北朝鮮が「しばらくアメリカの動向を見守る」と譲歩したことに関し、中国が国連制裁決議実行を表明したからという見方があるが、それは違う。あくまでも中国が中朝軍事同盟により北朝鮮を威嚇したからだ。
金正恩、ミサイル発射を一時見送り――中朝軍事同盟撤廃をちらつかせた中国の威嚇
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長は14日、朝鮮人民軍戦略軍の司令部を視察し、米領グアム周辺海域へのミサイル発射に関する説明を受けた。その結果、「アメリカの動向をしばらく見守る」と述べ、弾道ミサイル発射を一時見送る考えを示した。中国中央テレビCCTVが、北朝鮮の朝鮮中央通信の情報として、速報で伝えた。
それによれば金正恩は「アメリカが妄動を続ければ重大な決断を下すだろう」と威嚇する一方で、「みじめで辛い時間を味わっている愚かなアメリカの動向をもう少し見守る」と語ったとのこと。
金正恩は「アメリカ帝国主義者らは無謀な軍事的緊張を自ら作り出して大騒ぎし、自分で自分の首を絞めた」と非難した上で、「現在の緊張を和らげ、朝鮮半島の危険な軍事衝突を阻止するため、アメリカはまず適切な選択を行い、行動でそれを示さなければならない」と主張。「朝鮮半島で危険千万な妄動を続けるなら」既に宣告している通り行動すると言明した。
このアメリカが取るべき「適切な選択」と金正恩が言ったのは8月21日から始まる「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」と呼ばれる米韓軍事合同演習のことだとCCTVは解説した。それはまさに、中国が望むことであり、中国の「中朝軍事同盟撤廃」をちらつかせながらの威嚇が効いたものと解釈される。その詳細は8月13日付のコラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」で述べた通りだ。
北の譲歩に国連安保理制裁決議は影響していない
国連安保理は8月5日、北朝鮮への「これまでにない」厳しい制裁(2371号決議)を全会一致で採択した。中国もロシアも、躊躇することなく賛成票を投じた。
8月14日、中国商務部は翌日から国連安保理決議に沿った全ての制裁を実行に移すという声明を出した。北朝鮮の譲歩は、そのためではないかという見方があるようだ。
しかし、それは違うと思う。
なぜなら、中国が賛成票を投じたのは8月5日。
それだけでも、金正恩がどう出るか国際社会はピリピリしていたのに、トランプ大統領は8日、まるで火に油を注ぐように「北朝鮮がこれ以上アメリカを脅かせば、世界がかつて見たことのないような炎と怒りに直面するだろう」と発言した。おそらく長期夏季休暇に入っても仕事はしているということをアメリカ国民に見せたかったかもしれない。あるいはロシア疑惑など自国内における自分への批判から目を逸らせるためであったかもしれない。
それを受けて金正恩はトランプ発言を「全く無意味」と一蹴し、「グアム島周辺海域(沖合から30~40km)に中距離弾道ミサイル火星12を同時に4発、発射する」と言い始めたのである。
国連制裁決議が出された後に「グアム島海域へのミサイル発射」計画を口にしたので、国連制裁が功を奏したからではない。
中国が賛成票に回ったことは、すなわち中国が実行することを意味しているということは、北朝鮮には分かっていたはずだ。14日に中国の商務部が実行するという声明を出したからといって、それにより譲歩をするような北朝鮮ではない。
核実験を控えていることが何よりの証拠
今年4月初旬に米中首脳会談を終えた後に、トランプは「中国なら必ずやってくれる」と習近平を褒め殺しにして追い込んだことがある。その結果中国は遂に「北朝鮮がこれ以上暴走を止めなければ、中朝軍事同盟を考え直す必要がある」旨の社説を、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」に載せたことがある。
4月中旬に入り、北朝鮮が6回目の核実験を実行に移すことを知った中国は激怒し、「もし実行したら、直ちに中朝国境線を陸路、空路、海路ともに完全封鎖する」と北朝鮮に警告した。それを受けて、北朝鮮は核実験だけは控えてきたが、その事実をCNNにリークされてしまったことを知った金正恩はメンツを無くした。そこで5月14日、習近平が中国建国後、最も大きな中国主催の国際サミットと位置付けた「一帯一路国際協力サミット」の開会の挨拶をする晴れの舞台の直前を狙って、ミサイルを発射。習近平の顔に思い切り泥を塗った。詳細は「習近平の顔に泥!――北朝鮮ミサイル、どの国への挑戦なのか?」に書いた。
つまり、核実験に関しては中国に脅されたので暫時実行していないが、ミサイルに関しては威嚇されてなかったので、発射し続けた。
そこで今般は、ミサイル発射に関して、北朝鮮にとって一番きつい「中朝軍事同盟の破棄」を示唆されたため、これも実行を延期したものと考えることができる。
コラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」で述べた「トランプ&習近平」電話会談では、アメリカが中国の要求を一定程度、飲んだ形だ。そのコラムでも書いたように米朝は水面下での接触をしているが、その接触は8月4日のコラム<ティラーソン米国務長官の「北朝鮮との対話模索」と米朝秘密会談>で詳述したように、早くから行なわれていた。
だから、中国の中朝軍事同盟に関する威嚇だけでなく、もちろん米朝の努力も功を奏していただろう。
日本は?
