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中国人観光客、「爆買い」の次は革命ツーリズム

ニューズウィーク日本版 2017年9月19日 12時0分

<ロシア革命からちょうど100年。共産主義と革命の歴史を観光資源に、中国人観光客を呼び込む戦略が大当たり>

雲ひとつなく晴れた朝、モスクワの赤の広場にある霊廟から出てきた中国人観光客の一行は目を赤くしていた。

レンガの壁沿いに長い行列を作っているヨーロッパ人観光客にとって、防腐処理が施されたレーニンの遺体は好奇心の対象でしかない。しかし、中国から来た人々にとっては大きな意味がある。

「100周年にここへ来ることは、年長の世代には特別な経験だ」と、新疆ウイグル自治区の区都ウルムチから来た一行を率いるワン・リン(32)は語る。「若い人にはそれほどでもないのだが」

中国では今、ロシア旅行の人気が高まっている。ロシア国内の約130の旅行会社が加盟する観光協会「国境なき世界」によると、15年には約130万人の中国人がロシアを訪れ、30億ドル近いカネを落とした。

宮殿のようなシャンデリアがまばゆいロシアの地下鉄駅構内で、中国人観光客のグループを見掛けない日はない。モスクワ市内に数多くあるレーニン像の前で自撮り写真を撮る光景も当たり前になった。

さらに、今年は中国人観光客にとって特別な年だ。1917年のロシア革命からちょうど100年。帝政ロシアを倒した二月革命から、レーニン率いるボルシェビキが権力を掌握した十月革命を経て、ソビエト連邦の誕生へとつながった共産主義革命は、ロシアだけでなく中国の運命も大きく変えた。

ロシア連邦観光局によると、今年上半期にロシアを訪れた中国人観光客は、前年同期比で36%増えている。

その原動力の1つとされるのが、中国政府が推奨する「紅色旅遊(赤い観光)」だ。習近平国家(シー・チーピン)主席自ら、共産主義の歴史にとって重要な場所を国内外で訪れることを奨励している。

「中国政府が(紅色旅遊を)積極的に広めているのは、人々に共産主義の価値観を忘れさせないためだ」と、ロシア科学アカデミーに所属する極東研究の専門家ウラジミール・ペトロフスキーは言う。

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控えめなプロパガンダ

ただし、100年前の革命に関連する場所で自撮りにいそしむ中国人の笑顔は、彼らを迎えるロシア人の複雑な感情と奇妙なほどに対照的だ。

もちろん、ロシアは中国人観光客――と彼らのカネ――を大いに歓迎している。しかし一方で、観光客が祝う100年前の出来事を自分たちが国として、どのように評価すればいいのか決めかねているのだ。

旧ソ連時代には毎年、十月革命の記念日に赤の広場で盛大なパレードが繰り広げられたものだ。しかし、ウラジーミル・プーチン大統領は、革命の熱気が街を埋め尽くして政権を転覆させた時代をあまり祝いたくないようだ。かといって、超大国ソ連を生んだ歴史の転換点を政府が進んで批判するわけにもいかない。



ロシア政府は今のところ、革命100周年について公式な見解を出しておらず、最小限の範囲で言及するというアプローチを選んだようだ。国家主義を高揚させるために歴史を利用し、時には独創的に語り直す国にしては、珍しいことだ。

文化省はプーチンの指示を受けて、小規模な展覧会やコンサートを開催している。しかし、第二次大戦の対ナチスドイツ戦勝記念日にモスクワで毎年行われる軍事パレードのような派手なイベントは一切見当たらない。

「ロシア人、特に若い世代は革命の過去を懐かしむこともない。過去を祝うためにカネを費やすつもりもない」と、ペトロフスキーは言う。

ロシアと中国の関係を考えると、ロシアが多くの中国人観光客を迎えるようになったのは、両国がより緊密な外交関係を模索し始めた時期と重なる。

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7月にロシアを訪れた習は、今年3回目となるプーチンとの首脳会談に臨み、両国関係は「歴史上、最高の状態」だと述べた。2人はシャンパンで乾杯する姿を報道陣に撮影させ、両国企業は総額100億ドルの合意を締結した。

「紅色旅遊は控えめなプロパガンダであり、ソフトパワーの道具だ」と、ペトロフスキーは指摘する。両国の友好関係は地政学的に好ましいだけではない。資金不足に苦しむロシアにとって、中国からの経済支援は大歓迎だ。

今年、特に人気が高まりそうなのは、ボルガ川流域のレーニン生誕の地ウリヤノフスク。モスクワから東へ約900キロ離れたこの町を訪れる中国人観光客は、今年は昨年より1000人多い約6000人に達する見込みだ。

ウリヤノフスク側も準備を整えている。路面には、中国語とロシア語でカール・マルクスの名言が記されている。レストランは中国語のメニューを用意。レーニンの生家の近くにあるホテルは、基本的な中国語が分かるスタッフをそろえた。

レーニンが幼い頃に暮らした家など、市内には数多くの記念館がある。旧ソ連時代の服を着て、当時の少年団のトレードマークだった赤いスカーフを首に巻いた中国人グループを見掛けるときもある。



レーニンの人生をたどる

ウリヤノフスクは数年前から中国人観光客の誘致に力を入れてきた。毛沢東の出身地である湖南省韶山との間に、来年にも直行便を就航させる計画だ。

ウリヤノフスクで生まれたレーニンは、ロシア西部のカザンの大学で学び、サンクトペテルブルクで革命を起こして、モスクワにソ連政府を築き、その地に眠っている。直行便が就航すれば、この4都市を回ってレーニンの足跡をたどる「赤い道(レッドルート)」ツアーを中国人観光客に売り込みやすくなる。

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「中国人にとってレーニンはある種の神聖な存在だ」と、ウリヤノフスク市観光局のユリア・ソコロモロファ局長は言う。「彼らはレーニンの母親の像に花を手向ける。ロシア人はそんなことはしない」

しかし、ソコロモロファも革命100周年には複雑な思いを抱いている。「ロシア人と革命の関わりは(中国人とは)違う。あの時代に得たものもあるし、失ったものもある。ただし、新たな革命が起こるのは最悪だ。内戦になりかねない。誰もそれは望んでいない」

近くの記念館の庭園では、巨大なレーニンの頭像が見下ろす噴水の周りを子供たちが跳びはねていた。

From Foreign Policy Magazine


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[2017.9.19号掲載]
エイミー・フェリスロットマン

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