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英総選挙で大激震、保守党の過半数割れを招いたメイの誤算

ニューズウィーク日本版 2017年6月9日 15時20分

<ブレグジット交渉に向けて政権基盤の安定化を図るはずだったメイの思惑は完全に外れた。英与党・保守党の過半数割れで、今後ブレグジットの行方も影響される可能性が>

イギリスのメイ首相が今年4月、2020年に予定されていた総選挙を前倒しで実施することを決めたのは、与党・保守党の支持基盤を強化し、より強いリーダーシップでブレグジット(EU離脱)に向けた交渉を進めたいという思惑があったから。

しかし8日の総選挙は、メイにとって完全にやぶ蛇の結果になってしまった。

保守党は議会下院650議席のうち、改選前の330から316前後へと大きく議席を減らし、下院の単独過半数を失うことが確実になった。総選挙の前倒しを決めたメイが責任を問われることは避けられない情勢だ。

【参考記事】「認知症税」導入で躓いた英首相メイ 支持率5ポイント差まで迫った労働党はハード・ブレグジットを食い止められるか

英議会でどの党も単独過半数を獲得できない状態は「ハングパーラメント(宙づりの議会)」と呼ばれ、保守党が政権を維持するためには他の政党と連立与党を組まなければならない。

政治情報サイト「Politico Europe」のライアン・ヒースは、今回の選挙を「イギリス史上最も無意味な選挙」とこき下ろしている。

4月の時点でメイは、今後のブレグジット交渉を念頭に置いて、与党勢力を拡大して政治的に安定した状態で交渉に臨みたいと話していた。当時の労働党の支持率はかなり低かったので、メイは総選挙で保守党の支持基盤を強化できる自信があったのだろう。

「当初は『ブレグジット選挙』と呼ばれたが、思惑通りには行かなかった。ブレグジットをどう進めるかという保守党と労働党の議論は、有権者の耳にはほとんど入ってこなかった」と、シンクタンク「欧州リーダーシップネットワーク」の研究員ジョセフ・ドブスは指摘している。そのためにメイは国内政策を打ち出さざるを得なくなるが、これがうまく行かなかった。



保守党はマニフェストで、高齢者の介護費用を本人が死亡した後の自宅売却でまかなう福祉改革を提案したが、これに対して、残された家族が自宅を手放さなければならならない「認知症税」だという批判が上がった。そこでメイは、この負担分の上限を設けることで、実質的な政策の「撤回」を余儀なくされた。

「鉄の女」と呼ばれたサッチャーとは、比較にならない弱腰だ。またメディアへの対応も不十分で、コービンさえ出演したテレビ党首討論に姿を見せなかった。

これに対してコービンの労働党はマニフェストで、医療サービスへの大規模支出や大学授業料の再無料化といった福祉充実策を並べて有権者の支持を拡大した。

選挙戦中のメイは、他のEU加盟国から見てとても信頼に足る指導者には見えなかっただろう。ブレグジット交渉はこの6月末から本格化する予定だったが、メイ自身がその実態を理解していないという報道もされている。

前述のドブスは、「総選挙が終わってもイギリスは何ら前進していない。ブレグジットが何を意味して、イギリスにどう影響するか具体的な方針は見えない」と話している。

【参考記事】イギリス離脱交渉の開始とEUの結束

他の欧州諸国(特にドイツ)のメディアはさらに手厳しい。欧州の各紙には「大英帝国の夢再び......しかしそれはただの幻想」とか、強さを示すはずだったメイは「どうしてしまったのか?」という見出しが躍った。

メイは政権安定のために実施した総選挙で保守党の議席を改選前より減らし、単独過半数まで失った。さらにブレグジットに立ち向かうイギリスの団結も揺らいでいる。むしろこの選挙で、イギリスが今やそれどころではないことを示してしまった。とんだ計算違いだ。

From Foreign Policy Magazine

エミリー・タムキン

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