北朝鮮が日本をターゲットにし始めた。その理由は簡単。中国が北の先制攻撃に軍事的警告を発したのは「アメリカ領」であって、「日本」ではないからだ。中国の報復攻撃に怯えている北は、反日中国を意識している。
環球時報の北に対する警告を熟読してほしい
筆者は何度も中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹紙である「環球時報」が北朝鮮に対して警告を発したことを書き続けてきた。たとえば、
●8月13日付けコラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」
●8月15日付けコラム「北の譲歩は中国の中朝軍事同盟に関する威嚇が原因」
●9月4日付けコラム<中国が切った「中朝軍事同盟カード」を読み切れなかった日米の失敗>
などである。
もう一度、その部分を復習しよう。
8月10日、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は社説として以下の警告を米朝両国に対して表明した。
(1)北朝鮮に対する警告:もし北朝鮮がアメリカ領を先制攻撃し、アメリカが報復として北朝鮮を武力攻撃した場合、中国は中立を保つ。(筆者注:中朝軍事同盟は無視する。)
(2)アメリカに対する警告:もしアメリカが米韓同盟の下、北朝鮮を先制攻撃すれば、中国は絶対にそれを阻止する。中国は決してその結果描かれる「政治的版図」を座視しない。
(3)中国は朝鮮半島の核化には絶対に反対するが、しかし朝鮮半島で戦争が起きることにも同時に反対する。(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦にも反対する。この立場において、中国はロシアとの協力を強化する。
この内の(1)と(3)は、北朝鮮にとっては存亡の危機に関わる脅威である。もし北朝鮮がグアムなどのアメリカ領を先制攻撃してアメリカから報復攻撃を受けた場合、中国は北朝鮮側に立たないということであり、その際、ロシアもまた中国と同じ立場を取るということを意味する。
北朝鮮にとって中国は世界で唯一の軍事同盟を結んでいる国なので、中国が「中朝軍事同盟を無視する」と宣言したとなれば、北朝鮮は孤立無援となる。北朝鮮の軍事力など「核とミサイルと暴走」以外は脆弱なものだ。韓国や日本には大きな犠牲を招くだろうが、アメリカと一国で戦えば全滅する。したがって14日、グアム沖合攻撃は延期(実際上放棄)することを表明した。
この文章をしっかり頭に入れていただきたい。
「日本領」とは書いていないことに注目すべき
肝心なのは、環球時報の警告文の中には、「日本領」とも書いてなければ、「在日米軍基地」とも書いていないことである。すなわち
「北朝鮮が日本あるいは在日米軍基地を先制攻撃して米軍による報復攻撃をした場合、中国は中立を保つ」
とは書いてないことである。
中国はあくまでも安倍政権が軍国主義の方向に向かっているとして、中央テレビ局CCTVでは日本よりも詳しく安保関連法案や憲法改正(特に九条)などに関して毎日のように報道してきた。「モリカケ」問題に関しても特集を組んだり、反安倍報道なら、喜んで報道する特徴を持っている。
どんなに「日中雪解け」的な報道が日本であったとしても、それは一帯一路に日本を組み込みたい中国の魂胆があるだけで、「反日」の姿勢は絶対に代わらない。中国共産党の一党支配体制が崩壊するまで、その要素は絶対不変だと筆者は断言できる。中国の地に生を受け、革命戦争を経験し、毛沢東思想の洗礼を受け、76年間、この中国共産党との葛藤を続けてきたのである。それを学習できなかったとすれば、生き残ってきた意味さえないではないか。これは筆者の生涯を賭けて苦しんできた闘いの結果、初めて出せる結論なのである。
習近平にとっては反日を叫んでいなければ、「毛沢東が建国前の日中戦争において、日本軍と共謀していた事実」が明るみに出る。これだけは絶対に避けたいために言論弾圧をヒステリックなほど強化している。グローバル化が進めば進むほど、「嘘をつき続けることが困難になる」からである。
だから中国は決して北朝鮮に「北朝鮮が日本あるいは在日米軍基地を先制攻撃して米軍による報復攻撃をした場合、中国は中立を保つ」とは言わない!
