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カナダ首相は「反トランプ」という幻想

ニューズウィーク日本版 2017年5月19日 10時0分

<トゥルドーはイメージ通り自由世界の旗手なのか? カナダ人ジャーナリストが明かす真の姿>

若くて感受性豊か、フェミニストで環境保護論者。筆者の母国カナダのジャスティン・トゥルドー首相は、ドナルド・トランプ米大統領とは真逆のイメージを振りまいている。波打つナチュラルヘアも好対照だ。

首相の好感度は国の好感度につながる。ポピュリズムとは無縁の進歩的な安息の地――こんなイメージをカナダは獲得しつつある。

英エコノミスト誌は昨秋、カナダを象徴するカエデの葉の冠をかぶった自由の女神像を表紙にした。CNNは今や「カナディアン・ドリーム」の時代ではないかと問い、ニューヨーク・タイムズ紙は、カナダは自由世界の新しいリーダーだと書いた。

トランプの勝利に打ちのめされたアメリカのリベラル派は、トゥルドーとカナダに理想の姿を求めている。しかしそれは幻想にすぎない。カナダはアメリカに対抗するのではなく、アメリカを模倣する国なのだ。

【参考記事】プーチン、トランプ狂想曲を笑う----「政治的な統合失調症」とも

アメリカで何かがあると、その数年後にカナダで似たような現象が(より生ぬるい形で)起こる。アメリカでは09年、変革を求める国民がオバマ政権を誕生させた。カナダも15年、首相を古くさい保守派のスティーブン・ハーパーから、若い中道派のトゥルドーに交代させた。

幻想は現実を見えなくする。トランプが最初の入国停止の大統領令を出した直後、アメリカに拒否された難民の受け入れをトゥルドーが明言した、と米メディアは報じた。でも実際は、トゥルドーの曖昧なツイートを都合よく解釈しただけ。いわく「迫害、テロや戦争から逃れる人々へ。信仰にかかわらず、カナダ国民はあなた方を歓迎します。多様性は私たちの力です」。

このニュースが収まった頃、トゥルドー政権は難民政策に変化はないとこっそり釈明した。アメリカで難民認定されずカナダに亡命受け入れを求めた者も、従来どおり出身国に送還するとのことだ。



カナダの警官がほほ笑みながら、アメリカ国境を越えようとする難民の女の子を抱き上げる写真を見たことがあるだろう。感動的だが、直後に子供と両親が逮捕される写真はあまり知られていない。米カ両国は現在、共同で難民流入を阻止している。

メディアもイメージづくりに協力する。今年2月の訪米時、トゥルドーがトランプの差し出した手に不快感を見せるような写真が拡散した。実際はすぐ後に力強く握手し、がっちりハグし合ったのだが。トゥルドーは、オバマ政権が却下したカナダからメキシコ湾岸に原油を運ぶ「キーストーンXLパイプライン計画」の交渉を進め、4月に米軍がシリアをミサイル攻撃した際も全面的な支持を表明した。

【参考記事】カナダ人はトランプよりトルドーを支持...とは限らない

アメリカのメディアがトゥルドーは反トランプだと持ち上げる一方、カナダのメディアはトランプのメンツをつぶさずうまく立ち回っていると評価する。小心者のカナダ人はどんな状況でも、隣の大国とうまくやりたいのだ。でも従順でいるだけでなく、いつか「カナダのトランプ」が生まれる可能性もある。

5月末の野党・保守党党首選で有力候補だったのはTV司会者で大富豪のケビン・オリアリー。4月末に選挙戦から降りたが、首相候補として再登場しないとも限らない。だってカナダはアメリカ追従だから......。

[2017.5.23号掲載]
ジェシー・ブラウン

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