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ドイツはロシアから東欧を守れ

ニューズウィーク日本版 2017年10月6日 18時16分

<東欧でドイツとロシアの人気が逆転している。メルケル独首相は新政権でこの流れを止め、ロシアから東欧を守らなければならない>

ドイツのアンゲラ・メルケル首相が連邦議会選挙(下院選)で勝利し、連立交渉を進めるにあたり、2つの重要な疑問がある。1)ドイツの新たな連立政権は、過去2~3年で悪化したドイツとロシアの関係にどのような影響を及ぼすのか。2)伝統的なドイツの勢力圏でEU加盟国でもある東欧諸国に対する影響力にどう影響するのか。

はっきりとは見通せないが、ある程度予測は可能だ。

政治経済でロシアと協調するドイツの伝統的な「東方政策」は、いまもドイツ政界や経済界の主流を占める。ロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合し、ドイツの安全保障が損なわれた時でさえ、ドイツは東方政策をやめなかった。

今後の連立シナリオとして最も可能性が高いのは、メルケル率いる与党・キリスト教民主・社会同盟(CDU・CDS)と、自由民主党(FDP)、緑の党とが大連立を組む、「ジャマイカ連立」だ(各党のイメージカラーが黒、黄、緑でジャマイカ国旗と同じ)。

下院選で惨敗した社会民主党(SPD)は、連立から離脱する。SPDは対ロ制裁の緩和やロシア企業との取引正常化を訴えていたので、ロシアはドイツの政権中枢にいた強力な味方を失うことになる。

メルケルよりプーチンに親近感

企業寄りのFDPも対ロ制裁の緩和を支持していたが、それほどそこにこだわりはなさそうだ。

緑の党はFDPと正反対で、対ロ制裁の厳格化を望んでいる。ロシアの人権侵害や領土的野心、エネルギー政策などを激しく批判しており、今後の連立交渉でも対ロ強硬姿勢を強く打ち出すだろう。

全体としてみれば、ドイツとロシアの2国間関係が大幅に変化する可能性は小さい。現状を維持することになりそうだ。

だがハンガリーの都市ヴィシェグラードの名を冠した「ヴィシェグラード諸国(ハンガリー、スロバキア、ポーランド、チェコの東欧4カ国)」とドイツの関係は連立政権に大きく左右されそうだ。ドイツはこの地域に影響力を持ち、貿易相手国としてはフランス以上に重要だ。

ドイツは明らかに、この地域で課題に直面している。スロバキアに拠点を置く非政府組織グローブセックが今年まとめた研究では、ヴィシェグラード4カ国のうち3カ国の国民が、メルケルよりロシアのウラジーミル・プーチン大統領に好感を持っていることが分かった。

スロバキアの反応はとりわけ衝撃的で、国民の41%がプーチンに好感を持つのに対し、メルケルはわずか21%。ハンガリーとスロバキアでは、プーチンの好感度がドナルド・トランプを上回った。さらに、相当数のスロバキア国民が、自国は旧東側諸国に属するか、東側と西側の中間にとどまるべきだと考えていた。



これら4カ国はEUやNATO(北大西洋条約機構)を強く支持する一方、西側、特にその政治指導者に対しては、複雑な感情を持っている。

移民排斥や愛国主義といったポピュリストの台頭は、メルケルのイメージを傷つけた。ロシアも、人々の不満に付け込んで反メルケルの情報操作に一役買った。メルケルはリベラル的な寛容を嫌う人々の敵になった。メルケルのような超リベラル主義は衰退する西欧エリートの象徴で、多文化主義や連邦主義の原則のためには欧州の安全保障をも犠牲にし、東欧諸国を移民でいっぱいにしようとしている、というわけだ。

メルケルが、最初は寛容だったシリアなどからの難民・移民の受け入れを厳格化し、イスラム教徒の女性に顔や全身を覆う「ブルカ」の着用を禁止したことは、東欧ではほとんど注目されなかった。東欧から見たドイツは、リベラルの覇者として自国の価値観を近隣諸国に押し付けてくる偽善国家だ。

ヴィシェグラード4カ国の欧州懐疑主義は反ドイツ的な姿勢を煽り、ドイツが東欧を経済的に搾取しているという根拠のない見方も広がっている。

プーチンは強く、伝統を守る指導者

ハンガリーのビクトル・オルバン首相は7月下旬に行った演説で、ドイツ企業をやり玉に上げた。「ドイツは、ハンガリーには連帯が足りないと批判する前に、5回考え直すべきだ。ドイツ人労働者は、ハンガリーのドイツ企業でドイツ人とまったく同じ作業をするハンガリー人より、5倍も高い給料をもらっている。それを棚に上げて他国の連帯について口出しするなど、恥を知るべきだ」

東欧のロシアに対する見方は、ドイツとは対照的だ。チェコとスロバキア、ハンガリーの3カ国では、よくプーチンがメルケルに対峙する指導者として描かれる。プーチンは国家や家族、キリスト教といった伝統的な価値観の擁護者だ、グローバルなテロとの戦いに効果的に対抗できる強者だ、もしプーチンが欧州の政治指導者なら難民危機を簡単に解決できた、という肯定的なイメージだ。

難民危機は、リベラルを否定し移民を嫌悪する東欧の風潮に拍車をかけただけでなく、東欧とドイツとの心理的な距離を広げ、逆にロシアとの距離を縮めた。

ドイツはこれまで、経済的な利益を優先させ、東欧との直接的で激しい対立を避けてきた。だがドイツの政治家たちは、この地域に及ぼされた政治的なダメージを自覚する必要がある。メルケルとエマニュエル・マクロン仏大統領が欧州統合の深化に向けて連携するつもりなら尚更だ。



ドイツではよく「人の言葉ではなく行いを見よ」と言う。ドイツは対ロ制裁を強く求め続ける割に、ロシア産天然ガスをドイツに運ぶパイプライン計画「ノルドストリーム2」は続行する構えだ。この計画で、欧州は天然ガス供給でロシアへの依存度を高める一方、ウクライナや中東欧諸国を迂回させることでガス通行料の支払いをなくそうとしている。

間もなくドイツで誕生する連立政権は、東欧の信を取り戻すために全力を尽くす必要がある。いくつかの過去の決断を見直すにも、ちょうど良いタイミングだ。

ノルドストリーム2反対の急先鋒だったSPDは連立を離脱したが、ガス通行料を失う東欧諸国のほとんどは強く反発している。ドイツ新政権が東欧との関係を修復したければ、第一歩として、ノルドストリーム2を白紙に戻すのが良いかもしれない。

(翻訳:河原里香)

This article first appeared on the Atlantic Council site.

ピーター・クレコ(ハンガリーに拠点を置く政治資本研究所ディレクター)

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