日本の岸田元外相は、某日、某テレビ番組で「今は圧力を強化していくべきで、こんなときに対話など、とんでもない話だ」といった趣旨の言葉(正確には記憶していないが、こういう趣旨のこと)を言っていた。
しかし14日、アメリカのティラーソン国務長官とマティス国防長官は、「核ミサイル問題を解決するため、北朝鮮と交渉する用意がある」とウォール・ストリート・ジャーナル紙に連名で寄稿したとのこと。これもCCTVでは速報扱いのニュースとして報道された。もちろん、米国民が危険にさらされた場合は軍事力行使も辞さないという条件も忘れてはいない。
これは中国が言うところの「双暫停」(米朝双方が暫定的に軍事的行動を停止する)を裏側から見た場合に相当しており、北朝鮮は米韓軍事演習におけるアメリカの出方を見、アメリカは北朝鮮の次のミサイル発射の出方を見る。互いに抑制があれば、対話に入るということになろう。結局、北朝鮮の唯一の軍事同盟国である中国がカードを握ったことになる。 コラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」で述べたように、中国が「中朝軍事同盟」というカードを使って、米朝双方に警告した結果、双方が歩み寄った形だ。
日本は又しても、米中の真の流れからは、離れたところで動いているのではないだろうか。また置き去りにされはしないか。
もちろん圧力は強めなければならない。北朝鮮の暴走を何としてもとめなければならない。しかし戦争に突き進むことだけは何としても避けるべきで、朝鮮戦争の休戦協定を破ってきたのはアメリカであり韓国だという事実を考えれば、アメリカには対話に応じる義務がある。休戦協定を、アメリカならば破ってもいいという超法規的な国際ルールはあってはならないだろう。
韓国にしてもそうだ。本日8月15日の光復節で「日本は歴史を正視して深い反省を」といった趣旨のことを言っているようだが、(日本は二度とあのような戦争を繰り返してならないのは大前提として)、こんにちの朝鮮半島を中心とした差し迫った危機をもたらしたのは、韓国の初代大統領、李承晩であった事実を正視すべきではないのか。そこをスルーして、慰安婦像をバスの座席にまで座らせる方が優先されるのだろうか?
北朝鮮問題の根源を見ない限り、着地点は絶対に見えてこない。それに関しては『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』で詳述した。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
金正恩、ミサイル発射を一時見送り――中朝軍事同盟撤廃をちらつかせた中国の威嚇
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長は14日、朝鮮人民軍戦略軍の司令部を視察し、米領グアム周辺海域へのミサイル発射に関する説明を受けた。その結果、「アメリカの動向をしばらく見守る」と述べ、弾道ミサイル発射を一時見送る考えを示した。中国中央テレビCCTVが、北朝鮮の朝鮮中央通信の情報として、速報で伝えた。
それによれば金正恩は「アメリカが妄動を続ければ重大な決断を下すだろう」と威嚇する一方で、「みじめで辛い時間を味わっている愚かなアメリカの動向をもう少し見守る」と語ったとのこと。
金正恩は「アメリカ帝国主義者らは無謀な軍事的緊張を自ら作り出して大騒ぎし、自分で自分の首を絞めた」と非難した上で、「現在の緊張を和らげ、朝鮮半島の危険な軍事衝突を阻止するため、アメリカはまず適切な選択を行い、行動でそれを示さなければならない」と主張。「朝鮮半島で危険千万な妄動を続けるなら」既に宣告している通り行動すると言明した。
このアメリカが取るべき「適切な選択」と金正恩が言ったのは8月21日から始まる「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」と呼ばれる米韓軍事合同演習のことだとCCTVは解説した。それはまさに、中国が望むことであり、中国の「中朝軍事同盟撤廃」をちらつかせながらの威嚇が効いたものと解釈される。その詳細は8月13日付のコラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」で述べた通りだ。
北の譲歩に国連安保理制裁決議は影響していない
国連安保理は8月5日、北朝鮮への「これまでにない」厳しい制裁(2371号決議)を全会一致で採択した。中国もロシアも、躊躇することなく賛成票を投じた。
8月14日、中国商務部は翌日から国連安保理決議に沿った全ての制裁を実行に移すという声明を出した。北朝鮮の譲歩は、そのためではないかという見方があるようだ。
しかし、それは違うと思う。
なぜなら、中国が賛成票を投じたのは8月5日。
それだけでも、金正恩がどう出るか国際社会はピリピリしていたのに、トランプ大統領は8日、まるで火に油を注ぐように「北朝鮮がこれ以上アメリカを脅かせば、世界がかつて見たことのないような炎と怒りに直面するだろう」と発言した。おそらく長期夏季休暇に入っても仕事はしているということをアメリカ国民に見せたかったかもしれない。あるいはロシア疑惑など自国内における自分への批判から目を逸らせるためであったかもしれない。
