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習近平三期連投のための「党主席論」と王岐山の去就――新チャイナ・セブン予測(3)

ニューズウィーク日本版 2017年9月25日 16時30分

新チャイナ・セブンに関して、習近平が三期連投を狙い「党主席制度」を復活させるのではないかとか、年齢オーバーした王岐山を留任させるのではないかという憶測がある。今回はこのことに関して考察する。

党主席制度復活に関して

習近平国家主席が二期10年という任期に関する規定を破って、三期以上連投するために中国共産党中央委員会(中共中央)総書記制度を「毛沢東時代の党主席制度」に変えようとしているという報道が散見される。「党主席」の全称は「中共中央主席」である。

つまり「中共中央」のトップリーダーの職位の名称を「総書記」から「主席」に戻すのではないかという推測だ。こういった記事あるいは論評を書く人たちは「党主席制度に戻す目的は、習近平が三期(以上の)続投を狙っているからだ」と主張している。

中国共産党の「党主席制度」は、1945年6月から始まり1982年9月まで続いた。毛沢東は他界するまで(~1976年)党主席の職位に留まり続けたので、「習近平も終身、党のトップにいたいと望んで党主席制度を復活させようとしている」と、「党主席制度」論者は言う。

しかし党主席制度があった後半(1960年代半ば)、毛沢東は選挙によって劉少奇が「国家主席」に選ばれたことを恨み、何としても「国家主席」の座を有名無実にしようと、文化大革命(1966~76年)を起こして劉少奇を逮捕獄死させた。その後「国家主席」の座は空白のままで、国家副主席が外国大使受け入れの国書を授与する役割などを果たした。そして「党主席」の座だけを残して、終身その座を離さなかったのである。

「双主席」といって、「国家主席」と「党主席」と、「主席」がダブルで国家の上に立つことは不自然であるとして、毛沢東の独裁を再現させないためにも、文化大革命が終わったあとの1982年の第12回党大会で「党主席制度」は撤廃され「党総書記制度」が導入された。これはすなわち、改革開放(1978年12月)を象徴する制度でもあったのだ。

中国共産党規約には総書記の任期に関する制限規定はない

「党主席制度」復活論者たちは、何か勘違いをしているのではないかと思うが、もし習近平が三期以上、党のトップの座に居続けたいという目的だけなら、「党主席制度」など必要ない。

なぜなら中国共産党規約には、実は「総書記に関する任期制限」は明記してないからだ。

憲法で規定されているのは「中国人民政府」に関する「国家主席」と「国務院総理」の任期であって、党の人事に関しては書いてない。国家主席と国務院総理は一期5年、二期(10年)を越えてはならないと憲法で規定している。



日本でも、国会や内閣に関しては日本国憲法に規定があるが、「自民党の規約」に関して憲法には書いてないのと同じ理屈だ。

結果、もし習近平が二期以上、総書記でいたければ、党主席制度など復活させなくとも、党大会、あるいは選出母体である中共中央に諮れば良いだけである。国家主席の座は憲法の制約により引退したとしても、党の総書記でい続けることは可能だ。

ただその時に「党主席制度」を復活させれば、「国家主席」と「党主席」という、同じ「主席」の名称を持つ職位が二つ存在することになり、昔の「双主席」論議が、又もや持ち上がるだろう。

「双主席」時代に起きた文化大革命という悲劇が再び起きないように、鄧小平は敢えて「中共中央総書記、国家主席、中央軍事員会主席」の三つの座を「一人が担えば争いは起きない」と期待して、江沢民に全てを担わせた。それが腐敗天国を創りあげる源となっている。

中央軍事委員会には、もう一つの「主席」が

「主席」の職位にはもう一つ「中央軍事委員会主席」がある。

今年7月30日、中国人民解放軍建軍90周年記念の軍事パレードが内モンゴルの野戦場で行なわれた。2015年末日に断行された軍事大改革によって、軍の命令系統はすべてが中央軍事委員会の直属に置かれ、習近平・中央軍事委員会主席自身が軍の最高司令官と位置付けられた。それを具現化し印象づけるために、天安門広場ではなく野戦場を選んだ。

したがって、当然のことながら、中央軍事委員会主席と副主席を中心として軍事パレードが行なわれ、形式的なチャイナ・セブン(習近平政権の中共中央政治局常務委員会委員7名)が揃う形を取っていない。

そして兵士は、これまでの「首長」という言葉で習近平に敬意を表する代わりに「主席閣下」という名称で習近平の「皆さん、ご苦労様!」という挨拶に答えた。ここでいう「主席閣下」は「中央軍事委員会主席」のことで、「党主席」ではない。

しかし、これを以て、"毛沢東だけに与えられた「党主席」復活への闘いの烽火(のろし)だ"と分析した記事を見たことがある。おまけに"チャイナ・セブンが出席していないのがその証拠だ"という趣旨のことが書いてあったように思う。

