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どこが違う? トランプ・ロシア疑惑とウォーターゲート - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年5月23日 17時0分

<本格的な捜査が始まったトランプ政権のロシア疑惑。米メディアではウォーターゲート事件と比較されているが、事件そのものはロシア疑惑の方がはるかに深刻>

先週17日に米司法省が任命したムラー特別検察官は、トランプ政権の「ロシアゲート」に関して日々会見を開いて、捜査の進捗の説明をしています。大統領本人は中東からバチカン、ブリュッセルなどの歴訪に出かけていますが、まるでメディアの批判を「かわして」いるかのようです。

そんな中で、各メディアは一斉に今回のロシア疑惑と、45年前のウォーターゲート事件との比較を始めています。多くのニュース専門局が若い世代に向けた「ウォーターゲート事件早わかり」のような特集を組んでいますし、CNNなどは事件の首謀者であり生き証人でもあるジョン・ディーン氏にトランプとニクソンの比較論を語らせたりもしています。

比較論と言っても、現時点ではそんなに深い論評は出てきていません。一つ多くの人が気にしているのは、捜査のスピードの問題です。ウォーターゲート事件の場合は発生から大統領弾劾(最後は辞任という形を取りましたが)まで2年以上の年月がかかっているわけで、今回もそうなれば株価が長期にわたって低迷するなど、社会に与える影響は大きいからです。

この「捜査にかかる時間」について言えば、それほど心配ないという見方もあります。45年前とは違って、今は膨大な文書や録音、動画をコンピュータで簡単に処理し、ネットで共有できる時代です。まず事務作業の生産性が違います。

また、90年代に当時のビル・クリントン政権に対して発生した「ホワイトウォーター事件」を調べた特別検察官のケネス・スターという人が、作業の段取りを効率化するマニュアルを残しているそうで、とにかく「2年」ということはなさそうだというのです。

それはともかく、ウォーターゲートとトランプ・ロシア疑惑は本質的に全く違う事件だと思います。

【参考記事】ロシア疑惑の特別検察官任命、その意味とは

1つは、ウォーターゲートの場合はもうすぐ45周年がやってきますが、1972年6月17日に、民主党本部に潜入したスパイが5人逮捕されたのが最初です。それが事件の発端であり、最初から「起きたこと」は明確でした。ところが、これに大統領が関与しているという疑惑が出てきて「大炎上」となったわけです。

反対にトランプ陣営の外国勢力との癒着は、まだまだ謎の部分が多く、一つ一つ違法性があるかを検証していかなくてはなりません。捜査の方向性ということで、この2つは全く別の性格を持っているということになります。

2つ目は、事件の深刻度です。ウォーターゲートというのは、「単に不法侵入して盗聴器を仕掛けた」という「犯罪そのものは軽微」であり、後に大統領が「もみ消し」を図る中で司法妨害や権力の濫用など違法行為に「はまって」いったという、いわば人間臭い小規模な事件です。ですが、今回のトランプ陣営のスキャンダルは、仮に容疑が事実で大統領が関与していたとなると、「外国勢力との結託」という「国家反逆罪」にあたるわけで、深刻度が全く違います。



こうした違いに加えて3番目の問題として、世論の反応が異なるという点があります。ニクソンの場合は、スキャンダル勃発時にはとにかく大統領として成功していました。ベトナム戦争に出口の道筋をつけ、米中和解、米ソ軍縮、沖縄返還、ドル防衛など大きな成果を挙げて、二期目をかけた選挙では歴史的な勝利を収めていたのです。

そもそもニクソンという人は、1950年代に8年間にわたってアイゼンハワー政権の副大統領を経験しているなど、大政治家だったわけです。そのニクソンが、政権の内部で極めて醜悪な形で「犯罪のもみ消し工作」に手を染め、そこで巨大な権力の濫用をしていたという事実は「その落差の激しさ」ゆえに、アメリカ社会に衝撃を与えたのです。ですから、野党・民主党の支持者だけでなく、共和党支持者にとっても広範な怒りと失望を引き起こしました。

これに対して、トランプに対する世論の姿勢は全く異なります。まず野党の民主党支持者ですが、彼らは一連のスキャンダルについて、非常に強い関心を示しています。ですが、ショックを受けているかというと、そうではなく「どうせトランプ政権の関係者なら、いかにもやりそうなこと」だと、その政権が崩壊していくのを期待して興味本位で眺めている、そんな雰囲気が濃厚にあります。

【参考記事】トランプ弾劾への道のりはまだ遠い

一方で、共和党サイドですが、例えば保守系のFOXニュースなどは、特別検察官が任命されたにも関わらず、「ロシア疑惑の話は全部フェイクニュース」「CNNの大統領に関する報道は90%がアンチで、完全に偏向」といった「放言」を垂れ流しています。その上で今でも「獄につながれるべきなのはヒラリー」だなどというようなコメントが放映されているのです。

ということは、「この程度」の疑惑ではトランプのコアの支持者は全く「懲りていない」どころか、「容疑は全部ウソ」という「もう一つの真実」を信じてしまっているわけです。特に連邦下院の共和党議員の中に、スキャンダルが深化しつつあるにも関わらずトランプ擁護の声が残っている背景には、こうした選挙区事情もあるようです。

そもそも、今回のスキャンダルについては「トランプというキャラクターならやりそうなこと」として、それほどの衝撃を感じない、そうした心理が世論全体のホンネの部分にあるということです。こうした風潮は、大統領の側には「逃げ切れる」という感覚を生むでしょうし、これに対して野党やメディアの方は「一本調子で怒るしかない」ということになります。つまり、政治的な膠着状態に陥る危険が大きいということです。

その意味では、一部の側近の違法行為を暴くだけならともかく、政権そのものを弾劾という形に追い詰めるのは、そう簡単ではないでしょう。いくらテクノロジーが発達しているといっても、捜査にはやはり相当な時間がかかると見ておく必要がありそうです。

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