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「なんちゃって」日本食ブームをビジネスチャンスに - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年7月25日 16時40分

<日本食ブームがすっかり定着した欧米では、ローカライズされたメニューに変化した「なんちゃって」日本食が登場しつつある。日本の業界もこの拡大するマーケットに積極的に参入するべき>

アメリカでは日本食ブームが続いています。寿司の流行はもうすっかり定着し、全米の食料品スーパーには「持ち帰り寿司」のコーナーが当たり前のようにありますし、現在はラーメンブームが拡大の勢いです。

同時に、市場の拡大に伴って日本食の「現地化」、つまり日本食本来のレシピから、ローカライズされた内容への変化も止まりません。寿司に関しては、海藻の黒いショッキングな色に抵抗感のある初心者に配慮して、ノリを内側に巻き込むスタイルが定着していますし、ラーメンなども健康ブームとのフュージョンで生野菜がのったりしています。

流行の拡大は、社会における日本食のポジションにも変化をもたらしつつあります。以前は、日本食というと最も高級な料理という理解があたりまえで、例えばニューヨークでは寿司店の高級化や、「おまかせ」の懐石コースを出す店などが流行っていました。その一方でカレーや丼ものなどを出す庶民的な店は、日本人による日本人向けのものが主でした。

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ですが、最近はスーパーの持ち帰り寿司に加えて、ファストフード的な日本食など、気軽な庶民の食事として日本食が普及しはじめました。このカテゴリとしては、90年代から全米各地で「照り焼きチキン」と「巻き寿司」などを出す店が、「トウキョウ何とか」とか「ヤキトリ何とか」というような名前で、例えばショッピングモールのフードコートなどに出来始めました。

この種のファストフードは、オーナーが日系人や台湾系、韓国系などが主で、味付けはアメリカ風に甘辛くしてコーラ飲料と合わせるなど、カテゴリとしては「なんちゃって日本食」になるのかもしれませんが、少なくとも「ご飯を主食扱いしている」点と、「醤油が味付けのベースになっている」という東アジア料理の公式からは逸脱しないものでした。

ところが、最近はさらにバリエーションが拡大しつつあります。例えば、アメリカの西海岸では、元々ハワイ料理の一種だった「ポキ」という「刺身丼」が流行しています。LAでは「メインランド・ポキ」とか「ウィキ・ポキ」、さらにはサンディエゴの「ポキ・ゴー」とか、シアトルの「ゴー・ポキ」などをはじめ、色々な店が個性を売りにしてブームを形成しています。このブームは東海岸にも来ており、ニューヨークやフィラデルフィアでは新規出店が始まっています。

スタイルとしては、あらかじめ刺し身をダイス状にカットしてスパイスなどを調合した調味液に浸したものを、ご飯、あるいはトルティーヤ・チップス、またはグリーンサラダの上に盛り付けて「丼」にしたものです。味付けは醤油系だけでなく、キムチ系やメキシカン風味など色々あります。この「ポキ」の場合は、ハワイの風土にアジア系移民の文化が融合してできた独自の料理で「なんちゃって日本食」というのは失礼かもしれません。



一方で、現在ロンドンを中心に成功している「itsu(イツ)」というのは、明らかに欧米型のローカライズを遂げた「なんちゃって日本食」で、今回はニューヨークへの進出を発表して話題になっています。このイツというのは、そもそも「Pret a Manger」という英米で有名な自然食サンドイッチのチェーンを仕掛けたメンバーが立ち上げた新規事業で、低カロリーのサラダ、寿司、スムージーなどをトータルで訴求する新業態です。

キャッチフレーズは「eat beautiful」ということですから、健康志向を前面に出していますし、イツという母音で終わる造語は何となく日本をイメージさせるものです。

ロンドンでは非常に成功しているようで、内容的にはパッケージングは寿司とか弁当風だが、中身はアジア系フュージョン料理ということで、かなり独創な、オーセンティックな日本食からはかなり距離を置いたものになっています。このイツですが、ニューヨークというすでに日本食が定着しているコミュニティでどのように受け入れられるか、あるいは変化していくか大変に興味深いところです。

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そんなわけで、スパゲティが日本に入ってナポリタンになったり、中国の湯麺がラーメンに変化したのと同じように、日本食も世界でどんどん変化しつつあります。これは、ブームがある臨界点を越えた証拠であり、日本食ブームがとどまるところを知らないということだと思います。

こうした現象を放っておく手はありません。まず、日本の食品業界では食材や調味料の輸出や現地生産という方法で経済効果を享受していると思いますが、せっかくですから小売や飲食、中食などでもドンドン出ていったらいいと思います。往年の日本の製造業は、各国の消費者の嗜好や規制を詳細に調べて世界の市場を制覇していきました。同じように日本食もローカライズすればいいと思います。

もう一つは、日本国内におけるインバウンド向けの飲食提供ビジネスです。別にわざわざ日本国内で「なんちゃって」を再現する必要はないかもしれません。ですが、各国の人向けに「どうすれば食べやすいのか?」を研究して、少しだけレシピを変えたり、「日本食=健康志向」というイメージを少し大げさにプレゼンして展開したりという手法はあると思います。いずれにしても、この拡大しつつあるマーケットを放っておく手はありません。

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