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「精子減少で人類滅亡」のウソ

ニューズウィーク日本版 2017年8月9日 21時45分

<精子の数が減ったからといって即パニックに陥る必要はない>

BBCのタイトルは衝撃的だった。「精子数の減少で人類滅亡の恐れも」

このニュースの根拠は、精子の濃度と総数に関する過去の研究結果を見直し「メタ分析(分析の分析)」をした研究だ。

研究チームは生殖医療の専門誌「ヒューマン・リプロダクション・アップデート」に発表した論文で、「精子の数が著しく減少している。北米やヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドに住み、生殖能力に関係なく任意抽出された男性の精子の数は、1973~2011年にかけて50~60%減少した」と報告した。

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ここで言う「任意抽出」された男性とは、軍隊への入隊検査大学への進学前検査は受けたが自分の生殖能力については何も知らなさそうな若者を指す(デンマーク軍のように、入隊志願者に対して精子の総数や精巣の大きさを調べる医学検査を受けるよう義務付けているところもあるが、ここでは含まれない)

今回メタ分析したのは、過去の研究結果185件に関り、1973~2011年にかけて精液を提供した6大陸50カ国に住む4万2935人分のデータだ。研究チームは、肥満や喫煙、飲酒、ストレスなど、精子の数を減少させる複合的要因も考慮するよう努めたという。

38年間で60%減少

それによれば、経済的に豊かな先進国に住む男性の間で、精子の濃度が1973年の1ミリリットル当たり9900万から、2011年に4700万まで減った。精子の総数も3億3750万から1億3750万に減少し、全体で60%近く減った。

研究チームによれば、南米やアジア、アフリカに住む男性には、精子の減少傾向は見られなかった。

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精子の減少が指摘されるのはこれが初めてではない。1992年に初めてスカンジナビアの研究チームが論文で、精子数が過去50年間で50%近く減少したと報告した。

環境保護団体グリーンピースの広報担当はすぐに、「あなたは父親の半分も男じゃない」というキャッチフレーズで、精子数の減少は海洋汚染が原因だと訴える巧妙なキャンペーンを展開した。

研究チームが認めているように、今回の結果は精子の数や濃度が減少した原因を全く明らかにしていない。生活スタイルの変化による内分泌異常や、農薬や化学物質などの影響ではないか、というのは推測に過ぎない。

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それでは、精子の数の減少が原因で人類が滅亡する日は近いのだろうか?

恐らくそんなことはない。

2013年、ニューヨークのプレスバイテリアン病院と米ワイルコーネル医科大学で生殖医学を専門とするハリー・フィッチと彼の同僚は、1992年以降に発表された精子の質に関する35件の研究結果を包括的に分析し、精子の数をめぐるデータのトレンドを調べた。

フィッチらは1万8109人の男性を対象にした8件の研究で、精液の質の低下がみられたと報告した。一方11万2386人を対象にした21件の研究で、精液の質は同じ、もしくは良くなっていた。さらに2万6007人を対象にした6件の研究は、曖昧もしくは矛盾する結果だった。

精子の数はまだ十分

フィッチに言わせれば、要するに「世界中で精子のパラメーター値が下がっているという主張は、まだ科学的に証明されていない」のだ。

フィッチは、研究チームは複合的な原因を考慮しようと努めた割に、肥満の増加やマリファナの服用、座ることの多い生活スタイル、精巣の温度上昇など元に戻すことも可能な要因が精子の減少を引き起こしているかもしれないことを十分に考慮しなかったのではないか、と言う。

世界保健機関(WHO)によれば、正常で受精可能な精子の濃度は1ミリリットル当たり1500万だ。今にも人類が滅亡しそうな印象を与える見出しは、少々大げさだろう。

(翻訳:河原里香)

This article first appeared on Reason.com.
Ronald Bailey is a science correspondent at Reason magazine and author of The End of Doom (July 2015).



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ロナルド・ベイリー(米リーズン誌サイエンス担当)

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