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第四次アニメブームに沸く日本、ネット配信と「中国」が牽引

ニューズウィーク日本版 2017年5月30日 17時54分

<過去のブームと異なり、ヒット作ではなく、スキームの変化によって日本のアニメ界にブームが訪れている。アニメ業界関係者はなぜかあまり喜んでいないようだが......>

今、日本は「第四次アニメブーム」を迎えているという。

一般社団法人日本動画協会『アニメ産業レポート2016』によると、1963年から始まる第一次アニメブームが『鉄腕アトム』、1970年代後半の第二次が『宇宙戦艦ヤマト』、1990年代中盤からの第三次が『新世紀エヴァンゲリオン』『もののけ姫』『ポケットモンスター』など、過去3回のブームはいずれも大ヒット作品に牽引されたものだという。

しかし、2012年を画期とする第四次アニメブームはヒット作ではなく、スキームの変化によってもたらされたものだ。その変化とはなにか。

『誰がこれからのアニメをつくるのか?――中国資本とネット配信が起こす静かな革命』(星海社、2017年)を執筆したジャーナリストの数土直志氏は、「ネット配信」と「中国」だと断言する。5月18日に日本弁理士会館(東京)で行われた、日本マンガ学会著作権部会で同氏の講演を聞いた。

数土氏は、ネット配信によって全世界でアニメ視聴者の層が確実に厚くなったと指摘する。日本でもバラエティやドラマなど他のジャンルと比べてアニメはネット配信が先行した分野であり、そのことが若い世代にアニメファンを増やす要因になったと分析している。

ネットにどっぷり使っている筆者のような人間からすると、日本語のインターネットではアニメ関係の話題が多いのはあまりにも自明だと思っていたが、積極的に新しいテクノロジーを取り入れたがゆえに新規ファンを拡大したとの分析には、はっとさせられた。

このネット配信だが、海外では巨大資本がしのぎをけずる戦場となっている。北米ではネットフリックス、アマゾンという巨頭に加え、日本アニメ専門の有料配信サイトのクランチロールが存在感を示す。クランチロールは日本国内での知名度は決して高いものではないが、今年2月時点で有料会員数が100万人を突破するなど好調を続けている。

中国ではテンセントビデオ、アリババ資本の優酷土豆、百度(中国最大手検索エンジン)資本の愛奇芸という三大IT企業の大手サービスを筆頭に、日本アニメ中心のビリビリ動画、独立系配信サイトの楽視など無数のプレイヤーがひしめきあっている。多くのプレイヤーが配信権を奪い合う状況が続くなか、日本アニメの配信権料が高騰し、業界に大きな利益をもたらしている。

アニメ産業レポート2016の「アニメ産業市場推移」によると、市場規模は2012年の1兆3333億円から2015年には1兆8255億円と増加した。約5000億円の上積みを見せたわけだが、うち約3400億円が海外市場の貢献によるものだ。

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海賊版天国の論理とキュレーションサイト問題

「いやいやいや、中国は海賊版天国でしょ。なんで正規版が売れるの?」と不思議に思われる方もいるかもしれない。確かに中国は海賊版天国であったし、今でも海賊版は無数に存在しているが、その状況は大きく変わっている。この変化については拙著『現代中国経営者列伝 』(星海社、2017年)に詳しくまとめたが、ここではちょっと違った角度から解説してみよう。

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そもそも、なぜ中国のウェブは海賊版天国だったのだろうか。転換点となったのが2005~2010年の「百度MP3検索訴訟」だ。

中国の検索サイトで当初トップシェアを握っていたのはグーグルだった。その後、検閲によって急速にシェアを落とし、百度に王座を奪われることになる。追い上げる百度の目玉サービスが「MP3検索」だ。これはネットに転がっている音楽ファイルを検索し気軽に聞けるようにするという代物だったため、2005年にユニバーサル、ワーナー、ソニーなど世界的音楽企業から提訴されることになる。

裁判の末、百度は無罪を勝ち取ったが、その時の根拠となったのが中国のネット著作権関連法律の規定だった。日本のプロバイダー責任法と同様に、権利者からの申請があった場合に法に従った速やかな削除を行えればウェブサービス提供者の責任が問われないとのルール(中国語で「避風港原則」と言う)が確立した。

この状況は昨年、日本で問題になったキュレーションサイト問題とよく似ている。日本のキュレーションサイトは、第三者が公開したコンテンツについては削除義務さえ果たせばサービス提供者は賠償責任を負わないという法規定を悪用し、故意に盗用コンテンツを量産していたわけだが、中国の企業も同様の理屈で海賊版を配信していたわけだ。

第三者がアップしたという建て前で、実際にはサービス事業者自らが海賊版コンテンツをアップしていたという点でも共通している。中国で10年前に横行していた手口が今さら日本で流行するというのもなんだか残念な話である。

ところが2010年代に入って中国の状況は一変する。「配信サイトは十分に育った、今度はコンテンツメーカーを保護しなければならない」と中国政府は方針を転換。すると司法がお上に従うお国柄だからということなのだろうか、中国の司法は「避風港原則」を認めず、悪質な行為だとしてサービス事業者に賠償を認めるケースが増えてきた。

いつ消えてしまうかわからない海賊版よりも、ちゃんと見られる正規版のほうが消費者にとっての利便性も高い。かくして中国のネットはいまだに多くの海賊版はあるものの、正規配信が主流へと切り替わっていったのだった。



中国動画配信市場は「バブル」なのか?

世界にアニメファンが増えている、中国が正規配信へ傾き、日本コンテンツを争って買っている。ここまでなら万々歳の話に思えるが、アニメ業界関係者の間にはむしろ今後を恐れるムードが強いという。中国の動画配信サイト業界、アニメブームは一種のバブルであり、いつはじけるかわからないという懸念だ。

実際、中国の動画配信サイト業界は利益を上げられていない。例えば動画配信サイトの雄、愛奇芸の業績報告書によると、2015年の営業収入は53億元(約854億円)だったが、版権代は77億元(約1240億円)に達している。これに別途人件費、運営費がかかるのだから大赤字もいいところである。これでは長続きしないと考えるのも当たり前だろう。

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しかし、立命館大学映像学部の中村彰憲教授は、利益が上がらないことがそのまま中国動画配信ビジネスの終焉につながるわけではないと指摘する。

「確かに、配信自体の収益化は二次利用やIoTなどとのつながりがない限り難しい」と認めつつも、「そもそもテンセントのような企業は、ユーザー数の拡大、そしてプラットフォーム利用時間の拡大こそが収益の源です。展開する複数事業におけるポートフォリオで考えているため、動画配信単体が赤字かどうかではなく、動画を導線としてさらなるユーザー数及びユーザー時間数の拡大ができるかどうかが課題なのです」

日本ではヤフージャパンや楽天などの巨頭はある程度の棲み分けをしているが、中国では百度、アリババ、テンセントの三大プラットフォーム(三社の頭文字をとってBATと呼ばれる)がそれぞれのプラットフォームを拡大するために、さまざまな分野でしのぎを削っている。このプラットフォーム戦争が続く間は日本メーカーにとっては売り手市場が続くというのが中村教授の読みだ。

中国発のリスクに備えることはもちろん重要だが、たんに怯えるだけではいけない。中国ビジネスがどのようなロジックで回っているのか、その状況を把握しなければ正しく怖がることはできないと言えそうだ。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝 』(星海社新書)。


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高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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