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トルコ最大野党による「正義の行進」の意義

ニューズウィーク日本版 2017年7月24日 17時50分

<トルコの最大野党・共和人民党によるデモ行進「正義の行進」が、6月14日から7月9日までの25日間、アンカラからイスタンブルにかけて行われた。最終日の7月9日には150万人が参加したと見積もられた。トルコ政治は今、どうなっているのか>

トルコ政治の分極化

最近のトルコ政治の特徴の1つは分極化である。これは、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領および公正発展党の支持者と、公正発展党を支持しない人々の間の乖離である。

さらに公正発展党を支持しない人々は、世俗主義エリート、クルド人、リベラリストに大別される。世俗主義エリートは、世俗主義を党の柱とする野党第一党の共和人民党、クルド人はクルド系政党の人民民主党にそれぞれ投票するのが一般的なパターンである。

2015年の6月および11月の選挙では、人民民主党が躍進したが、その要因はクルド系の政党という枠を超え、公正発展党への対抗勢力として広範な支持(特にリベラリストの取り込み)を集めたためであった。

人民民主党が広範な支持をえた理由の1つは、政治的な計算なしに行動する姿勢であった。例えば、人民民主党に所属するスル・スラヤ・オンデル議員は、2013年5月から6月にかけて公園再開発反対運動に端を発し、その後反公正発展党・反エルドアン運動へと発展したゲズィ公園でのデモにいち早く参加し、警察による唐辛子ガスの被害者ともなった。ゲズィ公園のデモには共和人民党の議員も参加したが、オンデル議員に比べると参加は遅く、常に政治的な立ち位置やインパクトを計算していた。そのため、同じデモへの参加でも人民民主党の好感度はその後上がり、2015年選挙での広範な支持につながったと考えられる。

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共和人民党とクルチダールオール党首

共和人民党は、2000年代に入り常に第二党(野党第一党)の座を維持している。元々、トルコ共和国建国の父であるムスタファ・ケマルによって結党された経緯から、世俗主義エリートの政党というイメージが強い。

現党首で、もとは公務員であったケマル・クルチダールオールは、こうした世俗主義エリートという党のアイデンティティを克服し、他の支持者を取り込むことを期待され、2010年5月に共和人民党の党首に選出された。クルチダールオール党首は選挙では第二党の維持という最低限の結果を残してきたが、国民の広範な支持を得られているとは言えず、また、これまでの強いリーダーシップを発揮する機会も少なかった。慎重な党運営とその風貌からガンディーというあだ名を持ち、好感度は高いものの、その政治手腕には疑問が持たれてきた。また、68歳という高齢もしばしば不安要素として論じられてきた。

しかし、とうとうクルチダールオール党首が勝負に出た。それが6月14日から7月9日までの25日間、アンカラからイスタンブルにかけて行われた「正義の行進」であった。



「正義の行進」の意義

「正義の行進」が始まったきっかけは、共和人民党の議員で元ジャーナリストであるエニス・ベルベルオール(Enis Berberoğlu)がジュムヒュリエット紙に不正に情報を流していたとして、懲役25年の判決が下された事件であった。クルチダールオール党首は、この事件を受け、抗議のためにアンカラ・イスタンブル間、約400キロを行進することを決定した。

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ただし、この行進は極力党派色を抑える形で実施された。党旗や党のスローガンは掲げられず、クルチダールオールも白いシャツを着て参加した。これは、共和人民党がこれまでのように世俗主義エリートというアイデンティティに固執するのではなく、エルドアン大統領および公正発展党の政治方針に反対する人々を広く取り入れる狙いがあったものと思われる。行進の参加者は予想以上に増え、最終日の7月9日には150万人が参加したと見積もられた。

それでは「正義の行進」の意義は、繰り返しになるが、共和人民党がこれまでの世俗主義エリートの党という枠を越え、反エルドアン大統領・公正発展党という姿勢を言説だけではなく、行動によって明確に示したことであった。

ただし、課題もある。クルド系政党の人民民主党は「正義の行進」への支持を宣言し、議員が行進に参加したものの、「正義の行進」ではクルド問題の解決などについて共和人民党から明確な意志は示されなかった。

また、冒頭でも述べたように、トルコ国民はエルドアン大統領と公正発展党への支持をめぐって分極しており、エルドアン大統領と公正発展党を支持しない陣営に属する共和人民党と人民民主党が、限られた浮動票をめぐり競合する可能性が高い。結局、分極化の溝は深く、「正義の行進」は次回の2019年の選挙にほとんど影響を与えない可能性がある。

とはいえ、第二政党である共和人民党のより広範な支持を獲得しようとする動きは、4月16日の国民投票を僅差で勝利し、冷や汗をかいたエルドアン大統領および公正発展党にとって、無視できない動きであろう。エルドアン大統領は、「正義の行進」への参加者たちを「2016年7月15日のクーデター未遂を支持する動きだ」と牽制している。

5月にはエルドアン大統領が公正発展党に復帰し、改めて党首に選出されるなど、2019年11月の大統領選挙および総選挙に向けた動きはすでに火蓋が切って落とされている。共和人民党が「正義の行進」に続き、今後、どのような政策を打ち出していくのか、注視していきたい。


今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員)

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