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分裂を煽るだけのトランプ「フェニックス居直り演説」 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年8月25日 14時40分

<アリゾナ州で支持者の聴衆を前に演説したトランプは、白人至上主義者とその反対派の衝突に関して自分の主張をまくし立ててメディアを批判し、大統領自身がアメリカ社会の分裂を煽っていることを印象付けた>

22日夜に行われたアリゾナ州フェニックスのドナルド・トランプ大統領の「ラリー(選挙運動)」形式の演説会は、全国でテレビ中継されるなど大きく注目されていました。理由としては、ここのところの大統領は「プロンプターを使って原稿を読む」スタイルの演説では常識的なことを言って人々を安心させる一方、「アドリブ」の演説では暴言を好き放題しゃべって社会を不安に陥れるといったその繰り返しが目立っていたからです。

その前日21日に行った「アフガン戦略演説」でトランプは、ブッシュ、オバマ以来の反テロ戦争の枠組みに戻る方向性を示し、またバージニア州シャーロットビルでの極右による市民殺害事件を契機とした社会の分裂に対して団結を呼びかけ、人々を安心させていました。そこで、その「穏健路線」が果たして大統領の本心なのかどうかに注目が集まったのです。

過激な右派ポピュリズムの「仕掛け人」だったスティーブ・バノンがホワイトハウスを去った今、仮に22日の自由なスタイルの演説でも大統領の語調に落ち着きと常識が見られるのなら「本物」かもしれない、そんな期待感はありました。

【参考記事】トランプ政治集会の中で聞いた、「優しい」支持者たちの本音

ですが22日のフェニックス演説は、そんな期待を打ち砕いたばかりか、大統領こそが分断を煽り、アメリカ社会に不安感を拡大する元凶、そんなイメージを改めて広めることになったのです。

まず、12日のシャーロットビルでの事件、そして事件に関連した自分の発言についてですが、世評を非常に気にしているような表情を見せつつも、当時の自分の発言をメモした紙を見ながら15分に渡って振り返っていました。そして、事件直後の12日のコメント、2日後の14日のコメント、大炎上した15日のコメントと、自身の発言は3回あったと数えながら、それぞれのコメントを紹介したのです。

ですが、社会に不安を与えた「多くの立場(many sides)が暴力的だった」とか「もう一方の立場は大変に暴力的だった」あるいは「(ナチス風たいまつ行列でユダヤ人排除を叫んでいた)参加者の中にも善良な人々(fine people)がいた」という肝心の問題発言は「完全に無視」して「なかったこと」にし、自分は極右に反対したのにそれをメディアが「フェイクニュースに仕立てた」と一方的にまくし立てたのです。

さらに事件の発端となった「南軍関連の記念碑」撤去問題についても、「ジョージ・ワシントンの銅像が一夜にして撤去されたら悲しいだろ」という言い方で、暗に撤去への反感を煽っていました。



この演説会ですが、そもそもがアリゾナ州選出の2人の共和党上院議員への「あてこすり」が主目的でした。1人はジョン・マケイン議員で、この演説では名前こそ挙げていなかったのですが、「1人の反対でオバマケア廃止代替法が否決された」と激しく罵倒、もう1人のジェフ・フレイク議員については「移民に対して弱腰だ」と批判、特にフレイク議員は2018年に改選を迎えるので、ケリー・ワード氏という州議会議員をトランプ派の刺客として送る構えです。(但し、その場合は中間層の票が民主党に流れて議席を失うという可能性も指摘されています)

つまり大統領がわざわざアリゾナに行ったのは、現職の共和党上院議員の1人を罵倒し、1人を予備選で葬ろうという「議会共和党への宣戦布告」のようなものだったのです。こうした動きに合わせて、ニューヨーク・タイムズ紙は議会共和党のリーダーであるミッチ・マコネル議員が「大統領に対して激怒」という記事を掲載しており、政界には不穏な雰囲気が流れていました。フェニックスでの演説はまさにその「大統領」対「議会共和党」の対決を絵に画いたような構図になっていました。

【参考記事】白人至上主義の扱いめぐり共和党もじわり「トランプ離れ」

その他にも、予算を巡る債務上限議論が物別れになり、仮に政府閉鎖という事態になってもメキシコ国境には壁を作るとか、ヒスパニック系への人権侵害が問題になって有罪判決を受けている元保安官(7月に有罪、10月に量刑言い渡しの予定)について、前例のない大統領による恩赦を検討しているなどという、挑発的な発言が続いたのです。

いずれにしても、一番の問題は「シャーロットビル事件」関連の自身の発言について、都合の悪い部分は「なかったことに」する、つまり全く反省の色を見せなかったという点です。CNNのキャスター、ドン・レモンは「事実を隠す皆既日食発言」だという厳しい批判をしていましたが、大変な問題です。

これによって、中道からリベラルにかけての層では「トランプが大統領として留まるのは許容できない」というムードがより強くなった一方で、トランプ支持者の間では「悪いのは大統領批判をしているメディアであり、秩序を乱す左派のカウンターだ」という「敵味方の論理」が暴走しています。



これまでは社会的に存在が許されなかった「ネオナチ、KKK、白人至上主義者」を許容するムードは拡大したと言えます。南軍記念碑に関しては、大統領自身が婉曲な言い方ながら撤去への反対を口にした、これも深刻な状況です。

今回のフェニックス演説は、このように社会における2つの分断をより煽った形となりました。1つは「トランプ支持者(トランパー)」と、それ以外の「アンチ・トランプ派」の深刻な分断であり、もう1つは、トランプ大統領と議会共和党の分裂です。この議会との対決ということでは、演説にあった「政府閉鎖になってもいいから壁を作る」という部分が、悪質な挑発と受け止められており、早速ライアン下院議長が反発するなど、政局は波乱含みとなってきました。

21日の「アフガン戦略」演説の内容が常識的であったのを好感して上げた株価も、22日の「フェニックス演説」の翌日は、ダウが87ポイント下げるなど困惑した空気を示しています。


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