権力闘争で全てを読み解こうとすると、こうした誤読をしてしまうのではないだろうか。

なお、中央軍事委員会主席の任期もまた、党規約には書かれていない。

したがって、現行の党規約のままで、中央軍事委員会主席の座を維持しようと思えばできる。



もっとも、中央軍事委員会は、中共中央で選出される「中共中央軍事委員会」と、立法機関である全人代で追認される「国家(中華人民共和国)中央軍事委員会」の二枚看板がある(構成メンバーは完全に同一)。そのため憲法で制限されているのではないかと思われるだろうが、これも選出母体が中国共産党機関なので、憲法には軍に関する任期制限が書いてない。

「軍は党の軍である」という大原則があるためと、言うこともできる。

したがって、もし中共中央の最高トップ(総書記)および中央軍事委員会の最高トップ(主席)を続投しようと思えば、憲法改正をしなくても、ましていわんや「党主席制度」などを復活させなくとも、現在の規定のままで可能なのである。

なお江沢民は1989年11月から2004年9月まで中共中央軍事委員会主席(1990年3月から2005年3月まで国家中央軍事委員会主席)の座に就いていた。15年間だ。

王岐山の去就

チャイナ・セブンには不文律の年齢制限があり、一応「70歳定年」ということになっている。鄧小平が、文革を支えた毛沢東派である「老人組」の干渉を阻止するために導入した。党大会が開催される時にピッタリ「70歳」という人は滅多にいないので、67歳なら政治局常務委員の候補に挙がっていいが、68歳なら候補から外すことにした。これを「七上八下」と称するようになった。本来の中国語の「七上八下」は「上を下への大騒ぎ」いう意味で、「七上八下」という言い方は庶民が付けたもので、党の側にはこの呼称はない。

ところで、習近平が三期(以上)続投するために、今年69歳になり年齢制限をオーバーする王岐山をチャイナ・セブンに残すことによって前例を作ろうとしているという「噂」が盛んに報道されるようになった。その前例を理由にして習近平が三期(以上)続投しようとしているとの推測だ。

しかし、何も王岐山の前例など創らなくとも、党規約に書いていない不文律なので、中共中央で「この慣習は見直すべきだ」と決議すればそれで済むこと。王岐山ごときを前例にして「紅い皇帝」でいようなどと考える必要はない。

事実、王岐山は早くからチャイナ・セブンには残らないと周りに言っている。「自分は中央規律検査委員会書記として、あまりに多くの党幹部を逮捕投獄してきたので恨みを買いすぎ、これ以上恨まれ続けるのが嫌だから」、というのが理由だ。いつ暗殺されるか分からない。最近になって、日本のメディアでも王岐山自身がこのまま退任したいと言っていることがチラホラ報道されるようになっている。



ただ王岐山は、9月22日、トランプ政権の元首席戦略官スティーブ・バノンと北京で密会している。大陸では報道されておらず、欧米の中文メディアがスクープした。バノンを王岐山に紹介したのはゴールドマン・サックスのCEOだったジョン・ソーントン。ソーントンは清華大学の蘇世民書院の客員教授だ。拙著『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第一章に書いた習近平が操る清華大学経営管理学院顧問委員会のシュワルツマン(蘇世民。ブラックストーンCEO)が建てた人材開発プロジェクトのメンバーである(顧問委員会全員のリストは拙著のp.31~34に。ほぼ米巨大財界が占めている)。

七上八下を否定する目的で王岐山を残すことは考えにくいが、彼の本来の領域である金融分野(における米中交渉)で活用することはあり得るかもしれない。

習近平は何のために続投をしようとしているのか

もし習近平が三期(以上)の続投を狙っているとすれば、それは何のためか。

一つ目は暗殺されないようにするためである(そのためなら王岐山を残しておきたいという気持ちはあるかもしれない)。

なぜなら彼は「反腐敗運動」に手を付けてしまった。あまりに多くの恨みを買っている。ところが中国共産党の大小幹部の腐敗は底なしだ。すべての腐敗分子を徹底して摘発逮捕していたら、共産党員がいなくなってしまうほどに闇が深い。

これを解決するには一党支配体制をやめるしかないのだ。

つまり中国を民主化するしか道はないのである。そのことを習近平は知っているはずだ。

したがって二つ目の目的は、「民主化を防ぎ、一党支配体制の崩壊を防ぐため」である。

日中戦争時代に毛沢東が日本軍と共謀したという事実を覆い隠し、嘘をつき続けるために、何としても一党支配体制を崩壊させる訳にはいかない。

なお、もし習近平政権二期目に憲法改正の兆しが出て来たら、国家主席の続投も視野に入れる可能性が出てくる。


[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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