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なぜ祖国パキスタンがマララを憎むのか

ニューズウィーク日本版 2017年9月11日 11時5分

<タリバンによる銃撃から奇跡的な回復を遂げ、ノーベル賞まで受賞した「英雄」が反感を買う理由>

マララ・ユスフザイがツイッターを始めたのは、去る7月7日のこと。今やフォロワーは80万人以上。高校を卒業しました、20歳になりましたといった他愛ないツイートにも、世界中から惜しみない称賛と祝福が寄せられている。

彼女の歩んできた道を考えれば当然だろう。マララは12年にイスラム原理主義勢力タリバンに銃撃されたが生き延び、女子教育の重要性を訴え続けて14年にノーベル平和賞を受賞。今はイギリスを拠点に活動している。

しかし、祖国パキスタンには彼女に批判的な声が少なからずある。ツイッターで彼女を「恥知らず」な「裏切り者」と非難する人もたくさんいた。

なぜだろう? 彼らの主張を要約すればこうなる。マララは偉くない、パキスタンには彼女より苛酷な運命に耐えている子がたくさんいる、そもそもマララがパキスタンのために何をしてくれた? なぜあんなに外国人に愛される? 本当に祖国のことを憂えるなら、なぜさっさと帰国しないんだ!

もちろん、パキスタンにもマララを愛する人はたくさんいる。銃撃直後には現地英字誌ヘラルドの読者投票で「2012年を代表する人物」に選ばれた。ピュー・リサーチセンターによる14年の世論調査でも、回答者の約30%はマララに好意的な見解を抱いていた。そう多い数字ではないが、好意的でない人(約20%)よりは多い。

それでも彼女は「国民的ヒーロー」ではない。ノーベル平和賞受賞が決まった1カ月後の14年11月にはパキスタン私立学校協会が、なんと「わたしはマララではない」デーを設けると発表し、彼女の自伝『わたしはマララ』を発禁処分にすべきだと呼び掛けた。

今年5月には、マララの地元であるスワト地区選出のある議員が、彼女の襲撃事件は「やらせ」だったと発言。パキスタン政府も、あえて否定はしていない。世界中でベストセラーとなった彼女の自伝も、パキスタン国内では決して「飛ぶように売れて」はいない(一部書店はタリバンや地元警察からの圧力で販売を拒んでいる)。

【参考記事】不屈の少女マララが上る大人への階段

陰謀説の背後にあるもの

マララへの反感をあおっているのは、この国にはびこる陰謀説だ。テレビにも宗教家の説教にも学校の教科書にも陰謀説があふれている(ある地元ジャーナリストに言わせれば、陰謀説はパキスタンで唯一の「成長ビジネス」だ)。



陰謀説の最大の供給者にして消費者でもあるのが、保守的で反米感情の強い中産階級。ただし政界のエリートやパキスタン系アメリカ人の一部にも、それを信じる人はいる。

現地の人が陰謀説を信じたくなる背景には、今のマララが暮らす西洋(キリスト教圏)に対する根強い不信感がある。しかも欧米のスパイがパキスタンで暗躍しているという疑念には、それなりの根拠がある。

例えばCIAはかつて、ウサマ・ビンラディンの居場所を突き止めるためにパキスタン人医師シャキール・アフリディを抱き込み、偽の予防接種キャンペーンを実施した。そんな事実が知られている以上、欧米諸国は自己の利益のためにマララを利用していると、多くのパキスタン人が信じるのも無理はない。

13年にマララの家族がアメリカの大手PR会社エデルマンと契約し、マララのメディア露出を管理させているという報道も、パキスタン人の疑念を高めることになった。

マララと教育者の父ジアウディンが掲げる主張も、現地から見れば欧米べったりに見える。保守的で宗教心の強いパキスタンにあって、ジアウディンは左派で世俗政党のアワミ民族党を一貫して支持してきた。

【参考記事】イスラム女性に性の指南書

そしてマララがタリバンに撃たれる前から、父娘は女子教育の必要性を訴えてきた。マララは匿名で英BBCのサイトにブログを書き、米ニューヨーク・タイムズ紙の取材にも応じていた。

マララとジアウディンが発信するメッセージの中核をなす主張――タリバンへの反対と、少女に教育機会を提供することの重要性――は、欧米でも国内でも多くの人の共感を呼んだ。しかしパキスタンのように保守的で男性優位の社会では、そうした主張を煙たがる人も多い。

マララに対する反感の多くは根拠なき妄想の産物だろうが、その根っこにはパキスタン社会の醜い、そして基本的な真実がある。この伝統的な社会には貧困脱出の機会がなく、厳しい階級格差があるということだ。

パキスタンで貧困を脱するのは難しい。15年に国際NPOオックスファムとラホール経営大学が実施した調査によれば、国民を経済力で5階層に分けた場合、最下層に属する家庭の子の40%は死ぬまで最下層を抜け出せないという。

なぜか。貧しい国民の多くにとって、貧困脱出に必要な2つのリソース(教育と土地)を手に入れることは至難の業だからだ。最貧層に属する家庭の子の60%弱は学校に通っておらず、農村部の貧困層の約70%は土地を持っていない。



マララに嫉妬する中間層

もちろん、パキスタンでも急速な都市化で新たな雇用が生まれ、貧困を脱して中産階級の仲間入りを果たす人は増えている。しかし、さらに上流階級への階段を上るのは不可能に近い。

にもかかわらずマララは一介の教師の娘から、一足飛びで世界的なセレブへと上り詰めた。そしてこの秋からは、イギリスの名門オックスフォード大学に進学する。

こんなにも早く、こんなにも劇的な変身を、パキスタンの人々は見慣れていない。だから本当のこととは思えず、何か裏があると思いたくなる。ペシャワル大学のアーマー・ラサ准教授の言うとおり「社会の階段を上ろうとしてもどうせ失敗すると思い込んでいるから、急にリッチになるような人には不信感を抱いてしまう」のだろう。

【参考記事】イランがズンバ(ZUMBA)を禁止--リズミカルな動きは非イスラム的

パキスタンでマララを最も声高に支持しているのが特権階級の人々である理由も、そこにあるのかもしれない。自分が特権階級なら、マララに嫉妬する必要も敵意を抱く必要もない。

しかし苦労して貧困からはい上がり、ようやく中産階級にたどり着いた人たちはどうか。彼らがさらに飛躍して裕福になり、あるいは有名になるチャンスはほとんどない。だからマララが名声を得るようになったことを腹立たしく思う感情が、より強く芽生えるのだろう。

若さ、くじけない力、勇気、国を愛する気持ち。マララが体現するものは、パキスタンという国とその国民が誇るべき資質である。しかし彼女の成功はパキスタンの陰の部分を映し出してもいる。それはテロが絶えず、性差別が根強く残り、陰謀説が渦巻く現実だ。階級格差も深刻で、みんなが共通の価値観を持てる状況ではない。

世界のヒーローが悪者にみえてしまうほど複雑で、引き裂かれた国パキスタン。それでもいつかは戻りたいと、マララは念じている。祖国だから。


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[2017.9.12号掲載]
マイケル・クーゲルマン

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