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新しい対ロ政策はマクロン仏大統領が拓く

ニューズウィーク日本版 2017年7月6日 18時40分

<アメリカの対ロ政策に頼れなくなり独り立ちを迫られるヨーロッパで、大統領選をロシアに妨害されてその実像を肌身で感じた変革者マクロンが、外交の新機軸を打ち出した>

フランスのエマニュエル・マクロン大統領はエリゼ宮(大統領府)に入居する前から、ロシアへの強硬姿勢で幅広い支持を得ていた。

今年のフランス大統領選で、マクロン陣営はロシアに選挙戦を妨害された。個人攻撃を含む組織的中傷を受けたのだ。

マクロン陣営によれば、それがマクロンの転機になって、従来は実利主義的だったロシアに対する見方が硬化した。

マクロンが5月29日にパリ郊外のベルサイユ宮殿でロシアのウラジーミル・プーチン大統領と行った共同記者会見でもそれは顕著だった。ロシアの政府系メディア「ロシア・トゥデイ(RT)」と「スプートニク」の2社を名指しして、自分の選挙戦の扱いも含め、報道機関というよりプロパガンダマシンだったと批判した。

ウクライナ紛争に関する立場も、誤解の余地がないほど明確だ。マクロンはロシアがクリミア半島を併合したのは違法だと繰り返し非難してきた。ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領とも会談し、ウクライナ東部での停戦を定めた「ミンスク合意」を履行させることで紛争地に良い変化をもたらすのが目標だ。

【参考記事】マクロン新党の勝利の意味

マクロンの対ロ政策は、フランソワ・オランド前仏大統領の流れをいくらか継承し、ドイツ政府とも見方を共有している。だがその後、ロシアに対するマクロンの現実主義がリアルポリティーク(現実政治)に変容する兆しが出てきた。大きな変化だ。

メルケルとも違う

先月26日にパリで行ったポロシェンコとの首脳会談後の共同記者会見で、マクロンが質問に回答するとき、あらかじめ用意された原稿を注意深く読み上げていたのは印象的だった。

マクロンはクリミア併合を断固非難したが、ロシアが支援しているウクライナ東部の分離独立派に話が及ぶともっと微妙な言い回しになった。マクロンはロシアを黒幕として名指しせず、紛争解決には両当事者の努力が必要だと言った。両者が情報を共有し、非難合戦を止めることから始めるべきだと言ったのだ。

【参考記事】マクロン新政権の船出―国民議会選挙の光と影

ウクライナ紛争に関するマクロンの言葉は、その響きも中身もミンスク合意を主導したドイツのアンゲラ・メルケル首相の言葉とは異なる。メルケルもすべての関係国に和平を呼びかけたが、最初に行動すべきなのはロシアだと強調するのを忘れなかった。

実際、ウクライナ東部の治安状況が目に見えて改善しない限り、政治的な解決はあり得ない。治安が改善するかどうかはウクライナ東部の国境を支配するロシア次第だ。

【参考記事】国民統合へ手腕を発揮するフランスのマクロン大統領 国民議会選も第1党の勢い

メルケルとマクロンの微妙な姿勢の違いは、マクロンが今後の外交政策の大枠を示したときに表面化した。先月22~23日のEU首脳会議の前、マクロンがヨーロッパを代表する新聞社8社の質問に答えたときだ。



第1に、マクロンはシリアの安定化にはバシャル・アサド政権の退陣を求めないと示唆。シリアが破綻国家に陥るのを防ぎ、テロ組織と戦うことを優先したいと付け加えた。これには少なからぬ専門家が困惑した。人道的にも治安上も経済的にも、シリアはどう見ても、すでに破綻しているからだ。マクロンは、フランスにはシリアにおけるロシアの利益を尊重する意思がある、というサインをロシアに送ろうとしたのかもしれない。