それを受けて金正恩はトランプ発言を「全く無意味」と一蹴し、「グアム島周辺海域(沖合から30~40km)に中距離弾道ミサイル火星12を同時に4発、発射する」と言い始めたのである。
国連制裁決議が出された後に「グアム島海域へのミサイル発射」計画を口にしたので、国連制裁が功を奏したからではない。
中国が賛成票に回ったことは、すなわち中国が実行することを意味しているということは、北朝鮮には分かっていたはずだ。14日に中国の商務部が実行するという声明を出したからといって、それにより譲歩をするような北朝鮮ではない。
核実験を控えていることが何よりの証拠
今年4月初旬に米中首脳会談を終えた後に、トランプは「中国なら必ずやってくれる」と習近平を褒め殺しにして追い込んだことがある。その結果中国は遂に「北朝鮮がこれ以上暴走を止めなければ、中朝軍事同盟を考え直す必要がある」旨の社説を、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」に載せたことがある。
4月中旬に入り、北朝鮮が6回目の核実験を実行に移すことを知った中国は激怒し、「もし実行したら、直ちに中朝国境線を陸路、空路、海路ともに完全封鎖する」と北朝鮮に警告した。それを受けて、北朝鮮は核実験だけは控えてきたが、その事実をCNNにリークされてしまったことを知った金正恩はメンツを無くした。そこで5月14日、習近平が中国建国後、最も大きな中国主催の国際サミットと位置付けた「一帯一路国際協力サミット」の開会の挨拶をする晴れの舞台の直前を狙って、ミサイルを発射。習近平の顔に思い切り泥を塗った。詳細は「習近平の顔に泥!――北朝鮮ミサイル、どの国への挑戦なのか?」に書いた。
つまり、核実験に関しては中国に脅されたので暫時実行していないが、ミサイルに関しては威嚇されてなかったので、発射し続けた。
そこで今般は、ミサイル発射に関して、北朝鮮にとって一番きつい「中朝軍事同盟の破棄」を示唆されたため、これも実行を延期したものと考えることができる。
コラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」で述べた「トランプ&習近平」電話会談では、アメリカが中国の要求を一定程度、飲んだ形だ。そのコラムでも書いたように米朝は水面下での接触をしているが、その接触は8月4日のコラム<ティラーソン米国務長官の「北朝鮮との対話模索」と米朝秘密会談>で詳述したように、早くから行なわれていた。
だから、中国の中朝軍事同盟に関する威嚇だけでなく、もちろん米朝の努力も功を奏していただろう。
日本は?
日本の岸田元外相は、某日、某テレビ番組で「今は圧力を強化していくべきで、こんなときに対話など、とんでもない話だ」といった趣旨の言葉(正確には記憶していないが、こういう趣旨のこと)を言っていた。
しかし14日、アメリカのティラーソン国務長官とマティス国防長官は、「核ミサイル問題を解決するため、北朝鮮と交渉する用意がある」とウォール・ストリート・ジャーナル紙に連名で寄稿したとのこと。これもCCTVでは速報扱いのニュースとして報道された。もちろん、米国民が危険にさらされた場合は軍事力行使も辞さないという条件も忘れてはいない。
これは中国が言うところの「双暫停」(米朝双方が暫定的に軍事的行動を停止する)を裏側から見た場合に相当しており、北朝鮮は米韓軍事演習におけるアメリカの出方を見、アメリカは北朝鮮の次のミサイル発射の出方を見る。互いに抑制があれば、対話に入るということになろう。結局、北朝鮮の唯一の軍事同盟国である中国がカードを握ったことになる。 コラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」で述べたように、中国が「中朝軍事同盟」というカードを使って、米朝双方に警告した結果、双方が歩み寄った形だ。
日本は又しても、米中の真の流れからは、離れたところで動いているのではないだろうか。また置き去りにされはしないか。
もちろん圧力は強めなければならない。北朝鮮の暴走を何としてもとめなければならない。しかし戦争に突き進むことだけは何としても避けるべきで、朝鮮戦争の休戦協定を破ってきたのはアメリカであり韓国だという事実を考えれば、アメリカには対話に応じる義務がある。休戦協定を、アメリカならば破ってもいいという超法規的な国際ルールはあってはならないだろう。
韓国にしてもそうだ。本日8月15日の光復節で「日本は歴史を正視して深い反省を」といった趣旨のことを言っているようだが、(日本は二度とあのような戦争を繰り返してならないのは大前提として)、こんにちの朝鮮半島を中心とした差し迫った危機をもたらしたのは、韓国の初代大統領、李承晩であった事実を正視すべきではないのか。そこをスルーして、慰安婦像をバスの座席にまで座らせる方が優先されるのだろうか?
北朝鮮問題の根源を見ない限り、着地点は絶対に見えてこない。それに関しては『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』で詳述した。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)