<米史上最悪の銃乱射事件の発生を受けても、銃規制に向けた積極的な動きは見られない。当面の焦点となるのはその中でも些末な2つの問題>
10月1日にラスベガスで発生した乱射事件は、犠牲者58人、負傷者500人以上という空前の惨事となりました。過去最悪の犠牲者数、そして連射が可能に改造された強力なアサルト(攻撃用)ライフルが使用されたことなどを考えれば、銃規制の論議が起きるのは当然です。
ですが、現時点では議論は盛り上がっていません。その背景には2つの理由があります。1つは、現在のアメリカはトランプ政権、つまり「銃保有の権利を保障する」ことを公約に掲げて当選した政権の時代であることです。そのトランプ大統領は、10月4日にラスベガスを訪れていますが、ひたすら犠牲者への弔意を示し、警察の対応を賞賛するだけで、銃規制に関しては一切言及しませんでした。このトランプ政権の下では、銃規制の強化は難しいだろうという「空気」がアメリカでは濃厚です。
もう1つは、今回攻撃の対象となり多くの犠牲を出したのが、「アメリカ中西部が本場のカントリー音楽祭」だったということです。参加していた男性の多くがカウボーイハットをかぶっていたことに象徴されるように、極めて保守的なカルチャーの集団が狙われたことになります。
ですから、犠牲者やその家族の多くが銃保有派であることが考えられます。2012年にコネチカットの小学校で乱射事件が起きた時には、犠牲になった子どもたちの家族から銃規制運動が立ち上がりましたが、今回はそうした可能性は低いでしょう。
現地ラスベガスでは、ひたすらに「犠牲者を追悼し、負傷者の快癒を祈り、警察・救急など事件処理に当たった人々を顕彰する」という動きが続いています。4日に現地入りした大統領も、その動きに乗るだけでした。ワシントン・ポスト紙などは、「追悼し祈るだけ」なのは「(死者への)冒涜ではないのか?」という厳しい提言をしていますが、実際問題として、多くの保守派が「事件を契機とした銃規制論議」への警戒感を強める現状では、「分裂を避ける」ためには沈黙せざるを得ないという雰囲気が濃厚です。
そうは言っても、これだけ多数の人命が奪われた以上、銃の販売方法に関する議論は避けられません。
現時点では、銃規制に関する議論は当面、以下の2点に集約されています。
1つは、現在議会で審議されている「銃の消音器(サイレンサー、サプレッサー)」の販売に関する規制緩和の問題です。3月以来断続的に審議が続いているこの問題ですが、要するに銃口にセットすることで、銃撃時の爆発音を抑えることのできる部品(消音器)について、従来厳しい規制がされていたところを自由に販売できるようにしようというものです。
共和党は、今回の事件は事件として、淡々と規制緩和の成立に向けて努力するという立場ですが、これに対して民主党は激しく反発しています。つまり、今回の事件では、少なくとも「コンスタントな銃声が聞こえた」から、多くの人が異常に気づいて避難ができたのであり、その銃声を消す機械を自由に販売するなど「とんでもない」という立場です。
これに対して共和党は「消音器でも銃声は消せないから、その点は全く問題はない」と反論しており「消音器をつければ無音のうちに人が殺せるなどというのは、映画の中だけのファンタジー」「今回の自由化は、銃撃時に狙撃者の鼓膜を守るという健康面での必要から進めている」という立場を崩していません。
共和党側の主張には一理あるにしても、このような悲惨な事件が起きたという時期に、狙撃者の鼓膜を守る消音器を自由に販売できるようにするのは、判断として不自然という見方が自然だと思われます。この「消音器の自由販売」という問題は、その意味で喫緊の課題になっています。
もう一つは、今回の実行犯が高い連射性能を持った銃を使用していた問題です。記録されている銃声音でも明らかですが、実際に押収された武器を見ると、「セミオートマチック」のライフルが「フルオートマチック」に改造されており、高度な連射性能を有していたことが判明しています。
この「フルオートマチック改造」ですが、法律上のグレーゾーンになっている実態が浮き彫りになっています。と言うのは、まず改造に必要な部品がインターネット上では野放しになっており、誰でも200ドル前後で購入できるという現実があるからです。また、連邦法で禁じられているにも関わらず、事件のあったネバダ州では改造用部品の販売が横行していたのです。
この「フルオートマチック改造」という行為、そしてそのための部品の販売禁止という措置は、現在の連邦法でも可能なはずで、今回の事件を受けて取締りの強化ができるかどうかが問われています。
本来であれば、強い殺傷能力を持つアサルトライフルの規制という議論が起きてもおかしくないのですが、当面は「消音器の自由化」問題と、「フルオートマチック改造」への実効ある規制という二つの問題――どちらかと言えば些末なこの二つの問題がクローズアップされることになりそうです。
