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安全な治療室の中、VRで恐怖と向き合う最新の不安障害治療

ニューズウィーク日本版 2017年8月4日 17時50分

<不安や恐怖を抱いている対象物にあえて触れさせる心理療法(暴露療法)。米国でバーチャル・リアリティを使った最新の暴露療法が、一般的になる兆しがある>

不安障害などに効果が高い暴露療法

心理療法に「暴露療法」というものがある。認知行動療法の1つで、患者が不安や恐怖を抱いている対象物にあえて触れさせるというもの。例えば、高所が怖い人をあえて高いところに連れて行く、という具合だ。実際にその場所へ行くなどして物理的に体験してもらうことを「現実暴露」、頭の中でイメージして行うものを「イメージ暴露」と言う。

不安や恐怖を抱いている人にしたら、わざわざ意図的にその感情を感じなければいけないため「荒療治」と思えてしまうかもしれない。しかし高い効果が認められており、精神医学の専門誌サイキアトリック・タイムズが2011年に発表した調査によると、不安障害には特に効果的だとの結果が出ている。

また恐怖症の治療では、現実暴露による暴露療法を1度だけ受けた患者を4年後に追跡調査したところ、恐怖症の症状が大幅に減った状態を保っていた人の割合は90%、症状が全く出ていなかった人の割合は65%に上ったという。

ただこの記事では、米国では暴露療法への理解が少ない、暴露療法が行えるセラピストが少ない、などという問題点が指摘されていた。しかしそれが過去のことになるかもしれない。米国でバーチャル・リアリティ(VR)の技術を使った最新の暴露療法が、今よりずっと一般的になるかもしれない兆しがあるのだ。

安全な治療室の中、VRで恐怖と向き合う

シリコンバレーの新興企業リンビックスはこのほど、VRで暴露療法による治療を行えるツールのテストを終了した。テストは、少数のセラピストに依頼し、実際にツールを使って治療してもらうものだった。ツールは、VRを体験できるグーグルのヘッドセット「Daydream View(デイドリーム・ビュー)」を使いスマートフォンのアプリから操作する。リンビックスによると、現実暴露とイメージ暴露のいずれにも使用できる。

デイドリーム・ビューを使ったVRによる治療なら、治療室から出ることなく暴露療法が行える。例えば飛行機恐怖症の治療でも、わざわざ飛行機に乗る必要はない。

ニューヨーク・タイムズは、前述のテストに参加して実際にリンビックスのサービスを使って治療を行なった米コロラド州の臨床心理医ジュウェル医師の体験を掲載している。ジュウェル医師がVRで治療している患者は、交通事故に遭って以来、事故を起こした交差点で急性不安を覚えるようになった。通常の暴露療法なら、実際に事故現場や交差点に行って不安を味わうのだが、VRでの暴露療法なら治療室を出ることなく、ヘッドセットを装着した患者が何を感じているか、何を考えているかを語ってもらえる、とジュウェル医師は述べている。





ニューヨーク・タイムズは、デイドリーム・ビューと一緒に同じくグーグルの「ストリートビュー」を使えば、現実にある場所に行くこともできるとしている。例えばジュウェル医師の患者なら事故に遭った実際の交差点だ。ただストリートビューに関しては、静止画をもとにしているため臨場感は乏しいということなので、今後の発展が待たれる。

手が届く金額になったVRでの治療

VRを活用した暴露療法は、リンビックス以前は存在しなかったというわけではない。エモリー大学医学部のバーバラ・ロスバウム教授は、VRを使った心理療法で20年以上の経験がある。1996年にバーチャリー・ベターという企業を立ち上げ、以来、VRで暴露療法治療を行うためのツールを医師や病院に提供している。ただし、ニューヨーク・タイムズによると同社のVR機器は、数千ドルはするという。今回テストを終えたリンビックスのサービスはこれに比べるとかなり安価のため(デイドリーム・ビューと、治療がすぐに行えるよう設定済みのスマホがセットで449ドル、約5万円)、VRを使用した暴露療法がより一般的になる期待が持てる。

ただし、リンビックスのようなサービスは、きちんと訓練を受けた心理学者の指示のもとで行うよう専門家は警告している。安価のため自分で手にいれて自力で治療できないかと思ってしまうところだが、リンビックスのツールはセラピスト向けに販売していることを明記しておく。数年後には、日本にもこのようなサービスが入ってくることを期待しよう。


松丸さとみ

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