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ウォール街を襲うAIリストラの嵐

ニューズウィーク日本版 2017年8月3日 17時0分

<トレーダーを襲う没落の危機、優秀な人材の過度な集中を是正する効果も>

AI時代の到来で職を失いつつあるのは工場労働者やトラック運転手だけではない。それ以上に差し迫った危機に直面しているのはウォール街のトレーダーやファンドマネジャーだ。強欲な連中が没落するなら、AI大歓迎だと言う向きもいるだろう。

市場予測の精度でも取引実績でも、AIは人間より優秀だ。当然、証券大手やヘッジファンドはこぞってAI化を進めている。導入は数年前からじわじわ進んできたが、ここに来て一気に加速したと、テクノロジー専門家のマーク・ミネビッチは指摘する。「(AI革命は)ウォール街の魂を直撃し、ニューヨークの街全体を変えるだろう」

調査会社ユーリカヘッジによると、AIを導入した23社のヘッジファンドは軒並み運用実績が高いという。「意識的にせよ無意識にせよ、人間が持つ偏見や感情」が投資判断を曇らせると、アップルの音声アシスタント機能Siri(シリ)の開発に携わったババク・ホジャットは言う。

アメリカの上位12社の投資銀行のセールス、トレーディング、調査部門の人員の年収は平均50万ドル。年収数百万ドルのトレーダーも珍しくない。年収100万ドルとすれば、時給は大体500ドルだ。ファストフードチェーンが時給8ドルの従業員の代わりにロボットを導入するなら、投資銀行がAIを導入したくなるのも無理はない。

【参考記事】AIを使えば、かなりの精度で自殺を予測できる

いい例がゴールドマン・サックスだ。00年にニューヨーク本社の現物株式取引部門に配属されていたトレーダーは600人だったが、今ではわずか2人。しかもAIの導入が進むのはこれからだ。「10年後にはゴールドマン・サックスは人員数で今よりずっと小さな会社になっているだろう」と、市況分析ツール開発会社ケンショーのダニエル・ナドラーCEOは言う。

トレーダーの没落を「いい気味だ」とせせら笑うわけにはいかない。とばっちりは広範囲に及ぶ。例えばニューヨーク市内や近郊の高級住宅の買い手は減るだろうし、高級ブランドのスーツや超高級食材も売れなくなる。



それでもミネビッチは金融界のAI化は全体としてプラスになると言う。これまで長年ウォール街に優秀な人材が集中し過ぎていた。アメリカの名門ビジネススクール10校の卒業生の3人に1人が金融業界に入る。医療業界に就職するのはわずか5%。エネルギーと製造業に入る卒業生はさらに少ない。

金融業界に集中していた優秀な頭脳が別の分野で生かされたら、社会全体が恩恵を受けるだろう。特に慢性的な技術者不足に悩むIT業界にとって、金融業界の頭脳流出は渡りに船だ。金融業界からリストラされた人材がニューヨークに残るなら、「ニューヨークはシリコンバレーに匹敵するITの中心地になる」と、ミネビッチは言う。

【参考記事】豪華なドーナツ型新社屋はアップルの「墓標」になる?

つぶしが利く点が有利

若き数学の天才たちが金融工学のプロとして不要になれば、温暖化対策や医療の分野でその頭脳を生かすだろう。サイバーセキュリティーの分野でも活躍できそうだ。国家安全保障局(NSA)のウェブサイトには国家機密をサイバー攻撃から守る「数学者を積極的に探している」との告示がある。

NSAが数学者に払う給与は年間10万ドル前後。ヘッジファンド時代に比べたら、生活はぐっと質素にならざるを得ない。だが、少なくともトレーダーや金融工学のプロには転職先がある。その点ではAIに職を奪われる多くの労働者よりも恵まれている。

AIのファンド運用にはもう1つメリットがある。既にAI化を終えたヘッジファンド、アイデア社の主任科学者ベン・ゲーツェルは「私たちが全員死んでも、AIは取引を続ける」と言っている。たとえ核戦争が起きても、生き残った人たちは年金ファンドの高利回りを享受できるというわけだ。

<本誌2017年7月18日号「特集:日本人が知らないAI最前線」掲載記事>


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ケビン・メイニー

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