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エイリアンとの対話を描く『メッセージ』は、美しく複雑な傑作

ニューズウィーク日本版 2017年5月26日 10時0分

<音と映像の「彫刻家」ドゥニ・ビルヌーブが、未知の存在との遭遇を卓越した手腕でみせる>

ドゥニ・ビルヌーブ監督の『メッセージ』は、最高に壮大な――そして最高に悲しく、複雑な――宇宙映画だ。クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』で五感を揺さぶられる経験を楽しめた観客は、この映画で再び脳ミソをかき回される経験を堪能できるだろう。

ストーリーはアメリカ、ロシア、日本、中国、パキスタンなど、地球上の12カ所に宇宙船が飛来するところから始まる。宇宙船に乗ったエイリアンたちの目的は何なのか。

この問いの答えを見いだす役割は、言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)に課せられる。宇宙船の飛来により大学が休講になった日、フォレスト・ウィテカー演じる陸軍大佐が研究室を訪ね、彼女に協力を求めたのだ。

ルイーズは、宇宙船の着陸地点の1つであるモンタナ州の広大な草原までヘリコプターで運ばれる。彼女は仲間と共にオレンジ色の防護服を着込むと、早速調査を始める。クジラの歌と波の音の中間のような音に耳を澄まし、エイリアンが吹き出す煙のようなものが作る図形――これが彼らの文字だ――を解読しようとする。

この接触の後、ルイーズは手の震えが止まらなくなる。『メッセージ』はスティーブン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』など過去の宇宙映画を踏襲している面も多い。だがエイリアンとの遭遇がPTSD(心的外傷後ストレス障害)をもたらす可能性を描いた作品はおそらく初めてだろう。

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型にはまり過ぎの面も?

『メッセージ』は、アダムスのファンにとっては満足できる作品だ。出世作になった『ジューンバグ』に始まり、ディズニー映画の『魔法にかけられて』やポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』に至るまで、アダムスは人を疑わない純粋な女性を好演してきた。今回演じる言語学者ルイーズもそういうタイプの役だ。



ルイーズは、エイリアンに対する軍の姿勢の根底に「敵か味方か」という二項対立の思考があることを指摘する。そして、「人の世界認識は、使用している言語によって決まる」という学説を基に、エイリアンたちがそうした対立の発想を持っていないらしいと気付き始める。

原作であるテッド・チャンの短編SF「あなたの人生の物語」のメッセージもここにある。異なる銀河間の友情を妨げる最大の障害は、言葉の違いなのかもしれない。

もっとも、敵か味方かという二項対立の考え方を否定的に描くのは、少なくとも51年の『地球の静止する日』以降のエイリアン襲来映画では定番になっているようだ。

『メッセージ』でも、中国が神経をとがらせ、米軍が軍事攻撃に前のめりになるなか、ルイーズはエイリアンたちが平和的な目的でやって来たことを証明するのでもう少し待ってくれと懇願する。型にはまった対立の思考を批判するにしては、いささか型にはまり過ぎのストーリーと言えるかもしれない。

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『メッセージ』は、制作陣が思っているほど哲学的な映画とは言えない。しかし、映画館に足を運ぶ価値は十分にある。音と映像の「彫刻家」として、ビルヌーブの手腕は卓越している。観客は音と映像の世界にのみ込まれ、その余韻は映画を見終わった後も長く残る。

この映画は雄大で、荘厳で、不気味で、ある意味で信じ難く、時には理解し難い。もし本当にエイリアンがやって来れば、私たちはまさにそのような感覚を味わうのだろう。



[2017.5.30号掲載]
トム・ショーン

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