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北朝鮮に国連経済制裁は効いているのか? なお続く核・ミサイル開発

ニューズウィーク日本版 2017年9月29日 14時0分

2017年8月5日に採択された国連安保理決議第2371号では、北朝鮮に対する追加的経済制裁措置として、加盟国が北朝鮮から石炭や鉄および鉄鉱石、鉛および鉛鉱石、海産物(魚、甲殻類、軟体動物およびその他のすべての形態の水生無脊椎動物を含む)を輸入することを禁止するとともに、追加的な北朝鮮労働者の雇用、北朝鮮との新規の合弁企業もしくは共同事業体(JV)の開設または既存の合弁企業の拡大を禁止した。さらに、9月3日の核実験を受けて11日に採択された国連安保理決議第2375号では、加盟国の石油製品の対北朝鮮輸出を年間200万バレル(約27万トン)に制限、原油の年間の対北朝鮮輸出を過去12カ月の実績(約30.4万トン)を上限に設定するとともに、北朝鮮からの衣類と繊維製品も全面禁輸となった。

対中禁輸で大打撃か

今回の制裁措置は、核実験と日本列島の上空を超える弾道ミサイルの発射という「大きな違反行為」に国際社会が一致団結して対応するためのものであった。

とはいえ、米韓合同軍事演習は何があってもやめない方針の米国と、核実験やミサイル発射の停止とバーターで、北朝鮮の嫌がる米韓合同軍事演習の停止を検討すべきと共同提案する中ロの間には大きな隔たりがあり、それが制裁決議の内容にも反映された(米国が主張する金正恩朝鮮労働党委員長の渡航禁止や資産凍結の追加や、原油・石油製品の全面禁輸は見送られた)。

安保理の2回にわたる決議による制裁は、主に北朝鮮の中国に対する輸出(16年の北朝鮮の輸出の88%は対中輸出)の上位品目を狙い撃ちにしている。この制裁の狙いは一義的に、北朝鮮の外貨獲得源を絶つことによって核、ミサイル開発の資金調達を困難にすることだ。同時に、経済開発と核武力開発が両立しないこと、すなわち13年3月に北朝鮮が打ち出した「並進路線」は実行不可能であることを、金委員長をはじめとする北朝鮮の指導部に分からせることも目的であると考えてよいだろう。

図は、今回新たに制裁の対象となった品目が12~16年の北朝鮮の対中輸出に占める割合を計算したものだ。年によって若干の違いはあるが、87~90%を占めている。従って、北朝鮮の対中輸出は大打撃を受けることになる。



労働者の賃金については、ロシアの方が高く(建設労働者は時間外のアルバイトによる副収入も多い)、中国は相対的に低い。ただし、人数拡大の余地は中国の方が可能性が高く、中国がこれ以上労働者数を増やさないとすれば、ロシアの動向が鍵となる。


 
国連安保理決議による制裁以外にも、中国は今年に入って、北朝鮮からの石炭輸入を中止したり(2月19日~年末)、ガソリンやディーゼルオイルといった石油製品の輸出を制限したりしている。さらに、北朝鮮のパスポートを使って開設された銀行口座について、中国国内に実際に居住している人々を含め、口座の閉鎖を要求、これまでに無い強力な独自制裁を行っている。これは米国が今年6月末に、遼寧省丹東市にある地方銀行「丹東銀行」を二次的制裁の対象とすることを発表する前からの措置だ。

制裁の各産業への影響

このような制裁は北朝鮮にどのような影響を与えるのか。まず、経済的な側面を見てみよう。北朝鮮は国内総生産を含むさまざまな統計数値を公開していないので、貿易相手国の貿易統計から貿易額を逆算することでしか信頼できる数値が導きだせない。

北朝鮮の対中輸出は、01年に1.67億ドルだったものが、06年に4.68億ドル、10年に11.88億ドルになり、石炭輸出が急増した翌11年には24.64億ドル、16年は26.34億ドルであった。北朝鮮の対中輸出が急増したのはここ5~6年ほどで、その多くは石炭と鉄鉱石、銅鉱石等の鉱物の輸出であった。

