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日本、北朝鮮に打つ手なし?

ニューズウィーク日本版 2017年8月30日 20時45分

<日本政府は北朝鮮からミサイルが飛んでくるたび強い口調で非難するが、有効な対抗策は1つもない。安倍首相があえてフタをしている直接対話を除いては>

朝起きると、北朝鮮がミサイルを発射した後だった、というのが日本人の悲しい日常になった。それでも8月29日以前は、海岸に異常に近いところにミサイルが落下して緊張が走ることはあっても、ほとんどが日本海に落下していた。だが昨日発射された弾道ミサイルは、日本政府の発表によれば、北海道上空を通過し、3つに分離して太平洋上に落下したとみられる。

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日本は今後どう対応するのか。安倍晋三首相は、戦後日本の歴代首相の中で最もタカ派と言っていい。安倍は政治的な直感から、北朝鮮の挑発には断固とした立場を取らずにはいられない。だが過去に何度も同じ立場を取り、すべて失敗した。今や日本に残された選択肢はなく、タカ派としての安倍の面目も失われつつある。

北朝鮮によるミサイル発射は、かつてない形で日本人の日常生活に影響を及ぼしている。8月29日朝には、日本北部の12道県に全国瞬時警報システム(Jアラート)が発令された。早朝6時過ぎに警報のサイレンが鳴り、スマートフォンからも大音量の警戒音が鳴って焦燥感をかき立てる。電車も多くが停止した。

どこにも逃げ場などない

スマートフォンのアラートは、頑丈な建物や地下に避難せよと指示を出す。だが日本の住宅には地下室などまずない。ミサイル発射の警報を受けても、逃げ込む場所などない。民間防衛の手段といえば、冷戦時代に核戦争の勃発に備えて米政府が国民に強制した「ダック・アンド・カバー(身を伏せて頭を覆う)」訓練と同レベルの気休めでしかないことを、日本人の大半は理解している。国民の間に広がる無力感は、日本の守護者を自任する安倍にとって政治的に危険だが、同時にチャンスでもある。

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ミサイル発射直後の日本政府の対応は、お決まりのパターンだった。ただちに首相官邸で国家安全保障会議を招集し、最新の情報分析をもとに対応を協議。寝ぼけ眼の記者たちが官邸に押し寄せて、安倍や菅義偉官房長官から短いコメントを聞き出す。外務大臣と防衛大臣も厳粛な声明を出した。安倍は今回のミサイル発射を「前例のない深刻かつ重大な脅威」と位置付け、「地域の平和と安全」を著しく損なうものだと言った。さらに「日本国民の生命を守るために万全を期す」と誓った。言い回しは若干変わったものの、今年北朝鮮がミサイルを発射した後に安倍が述べたすべてのコメントと本質は同じだ。



唯一いつもと違ったのは、安倍政権では珍しい穏健派で、就任して間もない河野太郎外務大臣のコメントだ。報道陣から、南方のグアムでなく北海道上空に向けてミサイルを発射した北朝鮮の狙いを尋ねられた河野は言った。「(グアム方向の)南に向けて打てば、今まで(北朝鮮が)それなりの挑発をし、米国がそれに対して対応をとってきたことを考えれば、北朝鮮がそれに少しひるんだということではあるのだろう」

つまり、北朝鮮がひるまなければ、事前の警告通りにグアム周辺にミサイルを撃ち込んでドナルド・トランプ米大統領の言う「炎と怒り」に真っ向から挑んでいたかもしれない、と河野は言うのだ。アメリカから報復を受けかねないこの恐ろしいシナリオに比べれば、北海道上空を飛ばすほうがはるかに気楽だったろう。

北朝鮮から飛んでくるミサイル発射に対抗する手段がないことを考えれば、日本政府としては当然、ミサイルなど大したことではないかのように扱うのが賢明だろう。

安倍を中心にした国家安全保障会議の議論を想像するのは簡単だ。
「日本は北朝鮮のミサイル発射を容認できるか」
「絶対にできない」
「北朝鮮による脅威に対して断固とした行動を取るべきか」
「絶対にそうだ」
「どうすれば有効な対抗措置を取れるか」
──選択肢はあまりない。有効な選択肢は、ゼロだ。

日米同盟を強調

当然ながら、日本政府は北朝鮮を強い言葉で非難した。日米韓などの関係国は北朝鮮に対する圧力を一層強化すると表明し、国連安保理は緊急会合を開催し「強く非難する」議長声明を全会一致で採択した。経済制裁に関しては、すでにほとんどの手段を使い切っている。日本政府は北朝鮮の核・ミサイル開発を大転換させる影響力を持っていないし、誰もがそのことを知っている。

北朝鮮の脅威が増せば、日本は一層アメリカに接近する。アメリカなら、最悪の場合に北朝鮮を滅ぼせるからだ。自民党は、ミサイルが発射された当日の午後に緊急会議を開催。二階俊博幹事長は日米同盟の重要性を強調して言った。「安倍晋三首相はトランプ大統領と電話会談を行って意見交換し、強固な日米同盟の下で国民の生命を守る強い決意を示した」

安倍は断固とした行動を取りたいという政治的な直感があるが、今回もこれまでと同じく、強い言葉で非難はしても行動はしない、という対応を取るだろう。もし安倍が何か他に好ましい選択肢を見つけていれば、脅威がここまで悪化するよりずっと前の段階で行動していたはずだからだ。



米テンプル大学日本校のジェフ・キングストン教授(現代アジア史)は、安倍は絶対に嫌がるだろうが、日本にも1つだけ選択肢が残っている、と言う。北朝鮮との直接交渉だ。「対話は絶対に必要だが、安倍政権は対話のドアを締め切る決意が固いようだ」とキングストンは指摘する。「強硬路線を貫きながらも、その一方で外交を通じた対話を進めていけないという法はない」

北朝鮮との対話に対する反対意見でよく言われるのは、金正恩朝鮮労働党委員長は対話を長引かせる間にミサイル開発を継続し、最終的に核弾頭を搭載する大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させかねない、という懸念だ。だが、まったく妥協しない強硬路線を取っても、北朝鮮はやはり開発を進めている。

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だが北朝鮮に対する恐怖は、安倍が望む防衛予算増や改憲への追い風になるかもしれない。金正恩がその気になれば、東京を全滅させることもできると思うと、日本人は普通なら考えたくもないことを考えてしまう。北朝鮮の脅威を考えると、安倍の軍備拡張路線にも反対できなくなる。

安倍内閣の下では毎年、自衛隊向けの予算が大きく伸びてきた。防衛庁は来年度予算だけで2.5%増を要求している。それが北朝鮮からの攻撃を阻止するミサイル防衛のためだと言われれば、ほとんどの日本人は黙ってしまう。

Jアラートも強硬な言葉も日本人の生命を守り北朝鮮に挑発を止めさせる役には立たない。国中が不安におののくなか、一人そこに好機を見ているのは安倍かもしれない。

(翻訳:河原里香)

From Foreign Policy Magazine


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マイケル・ペン(新月通信社)

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