の人毛輸出国だ。その事実を背景に「現代版シルクロード」を主題とする映像作品を制作。その後、人毛と樹脂を組み合わせてべっ甲状の模様の素材を作り、上海アールデコ様式の化粧用具や家具に変身させた。

それらすべてに共通するのは強い美意識だ。「サステナブルかつ美しいものを作り出せると信じている」と、グローブスは言う。「誰も欲しがらない製品なら存在意義がない」

必要な分だけ作るとの方針を貫く彼らの作品は、ほとんどがプロジェクトのための限定品。商売は二の次らしい。「売れなくていいという気持ちがある。業界に取り込まれて、好きなことをする自由を失いたくない」と、村上は語る。

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エコ製法の硬質ゴムを用いた「フォードランディア」チェア Petr Krejci

とはいえ評価が高まるにつれて、状況は変わりつつある。スタジオスワインは先頃、パブリックアートの制作委託を行うフューチャーペースと契約。第1弾の作品として、ロンドン中心部の再開発地区に設置するベンチを手掛けることになった。

スタジオスワインは、デザインの持続可能性の在り方と業界そのものを変えようとしている。ただし、2人のやり方は時間もカネもかかる。「パトロン」(グローブスはCOSとのコラボレーションをそう呼ぶ)の存在は、真の実力を世界に知らしめるチャンスにつながるだろう。

「常に大きなことをやろうとしているけれど、現実的に見れば、自営業的スタイルでそれを実現するのは難しい」と、村上は言う。「でも、大切なのはとにかく始めること。ビーチでのごみ拾いが、いずれは北大西洋での作業につながる」

その先に待つのは、世界という舞台だ。

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[2017.5.16号掲載]
トム・モリス

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