対中輸入は、01年に5.71億ドル、06年に12.32億ドル、10年に22.78億ドル、11年に31.65億ドル、16年に34.22億ドルと対中輸出の伸びとおおむね一致した変化となっている。

輸入品目は、最近は電気・電子、機械類、自動車、繊維類(完成品と原材料)が多い。これらの品目は北朝鮮の各種産業の近代化や生産の増加、衣類の委託加工生産の原料、国民の生活に関連した輸入であると考えてよい。従って、産業の近代化への投資は一時停止するだろうし、民間の需要も外貨収入の減少に伴い、徐々に鈍化していくであろう。

制裁で輸出できなくなった鉱業や漁業、水産加工、繊維の委託加工生産以外の産業で、影響が最も多く出ると考えられる部門は農業だ。農業部門は化学肥料や農業用ビニール、優良な種子、揚水ポンプを含む農業機械類、石油(ガソリン、ディーゼルオイル)などの投入が必要だが、外貨収入の大幅な減少のため、これらの輸入が相当落ち込むと考えられる。

この影響は農産物価格の高騰という形で一部は消費者に転嫁され、残りは農業者個人や個々の共同農場が持つ外貨蓄積を取り崩す形で補われ、残りは生産の低迷という形で現れるだろう。とはいえ、農業は天候にも左右されるので、制裁の影響がどの程度なのかを正確に判断することは難しい。また、農産物価格の上昇や農業者の創意工夫をさらに刺激する政策の実施で、生産意欲が刺激され、不利な条件をある程度克服することも可能かもしれない。

北朝鮮の経済発展は公式にはアナウンスされないが、民間部門の成長によってけん引されている部分も多く、これまでの石炭や鉱物類の輸出で、これらの生産の一部を担ってきた民間部門にも相当の外貨が生産原価として落ちていると考えられる。年間20億ドルの輸出品の生産原価を仮に15億ドルとして、そのうち5%なら年間7500万ドル、10%なら1億5000万ドルが民間部門の利益となっていたのではないかと考えられる。

従って、輸出の鈍化は民間部門の成長の鈍化の要因ともなる。とはいえ、制裁による状況の変化を逆に好機と捉える生産者も居るだろうし、サービス業には直接的な影響は少ないだろうから、制裁の国内経済への影響を正確に計算することは容易ではない。また、制裁の効果が出るまでには一定の期間が必要で、あと半年から1年くらいは様子を見る必要があるだろう。



核・ミサイル開発かえって加速か

では、政治的な影響はどうか。北朝鮮は8月の決議後、同月7日に政府声明を発表し(朝鮮中央通信17年8月7日発)、「徹頭徹尾、米国の極悪無道な孤立圧殺策動の産物」であるとし、自国に対する「全面的な挑戦」であるとしてこれを拒否している。また「米国の反共和国策動と核による威嚇が続く限り、誰が何を言おうとも自衛的核抑止力を対話のテーブルに上げることはなく、既に選択した国家核武力強化の道から一寸とも離れることは無いであろう」としている。

9月の決議後、同月13日に外務省報道を出し(朝鮮中央通信17年9月13日発)、同様に同決議を「排撃」している。これらの反応を見ると、北朝鮮は制裁を自国に対する敵対行動であると理解し、これらに対応して核抑止力をさらに強化する必要があると判断している。制裁の効果が出る前に核、ミサイル開発を完成させ、米国を屈服させる。北朝鮮はそういう「賭け」に出たと言ってもいい。従って、北朝鮮の核、ミサイル開発を停止させるという目標から見れば、逆に開発を急がせる結果となり、逆効果となった。


[執筆者]
三村光弘(みむら・みつひろ)
環日本海経済研究所主任研究員
1969年生まれ。大阪外国語大学外国語学部朝鮮語学科卒業、大阪大学大学院法学研究科博士後期課程修了、法学博士。研究分野は北朝鮮経済と北朝鮮の経済法、朝鮮半島の南北関係と法。南北朝鮮と中国、ロシアを頻繁に訪問し、現地調査や現地の研究者との交流を行っている。

※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。




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三村光弘(環日本海経済研究所主任研究員)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載

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