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イスラエル人からトランプに託す究極の「ディール」

ニューズウィーク日本版 2017年5月23日 19時0分

<もしトランプに中東和平を実現する気があるなら、歴代米大統領の失敗を繰り返さないための策を授けよう>

イスラエル国民はワシントンで相次ぐドタバタ劇に驚きつつ、ドナルド・トランプ米大統領のイスラエル訪問が一体この地に何をもたらすのか気にしてきた。だが徐々に、トランプは歴史的な偉業を達成するため、イスラエルとパレスチナの和平合意という「究極の取引(ディール)」を実現したがっているらしいということがわかった。

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もしその言葉通りなら、イスラエルはトランプの意欲を歓迎する。

だがトランプ政権は和平をなし得なかった歴代の米政権の失敗から学び、従来とは異なる姿勢で取り組む必要がある。

さらにトランプ政権は、現時点で包括的な和平合意に達するのはほぼ不可能だと認めることから始めるべきだ。もしトランプが和平プロセスを再定義して進展に寄与することができれば、最大限の賛辞を手にするだろうが、その可能性は低い。

トランプがイスラエルを訪問したのは、第3次中東戦争でイスラエルがエルサレムを占領・併合した日(「6日戦争」)から数えてあと2週間で50周年というタイミングだった。1967年6月、建国19年だったイスラエルは、エジプトとシリア、ヨルダンの連合軍との戦争に勝った。だが不運にも、その大勝利を境にイスラエルはヨルダン川西岸を占領し、パレスチナ人に対する実効支配を始めてしまった。今も270万人に上るパレスチナ人が、イスラエルの支配下で暮らす。

入植者はゼロから40万人に

1967年6月以前には、ヨルダン川西岸にユダヤ人は一人も住んでいなかった。それが今や40万人以上のユダヤ人が移り住み(東エルサレムを除く)、イスラエル政府が承認した130カ所の入植地と、イスラエル政府に無許可で建設された非合法のアウトポスト約100カ所の入植地で暮らしている。

【参考記事】トランプはどこまでイスラエルに味方するのか:入植地問題

ヨルダン川西岸に居住するユダヤ人入植者が増え、パレスチナ人住民に対するユダヤ人の支配が一層強まるにつれて、双方の住民の間で衝突が拡大した。1987年と2000年にはパレスチナ人による「インティファーダ(イスラエルに対する民衆蜂起)」が勃発。過去2度とも、数年にわたる武力衝突で双方に多大な犠牲者を出した。

近年のイスラエルを標的にした暴力の連鎖やローンウルフ(一匹狼)型のテロ攻撃は、しばしば第3次インティファーダと呼ばれる。ちょうど先週の金曜も、パレスチナ人住民とイスラエルの治安部隊が衝突し、数十名の負傷者を出したばかりだ。

【参考記事】イスラエルの入植に非難決議──オバマが最後に鉄槌を下した理由

現状を打開するためには、ユダヤ人とパレスチナ人が離れて暮らすことが絶対に必要だ。「2国家共存」の原理に則った和平でなければならない。



アメリカの歴代大統領は、ジミー・カーター米大統領を皮切りに、和平の仲介に乗り出しては失敗し、多くの場合暴力を激化させ、和平の実現を信じた双方の住民の期待をことごとく裏切ってきた。1990年代以降に失敗が繰り返された原因は、アメリカがイスラエルとパレスチナの交渉にこだわり過ぎた結果、単に双方を交渉のテーブルにつかせることが目標になってしまったからだ。

それこそ、失敗の連続だった歴代政権からトランプが学ぶべき大事な教訓だ。

トランプが仲介するなら、過去の武力衝突も踏まえるべきだ。例えば、第1次インティファーダはイスラエルにパレスチナ人を受け入れる「1国家解決」が実現不可能なことを証明したし、第2次インティファーダは成熟した和平を結ぶにはまだ時期尚早だとということを明示した。イスラエル国民はいまだに「紛争管理」が機能せず、現状維持ではどうしようもない光景を目の当たりにしてきた。人々は絶望感を深め、お互いへの暴力も増えていった。

そもそもトランプは、イスラエルとパレスチナを交渉のテーブルにつかせようと努めるべきではない。その代わり、双方がそれぞれ2国家共存へ向けた具体的努力を進めるよう促すべきだ。

たとえばイスラエルは、ヨルダン川西岸の入植地から撤退し、もはや統治権は及ばないと言えるように。パレスチナ人は、イスラエルに対するテロや暴力の扇動を取り締まり、国際的な舞台でのイスラエル・ボイコットをやめなければならない。

トランプが歴史に残るには

アメリカは同時に、中東地域における対話を促進すべきだ。その意味で、トランプが大統領就任後初の外遊先となったサウジアラビアの首都リヤドでイスラム圏約50カ国の指導者を集めて会議を開いたことは、歓迎すべき進歩だ。

アメリカはさらに大きな視野に立ち、イスラエルとパレスチナの双方に対して、紛争管理という従来の考え方ではなく、紛争転換という観点から和平に取り組むよう手を差し伸べるべきだ。つまり宗教や民族、文化の違いに着目するのではなく、国境紛争という政治的要因に立ち戻って解決を目指すのだ。トランプも紛争を管理するのではなく解決するという自覚を持つべきだし、少しずつ行動で示す必要がある。

最も重要なのは、和平の実現には「2国家共存」という明確な目標が不可欠だということだ。イスラエルとパレスチナはその過程で、2国家の実現を後押しする周辺国や国際社会と連携し、変化に対応しつつ自主的に交渉を進めることになる。トランプ政権はその姿勢を明確に打ち出す必要がある。

この手法だと、トランプは「究極の取引」を直ちに実現することこそできないが、中東の歴史を前向きに転換させ、ひいては安全で民主的なユダヤ人国家としてのイスラエルの未来を確約するという、従来と比べてはるかに優れた約束を結ばせることができる。それこそ、歴史に残る偉業として語り継がれるだろう。

<筆者>
アミ・アヤロン(イスラエルの情報機関シン・ベトの元長官)
ギリアード・シェール(イスラエル政府の元交渉担当責任者、イスラエル国家安全保障研究所のシニアフェロー)
オルミ・ペトルシュカ(イスラエルの起業家)
*いずれもイスラエルの無党派組織「ブルー・ホワイト・フューチャー」の責任者

(翻訳:河原里香)


アミ・アヤロン(イスラエルの情報機関シン・ベトの元長官)他

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