金正恩もまた、このニュアンスは嫌というほど「理解」しているはずだ。
だから、もしかしたら中国による北朝鮮に対する武力攻撃があるかもしれないと察知した北朝鮮は、中国が政権の中心に置いている「反日姿勢」に迎合することを選んだのであろう。反日国家を武力攻撃するのは、中国にも躊躇が生まれる。尖閣を奪うためにも不利となるからだ。
結果、金正恩にとって、「反日は(中国に対する)最高の保身」となるのである。
韓国も「反日」を叫んでいる限り、安泰だ。中国に保護される。
日本は「反日の根深さ」を見逃さないように
日本のメディアは最近、「なぜ北朝鮮は日本をターゲットにし始めたのか」に関して苦労しながら分析しようとしている。そのいずれも的を射ていない。
それは中国の本心も北朝鮮の建国時の姿勢をもご存じないからだろうと思う。
中国の革命戦争を潜り抜け、朝鮮戦争の時は戦火の延吉で朝鮮族とともに日々を過ごした筆者としては、せっかく生き延びているのだから、少しでも自分の原体験を活かして、日本の役に少しでも立つことが出来れば、生き残った甲斐も少しはあるのかと、私見をしたためた。
米中は圧力と対話で共通認識
なお、10月2日付けのコラムで<中国が北朝鮮を攻撃する可能性が再び――米中の「北攻撃」すみ分けか>と書いたが、これは決して「武力攻撃」が決定的となったという意味ではない。あくまでも「万一にも米軍の先制攻撃となった時には、中国が米軍に代わって北朝鮮を武力弾圧する」という意味であって、中国はロシアとともに基本、「対話による解決」を掲げている。
ティラーソンの発言は、この中国の「対話による解決」にも、臨機応変に対応しているということだ。そして中国は米軍の武力行使にも、やはり臨機応変に対応し、米中が話し合いの上で呼応しながら動いていることを言いたかっただけである。
中国が先制攻撃をした場合は、当然北朝鮮には中国に都合のいい政権を創建することになるので、ロシアとしても文句はないだろう。そのために中露は今年7月に(平和のために)共闘することを誓った共同声明を出している。
中国は北朝鮮に経済繁栄をもたらす改革開放体制を望んでいる。これは鄧小平以来の念願でもある。米軍は韓国に駐在する必要も無くなり、「新米中蜜月」の中で、中国はやがて世界のトップに躍り出ようという野望を持っている。
ロシアは中国を介してアメリカとは、ほどよく友好的になる可能性を持っている。
このシナリオの中で、中国が何としても絶対に譲らないのは「反日姿勢」である。
中国共産党が日中戦争において日本軍と共謀していた事実が明るみに出ないようにするために、それだけは貫徹する。日本の真の平和は、中国の民主化によってしかもたらされない。
日本の政治家は、大局的視点を持っていただきたい。
「習近平が会ってくれる」とか「訪日して下さるかもしれない」などということを政権の宣伝に使うなど、情けないではないか。毅然と、現実を客観的に見る根性と思考力を望む。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
環球時報の北に対する警告を熟読してほしい
筆者は何度も中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹紙である「環球時報」が北朝鮮に対して警告を発したことを書き続けてきた。たとえば、
●8月13日付けコラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」
●8月15日付けコラム「北の譲歩は中国の中朝軍事同盟に関する威嚇が原因」
●9月4日付けコラム<中国が切った「中朝軍事同盟カード」を読み切れなかった日米の失敗>
などである。
もう一度、その部分を復習しよう。
8月10日、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は社説として以下の警告を米朝両国に対して表明した。
(1)北朝鮮に対する警告:もし北朝鮮がアメリカ領を先制攻撃し、アメリカが報復として北朝鮮を武力攻撃した場合、中国は中立を保つ。(筆者注:中朝軍事同盟は無視する。)
(2)アメリカに対する警告:もしアメリカが米韓同盟の下、北朝鮮を先制攻撃すれば、中国は絶対にそれを阻止する。中国は決してその結果描かれる「政治的版図」を座視しない。
(3)中国は朝鮮半島の核化には絶対に反対するが、しかし朝鮮半島で戦争が起きることにも同時に反対する。(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦にも反対する。この立場において、中国はロシアとの協力を強化する。
この内の(1)と(3)は、北朝鮮にとっては存亡の危機に関わる脅威である。もし北朝鮮がグアムなどのアメリカ領を先制攻撃してアメリカから報復攻撃を受けた場合、中国は北朝鮮側に立たないということであり、その際、ロシアもまた中国と同じ立場を取るということを意味する。
