Infoseek 楽天

バノン抜きのトランプ政権はどこに向かう? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年8月22日 17時0分

<トランプはバノン更迭で共和党の穏健路線に屈服したが、同時にコア支持層の離反を恐れて強硬路線も維持している>

ニュージャージー州での「ワーキング・ホリデー」、つまりゴルフ・リゾートでの夏休みを取りながら仕事をするという日々を終えて、8月21日にトランプ大統領はワシントンDCに戻ってきました。

この間、8月12日にバージニア州シャーロットビルで発生した「極右による市民殺害事件」に対して、極右と市民の「双方に非がある」とか「ナチス式の極右デモ」にも「善良な人々("fine people")がいる」という暴言が大問題となりました。また大統領の経済諮問委員会が、経営者委員の辞任が相次いだことで解散に追い込まれるなど、大統領は批判の大合唱に囲まれていました。

さらに18日には「経済ナショナリズム」を掲げて大統領の政策に影響力を与えてきたスティーブ・バノン主任分析官が解任されるという出来事も起きています。バノンは、即座に前職であった保守サイト『ブライトバート』に復帰して、ホワイトハウスの中にいる「グローバリスト」たちを相手に「大統領のために」戦うという、不気味な宣言をしています。

そこでバノンが去った後のホワイトハウスが、どの方向に向かうのかが注目されていました。特に21日(月)の東部時間21時から「アフガンと南アジアにおける新戦略」を大統領が発表するというので、全米の関心はそこに集中していたのです。

【参考記事】トランプに「職務遂行能力なし」、歴代米大統領で初の発動へ?

ただ、この日はアメリカにとって「世紀の皆既日食」の日でもあり、朝から午後にかけては人々の関心は日食の方に行っていましたから、TVなどが一日中「トランプ叩き」をするという事態は回避されていました。その大統領ですが、ホワイトハウスのバルコニーに出てきて、その日食見物を行った際に、禁じられている「裸眼での観察」をやってメディアからひんしゅくを買うなど、依然として「お騒がせトランプ」という感じでした。

さて、21時からの「アフガン新方針」ですが、何とも不思議な内容でした。まず大統領は、過去16年のアフガン戦争が多くの犠牲と巨額の費用をムダにしたとして、選挙戦当時から行っていた「アフガン戦争批判」を繰り返しました。

その上で、このまま撤退するのは最悪の選択だとして、増派を支持(但し、具体的な数字はなし)。その一方で、アメリカの責任で「アフガンという国家を再建」する戦略は放棄し、アフガンの運命はアフガンの人々に委ねるとしています。では、増派後の米軍の任務はというと、アルカイダやISISなどテロリストとの戦いが主になるというのです。

意外だったのは、その上で状況が好転した場合には「タリバンの一部分」と交渉のテーブルに就く可能性を示唆したことでした。これはある意味では、90年代にビル・クリントン政権が検討した妥協案に戻ることであり、ブッシュ、オバマの二代の大統領が密かに検討していながら、堂々とは公言できなかった問題です。



ということは、軍の現場から出てきた「アフガンから一方的に撤退してはアルカイダやISISの拠点作りを許すことになる」が、「ここまで強いタリバンは、どこかで認めないと戦争の出口はない」、その上で「現在のアフガンのガニ政権に国家再建の主体になってもらいたい」という認識にほぼ乗っかった判断だということが言えます。

アメリカの国益を最優先に「他国への不介入主義」を主張して、特にアフガンからは即時撤退を求めていたバノンが去った今、トランプ政権は、軍と共和党穏健派の描く現実主義に大きくシフトしたということが言えます。

ちなみに、バノンは平和主義者なのかというと、決してそうではありません。極端な孤立主義であり、世界の苦しみやトラブルに対して「アメリカは一切関知しない」と突き放すばかりか、生命の危険を感じて紛争地から避難してきた難民も「危険だ」と追放するという排外主義の立場だからです。

では、今回の演説の中で大統領は「バノン的なもの」を一切排除したのかというと、そうではありませんでした。アフガンに続く「南アジア戦略」の部分では、まずパキスタンに「テロリストの拠点化」を許さないとして強い疑念の目を向けつつ、反米分子の摘発を求めていますし、同盟国のインドに対しても米国の支援を受けつつ経済的なメリットを享受することは再考せよとしています。そしてNATOなどの同盟国には、これまで以上の負担を要求しているのです。

このアフガン演説ですが、「バノン抜き」のトランプ大統領としては、とりあえず「現実主義的な政策にシフト」して、議会共和党などとの関係を修復し、暴言問題で受けたダメージを修復したいということなのでしょう。

【参考記事】トランプが共鳴する「極右思想」 ルネ・ゲノンの伝統主義とは?

興味深いのは共和党穏健派の動きです。15日に大統領の暴言が飛び出した翌日にNBCテレビに出演して「火の出るような憤怒の表情」で大統領の「極右擁護」を批判していたオハイオ州のジョン・ケーシック知事は、18日には「大統領には交代を求めることはしない。共和党は大統領の下で団結すべきだ」という意味深長な発言をしています。

また、21日の「アフガン演説」の直後に、CNNテレビに登場したポール・ライアン下院議長は、演説の中で大統領が「国内の団結」を口にしたことを、シャーロットビルの事件に関する暴言を大統領が「反省している証拠」だというような寛容な解釈をした上で、このアフガン新方針については、全面的に賛成し、支えるとしていました。ただ、その後で「ネオナチ、KKK、白人至上主義者」への支持と受け取れる発言は「全面的に批判する」と断言して大統領に釘を刺すことも忘れていませんでした。



今回の演説から分かることは、バノン更迭をもって大統領は、共和党の中道穏健派路線に「屈服した」と同時に、それでも「コア支持層」の離反を恐れて「NATOに費用負担を」とか「パキスタンには疑念」といった「コワモテ」のキャラは維持する、そんな妥協的な姿勢を取り始めたということです。

一方の共和党主流派としては、極右を擁護した大統領の暴言が、自分たちの支持者の怒りを買っていること、大統領の資質には大きな疑問が付いたことをベースとして、今回の「バノン抜きのトランプ」に対して、「最後のチャンス」を与えているという感覚があるのだと思います。

これで結局のところ大統領の暴言癖や、極端なイデオロギー的判断が改善しなければ、また別の局面が来るのでしょうが、とりあえず今の時点で大統領に辞任を迫ったり、議会共和党が弾劾罷免に流れることは「ない」ということなのでしょう。

そのような折衷主義的な動きをしていく中で、株価や景気の暗転は避けられるのか、大統領の支持率が下げ止まることはあるのか、議会との駆け引き、とりわけ予算を通すための「債務上限問題」などで合意ができるのか、この秋の政局は目が離せません。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル! ご登録(無料)はこちらから=>>

この記事の関連ニュース