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トランプに冷遇された文在寅が官僚を冷遇する

ニューズウィーク日本版 2017年7月8日 11時10分

<対北朝鮮政策で冷や水を浴びせられた文在寅新大統領。韓国内での行き過ぎた官僚排除に批判と警鐘が>

就任から3カ月、今も8割の支持率を得ている韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領。話の通じない「不通」と揶揄された朴槿恵(パク・クネ)前大統領と違い、コミュニケーション能力にたけているというのが最大の支持理由らしい。ただ、国外では得意の意思疎通も思いどおりにはいかないようだ。

6月下旬、初外遊先のアメリカで、文はトランプ米大統領から手痛い「奇襲攻撃」を受けた。

米韓首脳会談における韓国側の目的の1つは、文が公約に掲げていた北朝鮮との融和政策について、アメリカに「お伺い」を立てることだった。

ところが、トランプは首脳会談の直前、北朝鮮を支援したとの理由で中国の2企業と2個人に制裁を科すと発表。核やミサイル開発を続ける北朝鮮に対する強硬姿勢をあらわにした。文にとっては暗に北に対するソフト路線を拒絶された形だ。

出鼻をくじかれ劣勢のまま会談に臨んだ文は、トランプから次々と難題を突き付けられた。米韓貿易におけるアメリカ側の巨額の貿易赤字解消や、在韓米軍の費用負担増などだ。

肝心の対北政策では、共同声明文で「朝鮮半島における平和的統一の環境醸成のため韓国の主導的な役割を支持」という文言が盛り込まれた。文にとってはせめてもの「お土産」だが、トランプがどこまで韓国独自の対北政策を許すかは分からない。会談後の共同記者会見でトランプは、「北朝鮮に対する忍耐の時代は失敗」と発言。文の掲げる対話よりも制裁に重きを置く姿勢を強くにじませた。

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日本の民主党という教訓

一方、韓国国内でも頭痛のタネが生まれ始めている。官僚が文政権の政治手法に早くも不満をくすぶらせているのだ。

官僚の不満の矛先は閣僚人事。韓国では伝統的に官僚経験者が大臣に登用されるケースが多いが、これまで17閣僚のうち15閣僚の指名・承認を終えた文が登用した官僚出身閣僚はたった3人(7月1日執筆時点)。朴前政権の最初の組閣と比べて半分にすぎず、官僚からすれば冷遇人事と言える。

韓国政治に詳しい芦屋大学の金世徳(キム・セドク)教授は、「文は政権内で官僚を管理する構図をつくる考えがあるように見える」と指摘する。「官僚たちはフラストレーションをためていると思う」



もっとも、文が大統領になった経緯を考えれば官僚主導から政治主導への動きは自然な流れだ。朴政権時代に起きた旅客船セウォル号沈没事故では、官僚と業者の癒着による違法な船体改造が事故原因の1つと指摘され、世論では「官僚マフィア」の政治力を弱める声が高まっていた。

ただ、行き過ぎた政治主導に警鐘を鳴らす声はメディアにも広がっている。韓国最大紙の朝鮮日報は「大統領は自分とウマの合う人を大臣に指名することができるが、今回の人事は度を越えている」と指摘。実績や能力のある官僚を排除する方針は「国政を市民団体感覚で処理している」と厳しく批判した。

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こうした文政権の方針をかつての日本の民主党政権になぞらえて先行きを懸念する声もある。ネットメディア大手のプレシアンは、09年に自民党を倒した民主党政権が沖縄の基地問題で外務省や防衛省官僚と軋轢を生み、米政府からも反発を受けて求心力を失ったと指摘。「楽観的思考に陥って失敗した日本の民主党の政権運営から教訓を得なければならない」と、戒めている。

トランプから与えられた宿題に、文は政治主導で対応するだろう。ただ、露骨な官僚排除を続ければ政策の実行段階で行き詰まる恐れもある。特にトランプがこだわる貿易赤字の解消には、米韓自由貿易協定(FTA)交渉を行った官僚の経験値が不可欠。もし文が彼らをさらに排除すれば反発は必至だ。帰国した文を待っていたのは「官僚マフィアの逆襲」かもしれない。

[2017.7.11号掲載]
前川祐補(本誌記者)

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