第2に、フランス軍を国外に派遣しても政治的な解決につながらない、危機を解決するには武力行使より外交を優先すべきだと、大統領選挙中からの発言を繰り返した。

化学兵器使用などフランスにとっての「レッドライン(越えてはならない一線)」は示しつつも、、政権初期の外交方針は控えめで現実的なものだった。経済政策やEU政策では変化の起爆剤であるマクロンが、外交政策はかなり保守的なのが面白い。

ではマクロンの世界観の中で、ロシアはどのような位置を占めるのか。それにはマクロンらしい、洗練された複雑なロジックが存在する。マクロンのロシアに関する計算は、以下の3点に立脚しているようだ。

アメリカは頼りにならない

第1に、ロシアに対してアメリカがどんな政策を取るのかが、もはや予測不可能になった。トランプ政権下のアメリカはもうあてにできない。ドナルド・トランプ米大統領自身はロシアと関係を修復したがっていたとしても、ロシア疑惑で特別検察官による捜査が進み、米議会がウクライナ紛争の経済制裁でロシアへの圧力を強める中、トランプが対ロ政策を思い通りに操れる余地はほとんどない。

対ロシア政策では米政府から相反するシグナルが出てくるが、全体を通してみればさほど変化がない、という状態が今後しばらく続くだろう。ということは、今後ヨーロッパは一人でロシアと対峙することを意味する。

第2に、この3年ロシアへの強硬姿勢を貫いてきたメルケルもその限界に達したということだ。ミンスク合意で目立った進展がないため、連立政党やドイツ経済界からロシアへの経済制裁を緩和するよう圧力を受けているのだ。

第3に、マクロンは外交や安全保障政策の経験がないが、5月に開かれたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議での見事な外交デビューを見ても、飲み込みが速く出来る男だということは間違いない。

フランス国内の改革の延長線上にあるEU政策以外で、マクロンが安全保障と外交政策の優先事項に掲げるのは、不安定な中東地域と北アフリカの情勢だ。



これらの地域は、不法移民とテロ組織が混じり合った危険な温床となっており、フランスにとって最大の脅威だ。旧植民地で、フランス軍のプレゼンスが大きいこともあって、フランスはこれらの地域に多大な権益を持つ。だがこの地域で何かを達成するのは難しい。とくに国連では、ロシアの承認なしでは、ほとんど何もできない。

だからこそマクロンは、シリアやリビアのような紛争地でわずかでも安定を取り戻すには、西側諸国がロシアと上手く付き合うしかない、と結論を出した。ヨーロッパの新聞社8社とのインタビューで、この点を非常に明確に示している。

対ロ政策では、ニコラ・サルコジ元大統領が反面教師になるだろう。サルコジは、ロシアとの戦略的協力関係を歓迎し、フランス製の高性能輸送ヘリコプター2機をロシアに売却するところまでいった(後に契約はキャンセルされ、エジプトに売却された)。

それに対してマクロンは、仏大統領選中にロシアの介入を肌身に感じたことで、プーチンのロシアにはほとんど幻想を抱いていないようだ。トランプと違い、マクロンは理解しているようだ。ウクライナを犠牲にしない限り、ロシアとの関係改善は望めないということを。ロシアとの協力は、選択肢の1つではなく必要不可欠だということも。

伝統のド・ゴール主義

そうした考えを支えるのは、フランス外交に根付く「ド・ゴール主義」だ。外国と同盟関係を結びながらも国家としての独自性を維持し、アメリカとも旧ソ連とも等距離を保つことを目指すものだ。

マクロンはポロシェンコとの共同記者会見で、もしロシアが態度を改めなくても、ミンスク合意をわずかでも具体的に前進させる、という手法を提案したが、それは希望的観測に等しい。

だがマクロンは、ウクライナでプーチンを動かすには「マクロン旋風」で十分だと思っているようだ。もし実現すれば、現代で最も得難い政治的勝利になるのは間違いない。

(翻訳:河原里香)

This article first appeared on the Atlantic Council site.
Fabrice Pothier is a nonresident senior fellow in the Atlantic Council's Brent Scowcroft Center on International Security.



ファブリス・ポシェル(米大西洋評議会ブレント・スコウクロフト国際安全保障研究センターの上級研究員)

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