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ブレグジット大惨事の回避策

ニューズウィーク日本版 2017年6月26日 9時45分

<威勢よくEU離脱を宣言したもののイギリス政治は大混乱。このままでは合意なしで交渉期限切れになる可能性もある>

イギリスが混乱に陥っている。始まりは昨年6月の国民投票で、EUからの離脱(ブレグジット)を僅差で選んだことだ。

残留派のデービッド・キャメロン首相が辞任すると、保守党内ですったもんだの末、テリーザ・メイ首相が誕生。今年3月にはEU離脱法案が議会で可決され、政治的にも経済的にもEUときっぱり関係を断つ「ハードブレグジット」に弾みがついたかに見えた。

ところがメイは、もっと弾みをつけたいと考えた。保守党が下院で単独過半数を握っていたにもかかわらず、解散総選挙を実施すると発表。離脱を迅速化するため議会の基盤を強化したいと思ったようだが、その賭けは裏目に出た。

6月上旬の総選挙で、保守党は単独過半数を喪失。メイが掲げていたハードブレグジットには黄信号がともり、離脱後も単一市場や関税同盟にとどまる「ソフトブレグジット」の可能性が高まってきた。最悪の場合、離脱条件がまとまらないまま交渉期限が切れてしまう可能性もある。

その日は刻一刻と近づいている。メイがEUに正式な離脱通知をしたのは3月29日。6月末に正式な離脱交渉が始まるが、EUのルールでは、たとえ交渉がまとまらなくても2年後(つまり19年3月末)には離脱が発効する。

交渉期間はさらに2年間延長可能だが、27加盟国全ての賛成が必要なため実現は難しいだろう。誰もがこの問題を早く片付けたがっているのだ。

【参考記事】EU離脱交渉、弱腰イギリスの不安な将来

EUとの交渉が難航する以前に、イギリスの政治的混乱が続いて交渉が進まない可能性もある。選挙結果を受け、メイは民主統一党(DUP)との閣外協力を模索しているが、DUPは宗教的保守派の北アイルランドの地域政党で、保守党との政策調整は容易ではない。

メイの立場も盤石ではない。首相の座を維持しているが、今回の選挙結果に党内では不満がくすぶっている。万が一メイ政権が倒れるようなことになれば、保守党は新しい党首選びに数カ月を要するだろう。新党首が再び議会を解散して、国民の信任を問おうとするかもしれない。

そんなことをしていたら、2年間の期限などあっという間だ。威勢よくEU離脱を宣言したものの、イギリスは有利な条件を引き出せないままEUから出ていくことにもなりかねない。



EUの3つの優先分野

暗い見通しばかりではない。総選挙の結果を受け、保守党内のハードブレグジット派が勢いを失い、ソフトブレグジット派の影響力が高まる可能性がある。実際、メイは選挙後の内閣改造で、強固なEU支持派として知られるダミアン・グリーン前雇用・年金相を閣内ナンバー2の筆頭国務相に任命した。

そもそも保守党以外の議員のほとんどは、経済と雇用への打撃を最小限に抑えるソフトブレグジットを希望している。ただ、今回の選挙で議席を大きく増やした野党・労働党のジェレミー・コービン党首は強気になっており、ハードブレグジットを掲げてきたメイがさらに墓穴を掘るのを見守るつもりだ。

また、英議会がソフトブレグジットに向けて一致したとしても、それが実現する保証はない。イギリス以外の27のEU加盟国は、これまでになく強い立場にある。メイが3月に離脱通知を提出した1カ月後には、さっそくイギリス抜きの首脳会議を開き、EUとしての離脱交渉の基本方針を決めた。

それによると、EUが優先的に交渉する分野は、イギリスに住むEU市民の権利保護と、最大600億ユーロとされるイギリスの未払い分担金の請求、そして北アイルランド(イギリスの一部)とアイルランド(EU加盟国)の自由通行権の確保だ。

EUに誠意を示すために、イギリスはEU市民の権利保護を一方的に認める措置を取るべきだ。未払い金の清算については、離脱後に移行期間を設け、その間も分担金を支払うことで圧縮できるだろう。アイルランドの国境問題については、移行期間中は単一市場と関税同盟にとどまることで当面対処できる。

27加盟国は、この3つの優先交渉分野で「十分な進捗」があったとき初めて、貿易関係の交渉に着手するとしている。

【参考記事】メイ英首相が誰からも嫌われる理由

せめて関税同盟に残留を

イギリスにとっても、EUにとっても、経済的に最も望ましいのはイギリスが単一市場と関税同盟にとどまることだ。これなら貿易への影響はほとんどないし、既存のサプライチェーンも維持できる。

しかし、それには人の自由な移動の確保が欠かせない。だが、ブレグジットを支持した多くの人にとって、移民や出稼ぎ労働者の流入を制限することこそが最大の支持理由だ。それだけにこの問題は、メイにとって大きな頭痛の種になるだろう。

政治的には、ブレグジットによってイギリスが苦しい状況に置かれたほうがEUにとっては好ましい。EU離脱を考える他の加盟国への「見せしめ」になるからだ。また多くの加盟国が、ブレグジットによって世界で1、2を争うロンドンの金融センターの一部分でも誘致できるのではないかと期待している。

だが、窮地に陥った英政府から和解の申し出があった場合、それをはねのけるのはEUにとっても賢い選択ではない。ドナルド・トランプ米大統領が、貿易面でも安全保障面でもヨーロッパとの協力に懐疑的な姿勢を示すなか、経済大国で核保有国でもあるイギリスを遠ざけるのは得策ではない。

では、ソフトブレグジットは具体的にはどのような形になるのか。まず19年3月のEU離脱後、数年間の移行期間が設けられ、イギリスは単一市場と関税同盟にとどまった状態でEUとの貿易交渉を開始する。激しい離脱論はそれまでに下火になり、現実路線が主流になっているだろう。

その間に政治家は、移民がイギリスの抱える全ての問題の原因ではないことを有権者に説明するべきだ。ノルウェーのように移民への社会保障給付を制限する緊急ブレーキ制度を設け、人の自由な移動を維持すれば、イギリスは単一市場にとどまれるだろう。

【参考記事】迷走ブレグジット、英国の未来は「元気印のレズビアン」に委ねられた

それが無理でも、関税同盟にとどまることはできるだろう。そうなれば関税や通関業務によってモノの自由な流れが妨げられることはなく、自動車工場が国外に移転することもない。イギリスはEU以外の国と貿易合意を結べなくなるが、サービス分野では引き続き可能だ。

最低でも、イギリスと27加盟国は建設的な精神に基づき、誠意を持って、政治的に可能な限り、人の自由な移動を確保できる深く幅広い自由貿易合意の締結を目指すべきだ。

政治環境の変化が激しい時代に、安定というものは存在しない。それは極めて危険な環境だが、その一方で誤った判断を正し、前向きな変化を起こすチャンスを与えてくれる。イギリスとEUは、そのチャンスを最大限に生かすべきだ。

From Foreign Policy Magazine

[2017.6.27号掲載]
フィリップ・レグレイン(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス欧州研究所客員研究員)

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