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フィリピン南部に戒厳令  ドゥテルテ大統領が挑む過激派掃討

ニューズウィーク日本版 2017年5月25日 15時0分

<南部ミンダナオ島周辺で活動するイスラム過激派組織との戦闘が激化、軍や警察に死傷者が出て、住民も避難を余儀なくされている>

フィリピンのドゥテルテ大統領は5月23日夜、南部ミンダナオ島周辺地域に「戒厳令」を布告した。同地域で活動するイスラム系過激武装組織との戦闘が激化、軍や警察に死傷者が発生、多数の市民が避難を余儀なくされるなど社会情勢が急速に悪化したのが原因だ。

ミンダナオ島西部南ラナオ州の州都マラウィ市で23日午後、治安部隊による中東のテロ組織「IS(自称イスラム国)」と関係が深いとされるイスラム武装組織「アブサヤフ」の拠点に対する掃討作戦中、「マウテグループ」と称される別の組織が戦闘に参加、激しい銃撃戦となった。この戦闘で警察官2人、軍兵士5人、マウテグループなどの過激派13人が死亡、多数の負傷者がでた。

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周辺地域ではその後も戦闘が収まらず、マウテグループは市役所、病院、大学などを占拠、車両によるバリケードで道路を封鎖、一部建物に放火するなどしており、人口約20万人の地方都市マラウィは混乱の極致にあるとされる。

現地からの報道ではキリスト教司教や教師、一般市民などが「人質」として拘束されている模様で、多数の市民が郊外に避難を始めているという。

こうした緊迫した情勢の報告をドゥテルテ大統領は訪問中のロシアで受け、国軍首脳の進言を受けて戒厳令布告を決断、急きょ日程を前倒してロシアのプーチン大統領との首脳会談(当初の予定は25日)を実施、帰国の途に就いた。戒厳令は布告後48時間以内に大統領が国会に報告することが憲法で義務つけられているためだ。

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首脳会談でドゥテルテ大統領はプーチン大統領に「残念ながら帰国しなければならない戦闘状態が起きた」と伝えたという。プーチン大統領からは事態の早期沈静化への期待が示されたという。

国内過激派問題は就任以来の課題

ドゥテルテ大統領は2016年6月の大統領就任直後から国内治安対策に乗り出し、反政府武装各組織との和平対話路線を打ち出した。その結果、共産党系武装集団「新人民軍」との停戦に漕ぎつけたが、その後条件が整わず決裂するなど試行錯誤を続けてきた。この和平路線にアブサヤフは当初から応じる気配を見せず、外国人拉致、殺害、戦闘、襲撃テロを繰り返し、最大の国内治安問題としてドゥテルテ大統領を悩ませていた。

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今回の戒厳令は布告の5月23日から60日間の期間限定だが、状況次第では期間延長、あるいは地域拡大も十分ありうる。

急きょ帰国後に行った記者会見でドゥテルテ大統領は「イスラム過激組織の脅威がルソン、ビサヤなど他の地域に拡大するのであれば、戒厳令を全土に敷くことを排除しない」と発言しており、戒厳令拡大も視野に入れていることを印象付けた。



今回注目されている過激組織マウテグループはフィリピン軍などによるとアブサヤフと連携してこれまでもフィリピン各地で爆弾テロを繰り返しており、ISとのつながりも指摘されている。

戒厳令による人権侵害への懸念も

第2次世界大戦後にフィリピンで戒厳令が布告されたのは1972年のマルコス大統領、2009年のアロヨ大統領に次いで今回のドゥテルテ大統領が3回目となる。戒厳令下では国軍・警察など治安組織が地方自治体の有する行政権を一時的に統制、令状なしの身柄拘束、家宅捜索などが可能になり、夜間外出禁止令、抵抗者への発砲・殺害などが可能になる。

戦闘激化が伝えられるマラウィは市民の大半がイスラム教徒であることから戒厳令布告による治安組織の権限強化が一般市民のイスラム教徒の人権侵害につながらないか、国内外のイスラム団体、人権団体、野党は「マルコス大統領時代の戒厳令下では戒厳令の名のもとに多くの弾圧、暴力、殺害、破壊などの人権侵害が横行したことを忘れてはならない」と警告している。

ドゥテルテ大統領は会見の中で「マウテグループは市民、警察官、兵士の命を奪う破壊者であり、テロリストである。フィリピンの法と秩序を守ることは憲法で認められていることだ」と戒厳令布告の正当性を強調。マラウィ周辺への国軍部隊の増派も決めた。

一方で政府は戒厳令布告に伴い、銃所持許可証を持つミンダナオ地方の一般市民に対しても「自らや家族を守る必要がある時はその許可証に基づく銃器を使用することを認める」ともしており、一般市民による誤射や違法殺害の心配も出ている。

ドゥテルテ政権が推し進めている麻薬関連犯罪容疑者への「超法規的殺害」政策が麻薬と無関係の殺人への違法行為、人権侵害を煽っていると国際社会から厳しい批判を受けており、今回の戒厳令がさらなる人権侵害を助長する可能性も否定できない。

そうした中で、イスラム過激組織掃討の困難さは戒厳令布告をもってしても変わりない。むしろさらに戦闘が激化するだけでなく、他の地域での爆弾テロ、襲撃テロ、外国人などの拉致、殺害を誘発する危険性をはらんでいる。

戒厳令という切り札を切ったドゥテルテ政権も、今後とも厳しい対応を迫られることになるのは確実で、全土への戒厳令布告、戒厳令の延長などで「マルコス政権下の暗黒の時代への逆戻り」を懸念する見方も出始めている。

[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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大塚智彦(PanAsiaNews)

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