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欧米の名門大学よ、 中国マネーに屈するな

ニューズウィーク日本版 2017年9月1日 16時0分

<中国の圧力で検閲に加担したケンブリッジ大学の弱腰は、アカデミズムに広がる収益変調をあぶり出した>

イギリスの名門大学の出版局が中国当局の圧力に屈して、論文の検閲に加担する――。

ケンブリッジ大学出版局の8月18日の発表に研究者や学生は耳を疑った。中国当局の要請を受けて、学術誌「チャイナ・クォータリー」のサイトに掲載された天安門事件関連などの論文300点以上について、中国からのアクセスを遮断したというのだ。

世界中の学者が抗議の声を上げたため、同出版局は3日後に決定を撤回したが、問題はこれでは終わらない。

中国当局は国内はもちろん、外国に滞在する学生や研究者にも監視の目を光らせる。欧米の大学や学術関係者はこうした動きにどう対応すべきなのか。

ここ10年に欧米で学ぶ中国人留学生は急増した。00年には外国に留学する中国人学生は年間5万人足らずだったが、15年には52万人を突破。中国の教育制度では思考力よりも暗記力が重視される上、退屈なマルクス主義の講座を何コマも履修しなければならない。そんな息苦しい環境から逃れて、欧米で学びたいと思う若者は大勢いるのだ。

【参考記事】ケンブリッジ大学出版局が中国検閲受け入れを撤回

欧米の大学もニーズに応じようと、リクルーターを中国に送り込み、現地の留学斡旋会社を通じて入学志願者を募っている。一方で、名門大学が中国に分校を開設したり、中国の大学と提携したりする動きも活発だ。デューク、ジョンズ・ホプキンズなどアメリカの大学12校が中国の大学と学位・単位の相互認定協定を結んでいる。

しかし検閲や自己検閲が常態化し、学問の自由が抑圧されている中国の大学との提携には批判的な学術関係者もいる。

中国で思想・言論統制が一段と強化されたのは、12年に習近平(シー・チンピン)が権力の座に就いてからだ。大学教授はメディアの取材を避け、当たり障りのないテーマでも口をつぐむようになった。「過去40年で今ほど言論の自由が制限されたことはない」と、ある著名な中国人教授は言う。

中国当局は統制の意図を隠そうともせず、大学の教職員向けの検閲ガイドラインを一般に公開している。それによれば、憲法と共産党指導部の批判は一切許されず、宗教について論じることも禁止されている。



ミイラ取りがミイラに

台湾やチベット、天安門事件など、暗黙のうちにタブーになっているテーマもある。中国に進出したアメリカの大学を調べた米政府監査院(GAO)の最近の報告書によると、中国人学生は自分の言ったことを同級生が当局に知らせるのを恐れて、タブー視されている問題についての発言を自己検閲している。

中国の大学では共産党員が学生に紛れて講義を聞き、内容をチェックしている。学長や学部長、理事長など管理職に昇進できるのは共産党員だけだ。

習政権の汚職一掃キャンペーンを主導する強大な権限を持つ共産党の機関・中央規律検査委員会が最近実施した監査では、欧米の思想を比較的オープンに受け入れている北京大学や清華大学などが「思想的、政治的」に弱体だと批判された。

欧米の大学側は中国の大学と提携することで学問や言論の自由を中国に広げられると主張するが、現実にはミイラ取りがミイラになっている。学問の自由より提携の存続を重視し、中国の検閲に加担するありさまだ。

ケンブリッジ大学出版局の決定も経営上の判断だった。中国の要請に応じなければ、サイト内の全ての論文が中国国内では閲覧できなくなる可能性があったと、同出版局は説明。実際、問題の論文が再び閲覧できるようになると、中国側は独自にアクセス遮断の措置を取った。

【参考記事】「雨傘」を吹き飛ばした中国共産党の計算高さ

それでも、学問の自由の守り手を自任するなら、最初に要請があった時点で毅然として突っぱねるべきだった。気になるのは中国に対する弱腰がケンブリッジに限らないことだ。多くの著名な教育・出版機関がチャイナマネーを失うまいと中国の言いなりになっている。

アメリカの大学は多様な文化圏から留学生を受け入れたり、ドナルド・トランプ米大統領の移民規制に抗議したりして、コストをかけずにリベラルなイメージを売り込んでいる。その割に中国当局に要求されれば、学問の自由をやすやすと譲り渡す。中国当局と良好な関係を保てば、大きな収益がもたらされるからだ。その現実を前にすれば、原理原則はいとも簡単にねじ曲げられてしまう。

欧米の大学と出版局を悩ますのは厳しい二者択一だ。中国の要求に応じて検閲と人権侵害に加担するか、要求を突っぱねて巨額の収益や寄付金を失うか。

このジレンマから抜け出す方法はある。まず欧米の大学の図書館が、検閲に加担する出版局の出版物や学術誌の受け入れを拒否すること。出版局にとっては大学の図書館から締め出されるほうがチャイナマネーを失うより大きな痛手となる。

次に、研究者は検閲に加担した学術誌に論文を提出せず、提出された論文の査読をせず、掲載論文を引用しないことだ。



大学の覚悟が問われる

欧米の大学は中国に対する見方を全面的に再検討する必要がある。彼らが中国に進出して学問の自由を守り、広げられるというのは全くの幻想だ。進出するなら、共産党の宣伝マシンになる覚悟をすること。

そして本国では、学問と言論の自由を断固として守るべきだ。中国の学者を招いて香港の民主化運動について語ってもらう、あるいはダライ・ラマ14世を講演に招くといった場合も、中国当局にお伺いを立てる必要はない。中国人留学生が領土問題などで国家主義的な主張を振りかざし、講師や仲間の学生に嫌がらせをしたら、大学当局はしかるべき処分をするべきだ。

共産党幹部の子供の留学についても一考の余地がある。党幹部の年収は表向き2万ドル足らずのはずなのに、その子供がアメリカの名門大学で学び、自由を謳歌している。中国にいる彼らの親は、欧米の思想や文化の流入を厳しく制限しているというのに。党幹部の子供の留学受け入れについては、暫定的な中止措置を検討してもいい。

【参考記事】日本とアジアの間にそびえ立つ巨大すぎる慰安婦像

加えて、中国の大学に招聘された研究者は学問の自由を圧殺する体制を手放しで称賛するなど、翼賛的な御用学者にならないよう自重する必要がある。

今の中国では文化大革命以来、最大の言論統制の嵐が吹き荒れている。相互交流を通じて中国の大学にリベラルな風を吹き込めるなどと考えるのは甘い。チャイナマネーの誘惑に負けず、原則を貫けるか。欧米の大学の信念が問われている。

From Foreign Policy Magazine

<本誌8月29日発売最新号掲載>


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クリストファー・バルディング(北京大学HSBCビジネススクール准教授)

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