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エルドアン・トランプ会談でもPYDに対する認識の差は埋まらず

ニューズウィーク日本版 2017年5月26日 15時45分

<トルコのエルドアン大統領はトランプ大統領と会談し、アメリカによるクルド民主統一党(PYD)支援の中止を要請したが、オバマ時代から続いているPYD支援を覆すことはできなかった>

2013年以降、対米不信が強まる

2017年5月16日、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はワシントンでドナルド・トランプ米大統領と初の首脳会談に臨んだ。

トルコとアメリカの関係はオバマ政権の第二期で次第に悪化していった。2013年9月、シリアにおいてアサド政権が化学兵器を使用した疑惑が報じられた際、トルコはアメリカにシリアへの介入を要請し、当初はオバマ政権も積極的に応じる姿勢を示すも結局ロシアの仲介でアメリカはシリアへ介入しなかった。この一件からトルコ政府のオバマ政権への不信感が募り始め、2014年秋以降、シリアでクルド民主統一党(PYD)への支援をアメリカが始めたこと、2016年7月16日のトルコでのクーデタ未遂事件の首謀者と言われているフェトフッラー・ギュレン師がアメリカに滞在していることで、その不信感は高まった。

また、大統領の有力候補だったヒラリー・クリントン氏にはギュレン師に関連する組織から多くの献金があったと報道されており、ヒラリー氏は大統領選に際してシリアでPYDを積極的に支援する姿勢を示すなど、もしヒラリー氏が大統領に選出されると、トルコとアメリカの関係はさらに悪化する様相を見せた。

その意味では、トランプ氏の大統領選の勝利は、トルコにとって対米関係を改善させるための千載一遇のチャンスとなった。非常に短い期間であったが、トランプ政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたマイケル・フリンがトルコを重視する姿勢を示し、ヒラリー氏に比べ、トランプ氏はPYDへの支援の停止やギュレン師のトルコへの引き渡しにも応じる可能性が高いとトルコ政府は見ていた。

トランプ政権のPYD支援

しかし、トルコ政府の期待とは裏腹に、トランプ政権はシリア内戦を解決するためにPYDを支援していくこと、つまりオバマ政権の政策を踏襲している。3月8日に国務省のマーク・トナー報道官は、トランプ政権がPYDおよびその軍事組織である人民防衛隊(YPG)を支援していることに言及し、PYDとYPGはアメリカがテロ組織に指定しているクルディスタン労働者党(PKK)とは異なる組織であり、PKK対策ではトルコと協力していくことに言及した。

また、4月6日のコラムでも触れた3月7日に行われたアンタルヤでのアメリカ、ロシア、トルコの統合参謀総長間の会談で、シリアのラッカにおける「イスラーム国(IS)」の掃討作戦は、PYD中心に展開されることが決定した。このように、トランプ政権は徐々にPYD支援の姿勢を強めていった。

トルコ政府はトランプ政権のPYD支援に歯止めをかけるべく、PYDとPKKは同一組織、つまりPYDはテロ組織であると口酸っぱく主張してきた。また、4月25日にはトルコ軍がイラクのシンジャルの山岳部のPKK拠点とシリアの北東部のカラチューク山のPYD拠点を越境攻撃し、カラチュークではYPG兵士20名を殺害した。



しかし、この攻撃はシリアにおけるアメリカ軍とPYD、YPGの連帯の強さをむしろ白日の下に晒すことになった。それはトルコの空爆で亡くなったYPG兵士の葬儀にアメリカ兵が参列している写真が流出したのである。また、トルコ軍の空爆後、アメリカ軍の士官がPKKの重要人物の一人であるアブディ・フェルハド・シャヒンと接触したと報じられた。そして、5月9日にトランプ大統領はPYDへの武器提供を許可するなど、エルドアンの訪米を前にトランプ政権はPYD支援の姿勢を明確にさせた。

エルドアン大統領の訪米でも潮目は変わらず

5月16日の会談で、エルドアン大統領はトランプ大統領とPYDへの支援の中止、ラッカのIS掃討作戦へのトルコの参加、5月3日と4日に行われたトルコ、ロシア、イランの3ヵ国によるシリア停戦に向けた第4回アスタナ会合で設置が決まった緊張緩和地域、ギュレン師の引き渡し、両国の二国間関係などについて話し合った。この首脳会談でもエルドアンはトランプにPYDへの支援をやめるよう釘を刺した。一方のトランプはトルコのPKKとISへの対テロ作戦を支援していくことを約束した。

結果的にエルドアン大統領の訪米はトルコ政府が目標としていたPYD中心でのIS掃討作戦の展開、そのためのアメリカのPYD支援を覆すことはできなかった。ただし、トランプ政権も盲目的にPYDへの支援を行っているわけではなく、ある程度トルコにも配慮を見せている。例えば、アメリカ政府高官は、IS掃討後、PYDがラッカを占領する予定はないこと、PYDおよびYPGはトルコの脅威にはならず、もしなるようなことがあればトルコ政府がそれに対抗できること、PKK掃討作戦に協力することなどを言及している。

トルコとの同盟関係は重要視しているが、IS掃討作戦に関してはPYD中心で展開するため、作戦が終わるまではトルコ政府に無用な揉め事は起こしてほしくないというのがトランプ政権の姿勢だろう。

今後の展望

5月9日にPYDへの武器提供が許可されてから、5月15日と20日にアメリカ軍はPYDに対して実際に武器や物資の提供を実施した。トルコ政府はエルドアンの訪米後もPYDとPKKは同一組織であるという主張を続けているが、5月22日に実施された越境攻撃ではPKKの本拠地と見られているイラクのカンディール山を攻撃したものの、PYDの支配地域への空爆は行われなかった。トルコ政府もアメリカとPYDの結びつきは強いことを認識し、今回の攻撃ではPYDを攻撃対象から外したと考えられる。

トルコ政府もIS掃討作戦はPYD中心で行われることを受け入れざるをえない状況となっている。今後の焦点は、ラッカでのIS掃討作戦がいつ始まるのか、ラッカでの攻撃後、アメリカはシリアに留まるのか、アメリカ、トルコ、PYDの関係はISの消滅でどのように変わっていくのか、である。いずれにせよ、トルコ政府は機会があればなるべく早い段階でアメリカのPYDへの支援を断ちたいというのが本音である。

今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

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