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「ヒュッゲ」ブームの火付け役が日本人に伝えたい幸せのコツ

ニューズウィーク日本版 2017年10月20日 13時0分



<2016年から世界的なブームとなっている「ヒュッゲ」だが、きっかけはデンマークに移住したイギリス人ジャーナリストの体験記だった。来日した著者に、すぐに実践できるヒュッゲのコツを聞いた>

「世界一幸福な国民」とも言われるデンマーク人。その幸せの秘訣が「ヒュッゲ」であることが注目され、2016年から世界的なブームが起きている。多くの関連書籍が刊行される中でも、このヒュッゲ・ブームの火付け役となったのが、イギリス人ジャーナリスト、ヘレン・ラッセルの『幸せってなんだっけ?――世界一幸福な国での「ヒュッゲ」な1年』(鳴海深雪訳、CCCメディアハウス)だ。

「居心地がよい」「こころ安らぐ」などと説明されることが多いが、ヒュッゲの定義や概念を説明するのは難しいとされる。その謎の言葉「ヒュッゲ」に迫るべく、ラッセルがデンマーク人と幸福に関するデータを綿密に調べ、専門家を訪ね、自ら1年間のヒュッゲ体験をして綴ったのが本書だ。このたび、テレビ収録のために来日したヘレン・ラッセルにヒュッゲについて聞いた。

これまでデンマークで5年間暮らしてきたラッセルなりの解釈は、ヒュッゲとは「感情的に抑圧されることなく、穏やかに喜びを感じること」。イギリス人のラッセルにとっては今もヒュッゲを練習する感覚だというが、デンマーク人にとっては無意識的なものであり、哲学であり、生き方だという。

本書の中でラッセルは、デンマーク人の幸せのあり方を「デンマーク的に暮らす10のコツ」として挙げている(392~395ページより)。

1 信頼する(もっと信頼する)2 『ヒュッゲ』をする3 体を使う4 美に触れる5 選択肢を減らす6 誇りを持つ7 家族を大事にする8 すべての職業を尊敬する9 遊ぶ10 シェアする

インタビューでは、この「10のコツ」のうち、日本人には「2 『ヒュッゲ』をする」をいちばん勧めたいと教えてくれた。

「日本だけでなくイギリスも同じですが、先進国では長時間働き、体型を保つためにダイエットに励んだり、若さをキープする努力をしたりと、自分を鍛え上げることが評価されがちです。しかし、デンマークでは家族や友人と心地よい時間を過ごすことが何よりも大切な価値になっています。仲のよい人たちと一緒にリラックスして過ごすことが評価されるのであれば、簡単ですよね」

また「1 信頼する(もっと信頼する)」についても、他人を疑うことをやめればストレスがかなり減るという。デンマーク人はベビーカーに子供を寝かせて外に置きっぱなしにするという話を聞いたことがあるかもしれないが、これも社会が信頼で成り立っていることから可能となっている。

実際、ラッセル自身もよく車の鍵を掛けっぱなしにしているが、車を盗られたことも、盗られる心配をしたこともないという。互いに疑い続けると緊張を強いられてストレスになるだけでなく、結果として互いを信用できない息苦しい社会を創り出すことにつながる。





そして「7 家族を大事にする」も、すぐに実践できるとのこと。デンマークでは一般的に、友人よりも親・兄弟など家族と休日を過ごす人の割合が高い。イギリスのある調査によると、どの国でも休日にやることの多くはウィンドーショッピングを含めた買い物だと、ラッセルは指摘する。その買い物の時間を家族とともに過ごす時間に充てることで「デンマーク的幸福」を簡単に体験できるのだ。

【参考記事】「世界一幸福」なデンマークはイギリス人にとっても不思議の国

過労社会を変えるには、労働者自身も意識改革を

ラッセルはデンマークでヒュッゲに出合う前、ロンドンで英国版『マリ・クレール』誌の編集者として毎晩遅くまで働き、寝るためだけに帰宅し、家族と会うのも寝る前の一瞬だけだったというところから、本書は始まる。夫のデンマーク転勤で自分のキャリアを諦める形となったが、得たものは大きかった。

ロンドン時代に長年不妊治療に挑み、さまざまな治療にお金をつぎ込んでいたことも赤裸々に書いている。ハードで不規則な働き方に不妊の原因があることに気づきながらも仕事を優先した――というよりも「シフトダウン」することができずにいたのだ。

しかし、デンマークに移住し、フリーランスで執筆生活を送っていたとき、長年の不妊治療とは全く関係なく突然妊娠が発覚する。ラッセルは今では3児の母となっている。

日本で今、大手企業で起きた「過労自殺」に関する裁判や若い女性記者の過労死などが報じられ、ブラック企業やワーク・ライフ・バランスが大きなテーマになっていることを伝えると、国や会社が制度を整えるだけでなく、労働者自身も意識を変える必要があるとラッセルは話した。

「夜中に仕事のメールを書いたり、夜遅くまで残業をしたり、体調が悪くても出社することが『名誉の勲章』というような、プレゼンティーズム(presenteeism)は欧米にもあります。しかし、それは決して名誉ではなく、むしろ恥ずべきこととして、私たち自身も意識改革をしなくては労働環境を根本的に変えることはできません」

ラッセル自身、会社を辞め、フリーランスとしてシフトダウンすることへの恐怖は当然あった。だが、思っていた以上に自分が会社に必要とされておらず、自分の代わりはいくらでもいること、また、自分がいなくても仕事がまわることを理解したという。精神的に追い込まれたり、命を削ったりしてまで働くべき仕事などないと断言する。

とはいえ、今はデジタルデバイスが発達し、家でも電車でも飛行機でもメールをチェックできるなど、どこでも仕事ができてしまう時代だ。公私の区別が難しくなっているが、どのように切り替えればいいのだろうか。





ラッセルによれば、仕事にプライベートは持ち込まず、またプライベートにも絶対仕事を持ち込まないデンマーク人の頑固さには見習うべきところがある。アメリカとイギリスでの調査によると、仕事中に約3割の人がSNSをチェックしたり、私用メールをしたりしていることが分かっている。このように、長時間労働の中には実はかなりの割合で「プライベート」が紛れ込んでいることについて、私たちはもっと自覚的になるべきだとラッセルは指摘する。

【参考記事】欧米でブームの「ヒュッゲ」で日本人も幸せになれる?

ブラジルでもヒュッゲが求められる理由

現在、ラッセルの著書は世界20カ国で翻訳が進んでいる。「これほど世界中で反響があるとは思いませんでした」と、ラッセル自身が驚く。

「自分の本の翻訳者に直接会ったのは、デンマーク語版以外では今回の日本語版が初めてなのですが、ブラジル(ポルトガル語)版の翻訳者も素敵な方です。でも、どうしてブラジルでヒュッゲが求められるのかと最初は驚きました。ブラジル人にこそ仕事と休暇のバランスについて教えてもらいたいと普通は思いますよね。実際には情報化とグローバル化によるスピードの波で、世界中の誰もが過重労働状態におかれ、疲弊しているのです。だからこそ、世界一幸福と言われるデンマーク人のワーク・ライフ・バランスに関心が集まり、本書が注目されたのだと思います」

改めてラッセルにとって「デンマークとは何か」と尋ねると、彼女はこう答えた。自分が幸せになれる場所であり、無理なくキャリアを追い求めることができる場所であり、家族がいる場所だと。


『幸せってなんだっけ?――世界一幸福な国での「ヒュッゲ」な1年』
 ヘレン・ラッセル 著
 鳴海深雪 訳
 CCCメディアハウス




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ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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