北朝鮮にとって中国は世界で唯一の軍事同盟を結んでいる国なので、中国が「中朝軍事同盟を無視する」と宣言したとなれば、北朝鮮は孤立無援となる。北朝鮮の軍事力など「核とミサイルと暴走」以外は脆弱なものだ。韓国や日本には大きな犠牲を招くだろうが、アメリカと一国で戦えば全滅する。したがって14日、グアム沖合攻撃は延期(実際上放棄)することを表明した。
この文章をしっかり頭に入れていただきたい。
「日本領」とは書いていないことに注目すべき
肝心なのは、環球時報の警告文の中には、「日本領」とも書いてなければ、「在日米軍基地」とも書いていないことである。すなわち
「北朝鮮が日本あるいは在日米軍基地を先制攻撃して米軍による報復攻撃をした場合、中国は中立を保つ」
とは書いてないことである。
中国はあくまでも安倍政権が軍国主義の方向に向かっているとして、中央テレビ局CCTVでは日本よりも詳しく安保関連法案や憲法改正(特に九条)などに関して毎日のように報道してきた。「モリカケ」問題に関しても特集を組んだり、反安倍報道なら、喜んで報道する特徴を持っている。
どんなに「日中雪解け」的な報道が日本であったとしても、それは一帯一路に日本を組み込みたい中国の魂胆があるだけで、「反日」の姿勢は絶対に代わらない。中国共産党の一党支配体制が崩壊するまで、その要素は絶対不変だと筆者は断言できる。中国の地に生を受け、革命戦争を経験し、毛沢東思想の洗礼を受け、76年間、この中国共産党との葛藤を続けてきたのである。それを学習できなかったとすれば、生き残ってきた意味さえないではないか。これは筆者の生涯を賭けて苦しんできた闘いの結果、初めて出せる結論なのである。
習近平にとっては反日を叫んでいなければ、「毛沢東が建国前の日中戦争において、日本軍と共謀していた事実」が明るみに出る。これだけは絶対に避けたいために言論弾圧をヒステリックなほど強化している。グローバル化が進めば進むほど、「嘘をつき続けることが困難になる」からである。
だから中国は決して北朝鮮に「北朝鮮が日本あるいは在日米軍基地を先制攻撃して米軍による報復攻撃をした場合、中国は中立を保つ」とは言わない!
金正恩もまた、このニュアンスは嫌というほど「理解」しているはずだ。
だから、もしかしたら中国による北朝鮮に対する武力攻撃があるかもしれないと察知した北朝鮮は、中国が政権の中心に置いている「反日姿勢」に迎合することを選んだのであろう。反日国家を武力攻撃するのは、中国にも躊躇が生まれる。尖閣を奪うためにも不利となるからだ。
結果、金正恩にとって、「反日は(中国に対する)最高の保身」となるのである。
韓国も「反日」を叫んでいる限り、安泰だ。中国に保護される。
日本は「反日の根深さ」を見逃さないように
日本のメディアは最近、「なぜ北朝鮮は日本をターゲットにし始めたのか」に関して苦労しながら分析しようとしている。そのいずれも的を射ていない。
それは中国の本心も北朝鮮の建国時の姿勢をもご存じないからだろうと思う。
中国の革命戦争を潜り抜け、朝鮮戦争の時は戦火の延吉で朝鮮族とともに日々を過ごした筆者としては、せっかく生き延びているのだから、少しでも自分の原体験を活かして、日本の役に少しでも立つことが出来れば、生き残った甲斐も少しはあるのかと、私見をしたためた。
米中は圧力と対話で共通認識
なお、10月2日付けのコラムで<中国が北朝鮮を攻撃する可能性が再び――米中の「北攻撃」すみ分けか>と書いたが、これは決して「武力攻撃」が決定的となったという意味ではない。あくまでも「万一にも米軍の先制攻撃となった時には、中国が米軍に代わって北朝鮮を武力弾圧する」という意味であって、中国はロシアとともに基本、「対話による解決」を掲げている。
ティラーソンの発言は、この中国の「対話による解決」にも、臨機応変に対応しているということだ。そして中国は米軍の武力行使にも、やはり臨機応変に対応し、米中が話し合いの上で呼応しながら動いていることを言いたかっただけである。
中国が先制攻撃をした場合は、当然北朝鮮には中国に都合のいい政権を創建することになるので、ロシアとしても文句はないだろう。そのために中露は今年7月に(平和のために)共闘することを誓った共同声明を出している。
中国は北朝鮮に経済繁栄をもたらす改革開放体制を望んでいる。これは鄧小平以来の念願でもある。米軍は韓国に駐在する必要も無くなり、「新米中蜜月」の中で、中国はやがて世界のトップに躍り出ようという野望を持っている。
ロシアは中国を介してアメリカとは、ほどよく友好的になる可能性を持っている。
このシナリオの中で、中国が何としても絶対に譲らないのは「反日姿勢」である。
中国共産党が日中戦争において日本軍と共謀していた事実が明るみに出ないようにするために、それだけは貫徹する。日本の真の平和は、中国の民主化によってしかもたらされない。
日本の政治家は、大局的視点を持っていただきたい。
「習近平が会ってくれる」とか「訪日して下さるかもしれない」などということを政権の宣伝に使うなど、情けないではないか。毅然と、現実を客観的に見る根性と思考力を望む。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)