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ロヒンギャ弾圧に不感症な日本外交

ニューズウィーク日本版 2017年9月28日 15時30分

<国際社会が非難するミャンマーの民族浄化を、人権重視の日本が「看過」するのはなぜか>

民族浄化の典型例だ――。9月11日、国連人権高等弁務官のゼイド・ラアド・アル・フセインは、ミャンマー(ビルマ)で続くイスラム系少数民族ロヒンギャに対する弾圧を、強い口調で非難した。

8月下旬頃から新たに始まったとみられるロヒンギャに対する虐殺行為は、過去最大規模とも目されている。国際的な人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が衛星写真で確認したところ、これまでにロヒンギャが住む62の村落が焼き打ちに遭い、40万人以上が隣国バングラデシュへの避難を余儀なくされている。

ミャンマー政府が「自国民でない」とするロヒンギャを強制排除することが目的で、責任は「ミャンマー国軍にある」と、HRWは結論付けている。

国際社会はこれまでもロヒンギャ弾圧を繰り返し非難してきた。ただ、国連の人権問題トップによる「民族浄化」発言はかつてなく強い表現だ。これに触発されたかのように米英、フランスなど主要国の首脳や閣僚らからも非難の声が相次いだ。遅ればせながら日本も9月21日、堀井巌外務政務官がミャンマーの首都ネピドーでチョウティンスエ国家顧問府相と会談し「住民殺害」に懸念を表明した。

さすがは「人間の安全保障」を前面に掲げる安倍外交。人権弾圧には黙っていられないという姿勢を示した――と、胸を張ることはできないだろう。ロヒンギャ弾圧に対して、日本の外務省はこれまで対応が後手に回ってきたばかりか、被害者のロヒンギャよりも加害者であるミャンマー当局に寄り添うかのごとく振る舞ってきたからだ。

「外務省のポリシーは、ミャンマー軍と同じだ」。20年前、当時のミャンマー軍政やロヒンギャ弾圧を批判したことで当局に追われ日本へ亡命し、現在は埼玉県に住むロヒンギャのゾーミントゥット(45)は、外務省の対応を辛辣に批判する。

「加害者」を擁護する?

外務省の姿勢を表すものの1つは、既にロヒンギャ弾圧への世界の注目が高まっていた8月29日に外務省が発表した外務報道官談話だ。そこにはこう書かれている。「ミャンマー・ラカイン州北部各地において発生している治安部隊等に対する襲撃行為は絶対に許されるものではなく、強く非難するとともに、犠牲者のご遺族に対し、心からの哀悼の意を表します」

この談話を読む限り、外務省にとって主たる犠牲者はロヒンギャではなく、ミャンマーの治安部隊ということになる。これは、かねてミャンマー政府が繰り返してきた主張と一致する。だが、バングラデシュに逃れ着いたロヒンギャが国外にいる親族らに語ったところによれば、治安部隊こそ「襲撃行為」を行っている当事者だ。



確かに、一部の暴徒化したロヒンギャが当局に危害を加えたとの報道がある。だが国連も認めるように、その原因となったのは一般ロヒンギャに対する弾圧だ。外務省はその点、当局を批判する声明を出していない。

被害者と加害者の立場が逆ではないかとの本誌の取材に対し、外務省は談話をなぞるような回答をした上で、「約40万人が避難民として流出していることに対し、深刻な懸念を有している」という、堀井政務官が後日ミャンマー政府に伝えた内容を後付けで補足した。

不思議なことに、談話にはロヒンギャという言葉がひとことも出てこない。欄外で「参考」として、暴徒化したとされる「アラカン・ロヒンジャ救世軍」という武装勢力の固有名詞を出しているだけだ。

当時、国連だけでなく、世界各国のメディアが繰り返し報じていたロヒンギャの言葉が、なぜこの発表を含め外務省の公式文書には出てこないのか。実は、これもミャンマー政府の「意向」に沿うものだ。

ミャンマー政府に対する非難を日本政府に求める在日ロヒンギャのデモ行進(東京・渋谷、9月) Yusuke Maekawa-NEWSWEEK JAPAN

ミャンマーに詳しいジャーナリストの田辺寿夫によれば、ミャンマー政府はロヒンギャという名称のみならず、その存在すら認めていない。そのため日本も「ミャンマー政府に忖度しているのだろう」と、田辺は言う。

実際、ロヒンギャへの支援について9月19日に緊急記者会見を行った河野太郎外相も、「ラカイン州のムスリム」と呼んだ。政府間の協議ではロヒンギャの呼称を使用しているのかと本誌が外務省に問うと、「ミャンマー政府とのやりとりの内容について言及することは差し控えたい」と回答するだけだった。

日本がロヒンギャ問題で国際社会に反するような動きをしたのは今回が初めてではない。今年3月、国連人権理事会は弾圧の実態を調べるために「事実調査団」設置の決議を採択した。ミャンマーでの調査活動を求めるもので、弾圧の真相が明らかになると期待された。

結局、ミャンマー政府が調査団の受け入れを拒否したため現地調査は実現していない。ただ問題なのは、日本政府がこの調査団の設置に不支持を表明していたことだ。ミャンマー自身が判断する事案だからというのが理由のようだが、HRW日本代表の土井香苗は日本政府の姿勢を「破廉恥」と切り捨てる。



戦後メンタリティーの影響

なぜ、日本はそこまでミャンマー政府の肩を持つのか? 土井は「(日本にとってミャンマーは)ODA(政府開発援助)との関係もあるし、地政学的に中国の隣ということもあり重要な国。ひとことで言えば、軍を主とするミャンマー政府を怒らせたくないということだろう」と指摘する。そのため「通常は欧州(の動き)に呼応する日本だが、ミャンマーの人権関連ではダブルスタンダードも多い」。

確かに近年の中国の拡張政策を考えれば、日本に「味方」を失いたくない事情はある。一方で、人権問題を表立って批判しないのは日本人の戦後メンタリティーに由来するとの声もある。

元外交官で岡本アソシエイツの岡本行夫代表は、戦後の十字架を背負っていることと無関係ではないと指摘する。「人権問題について何か言うと、『そんなこと言えた義理か』という反発を気にして、しゃべらないほうがいいというメンタリティーになっている」。日本さえ悪事を働かなければ世界の常識と公平さの上に万事うまくいく――。岡本はこうした戦後教育による影響から、「日本は悪い人を悪いと呼ぶことの挙証責任を避けたがる傾向にある」と言う。

9月1日、東京・渋谷で在日ロヒンギャによるミャンマー政府への抗議デモが行われた。群馬・館林から来たという中学2年のロヒンギャ難民の男子生徒に、いま最もつらいことは何かと問うと、こう答えた。「僕たちが平和な日本で不自由のない暮らしをしているのに、親族が祖国で泥沼の湿地帯を歩いて逃げ回っていること」。外務省はこれをどう受け止めるのか。

「人間の安全保障」を前面に掲げる日本外交。だが今のままでは、ロヒンギャ弾圧というミャンマーの黒歴史に「関与」したという不名誉な過去を刻みかねない。

<本誌2017年9月26日発売最新号掲載>


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前川祐補(本誌編集部)

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