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10月1日にラスベガスで発生した乱射事件は、犠牲者58人、負傷者500人以上という空前の惨事となりました。過去最悪の犠牲者数、そして連射が可能に改造された強力なアサルト(攻撃用)ライフルが使用されたことなどを考えれば、銃規制の論議が起きるのは当然です。
ですが、現時点では議論は盛り上がっていません。その背景には2つの理由があります。1つは、現在のアメリカはトランプ政権、つまり「銃保有の権利を保障する」ことを公約に掲げて当選した政権の時代であることです。そのトランプ大統領は、10月4日にラスベガスを訪れていますが、ひたすら犠牲者への弔意を示し、警察の対応を賞賛するだけで、銃規制に関しては一切言及しませんでした。このトランプ政権の下では、銃規制の強化は難しいだろうという「空気」がアメリカでは濃厚です。
もう1つは、今回攻撃の対象となり多くの犠牲を出したのが、「アメリカ中西部が本場のカントリー音楽祭」だったということです。参加していた男性の多くがカウボーイハットをかぶっていたことに象徴されるように、極めて保守的なカルチャーの集団が狙われたことになります。
ですから、犠牲者やその家族の多くが銃保有派であることが考えられます。2012年にコネチカットの小学校で乱射事件が起きた時には、犠牲になった子どもたちの家族から銃規制運動が立ち上がりましたが、今回はそうした可能性は低いでしょう。
現地ラスベガスでは、ひたすらに「犠牲者を追悼し、負傷者の快癒を祈り、警察・救急など事件処理に当たった人々を顕彰する」という動きが続いています。4日に現地入りした大統領も、その動きに乗るだけでした。ワシントン・ポスト紙などは、「追悼し祈るだけ」なのは「(死者への)冒涜ではないのか?」という厳しい提言をしていますが、実際問題として、多くの保守派が「事件を契機とした銃規制論議」への警戒感を強める現状では、「分裂を避ける」ためには沈黙せざるを得ないという雰囲気が濃厚です。
そうは言っても、これだけ多数の人命が奪われた以上、銃の販売方法に関する議論は避けられません。
現時点では、銃規制に関する議論は当面、以下の2点に集約されています。
1つは、現在議会で審議されている「銃の消音器(サイレンサー、サプレッサー)」の販売に関する規制緩和の問題です。3月以来断続的に審議が続いているこの問題ですが、要するに銃口にセットすることで、銃撃時の爆発音を抑えることのできる部品(消音器)について、従来厳しい規制がされていたところを自由に販売できるようにしようというものです。
共和党は、今回の事件は事件として、淡々と規制緩和の成立に向けて努力するという立場ですが、これに対して民主党は激しく反発しています。つまり、今回の事件では、少なくとも「コンスタントな銃声が聞こえた」から、多くの人が異常に気づいて避難ができたのであり、その銃声を消す機械を自由に販売するなど「とんでもない」という立場です。
これに対して共和党は「消音器でも銃声は消せないから、その点は全く問題はない」と反論しており「消音器をつければ無音のうちに人が殺せるなどというのは、映画の中だけのファンタジー」「今回の自由化は、銃撃時に狙撃者の鼓膜を守るという健康面での必要から進めている」という立場を崩していません。
共和党側の主張には一理あるにしても、このような悲惨な事件が起きたという時期に、狙撃者の鼓膜を守る消音器を自由に販売できるようにするのは、判断として不自然という見方が自然だと思われます。この「消音器の自由販売」という問題は、その意味で喫緊の課題になっています。
もう一つは、今回の実行犯が高い連射性能を持った銃を使用していた問題です。記録されている銃声音でも明らかですが、実際に押収された武器を見ると、「セミオートマチック」のライフルが「フルオートマチック」に改造されており、高度な連射性能を有していたことが判明しています。
この「フルオートマチック改造」ですが、法律上のグレーゾーンになっている実態が浮き彫りになっています。と言うのは、まず改造に必要な部品がインターネット上では野放しになっており、誰でも200ドル前後で購入できるという現実があるからです。また、連邦法で禁じられているにも関わらず、事件のあったネバダ州では改造用部品の販売が横行していたのです。
この「フルオートマチック改造」という行為、そしてそのための部品の販売禁止という措置は、現在の連邦法でも可能なはずで、今回の事件を受けて取締りの強化ができるかどうかが問われています。
本来であれば、強い殺傷能力を持つアサルトライフルの規制という議論が起きてもおかしくないのですが、当面は「消音器の自由化」問題と、「フルオートマチック改造」への実効ある規制という二つの問題――どちらかと言えば些末なこの二つの問題がクローズアップされることになりそうです。
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