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国民審査を受ける裁判官はどんな人物か(判断材料まとめ・後編)

ニューズウィーク日本版 2017年10月20日 17時33分

<総選挙が投開票される10月22日は、最高裁判所裁判官国民審査の日でもある。今回の審査対象となる「次期長官の有力候補」大谷直人氏、「加計学園の役員だった」木澤克之氏、「欧州サッカーファンの元英国大使」林 景一氏とはどんな人物か>

※国民審査を受ける裁判官はどんな人物か(判断材料まとめ・前編/制度の問題点、小池 裕氏)
※国民審査を受ける裁判官はどんな人物か(判断材料まとめ・中編/戸倉三郎氏、山口 厚氏、菅野博之氏)

作成:筆者

5:「次期長官の有力候補」大谷直人

東大法卒・裁判官出身・北海道生まれ、東京都出身
就任:2015年2月17日/定年:2022年6月22日

《プロフィール》
大学在学中に司法試験合格。司法試験に合格するまでは、弁護士になることしか考えていなかったが、司法修習で裁判官の仕事の奥深さに触れて、この道を選んだ。「あれこれ考えるより、ジャンプしてしまおうという性格」だと自己分析する。

一般に裁判官は、全国各地に転勤するのが当然であるところ、大谷判事が東京高裁の管轄エリアから離れたのは富山時代の3年間だけで、超エリートとして司法府内で重用された。2018年1月に新長官に任命される最有力候補と目される。

静岡地裁時代がお気に入りで、東京へ戻ってから「富士山を毎日、PCのライブビューで見ている」と述べたことも。

《主な発言》
・2016年8月4日、小中学生対象の最高裁判所「夏休み子ども見学会」にて。
「(どんな人が裁判官に向いていますか?と尋ねられて)どちらか片方の気持ちに偏らず、両方の人の話をよく聞ける人。感情的にも、冷酷にもならないことが大事です」

・2012年3月27日、最高裁事務総長(司法事務方トップ)の就任会見にて。
「(当時、スタートして約3年が経過した裁判員制度について尋ねられて)進水式を終え、湾内を航行してきた段階から、いよいよ外海へ出て行く時期です。見えてきた課題はもちろん、時代の変化と共に生じる新たな問題を改善していく努力も必要です」

「(過去の印象深かった事件を尋ねられて)合議体の3人の裁判官の意見が割れた件です。異論や違和感は、かえって判決理由の厚みを増すと信じ、撤回を畏れず意見してきたつもりです」

・1998年7月5日、毎日新聞朝刊。最高裁刑事局第一課長としてコメント。都道府県ごとに設置され、検察の起訴や不起訴について11人の市民が審理する検察審査会について、議決権ベースで92倍(東京-佐賀)、人口比ベースで20倍(東京-島根)の最大格差が付いていた事実について。
「配置がどういう基準でなされたか、今では資料がないので分からない。検察審査会は裁判所のような全国一律性は要求されず、人口や事件の数に応じて配置する必要はなく、偏りがあるとは思っていない」

《主な関与判決》
・NHKスペシャル「JAPANデビュー」(2009年放送)の中で、日本の台湾統治時代、1910年開催の日英博覧会に台湾住民の暮らしを写真で展示したことについて、西欧列強が植民地の住人の暮らしを「人間動物園」として紹介したやり方を真似たと伝えた点につき、「深刻な人種差別的意味合いを持つ」ものとした高裁の判断を破棄し、名誉毀損はないと結論づけた(※裁判長でないが、裁判の合議に関与)。

・2002年から、訴額140万円以下の簡裁代理権が付与された司法書士が、消費者金融等への過払い金返還請求を受け持つ場合、「140万円以下」とは、過払い金(依頼人の利益)の額でなく、貸主の請求額であると、司法書士業界にとって厳しい判断をした(※それ以上は弁護士の職域)。

・私立短大が「1年ごとの更新・上限3年」の条件で雇った非常勤講師の女性を、子育てや体調不良を理由に1年で雇い止めにした件を、不当な解雇と判断。「3年経過後に雇用継続か否かを判断すべきだ」として、2年分の未払い給与の支払いを命じた。

・諫早湾(長崎県)干拓事業問題。潮受け堤防の排水門を国が開けない期間中、漁業者へ支払うべき強制金を45万円/日 から90万円/日への引き上げを許容。財源は公費(※なお、開門した場合にも農業者へ49万円/日の補償を支払うことになっている)。

・女性の再婚禁止期間を6カ月から100日に短縮すること、ならびに夫婦で同じ苗字を名乗る制度が合憲であることを確認した大法廷意見に賛同した。また、再婚禁止期間の適用例外について共同補足意見を書いている。



6:「加計学園の役員だったけれど......」木澤克之

立教大法卒・弁護士出身・東京都出身
就任:2016年7月19日/定年:2021年8月26日

《プロフィール》
新宿区の法律相談を担当し、法務省の人権擁護委員を歴任。立教大学出身者で初の最高裁判事。

獣医学部の新設認可をめぐって安倍首相の関与が疑われている学校法人「加計学園」の監事を務めていた時期がある。加計学園理事長も立教大出身であることから、この任命について国会でも問題視された。なお、他の弁護士出身判事と同様、日弁連の推薦を受けている。

2017年3月30日、民進党(当時)の木内孝胤議員が衆議院地方創生特別委員会で質問に立ったところ、まるで日弁連の推薦なしに木澤弁護士が最高裁判事に選ばれたかのような、事実誤認に基づく質問があった。山口厚判事の件と混同したとみられる。

《主な発言》
・2016年7月19日、最高裁判事就任会見にて。
「弁護士出身の自覚と誇りを持って、最高裁判事として取り組みたいと思います。零細企業の経営者や市民が、法律知識がないために苦労したりトラブルに巻き込まれたりすることに対し、直接手助けできる弁護士を選びました」

「(憲法改正について尋ねられて)国民的な議論をもとに、社会全体で決められることだと考えていきます。動向を注意してみていきたいと思います」

・『法学教室』2006年12月号。立教大学法科大学院で「民事実務の基礎」講義を担当。
「(学生に向けてのメッセージ)専門分野の実務能力を身につけることは当然のことですが、公共への奉仕という自覚を持って仕事をする法曹になってほしいと思います。宗教家・法律家・医者のことをプロフェッションといいますが、どのような意味でプロフェッションなのかを考え、また、法曹はいかにあるべきかを常に念頭に置いて仕事をしていく法曹になってほしいと思います」

《主な関与判決》
・建設作業員が勤務中の事故で脳脊髄液減少症になった労働災害について、「発症が確実に証明されていない」として、障害等級の引き上げを認めなかった二審判決を支持(※一審和歌山地裁は、障害等級の引き上げと障害年金の支給を認めた)。

・陸上自衛隊パレードの反対集会に、公共施設(金沢市役所前広場)を使わせない金沢市(石川県)の不許可処分を、憲法の定める集会の自由に反せず、適法とした。

・大阪市長選の立候補を表明した府知事について、その父と叔父が反社会的勢力の一員だと報じた週刊誌の記事に、名誉毀損はないと結論づけた原審判決を支持。「(首長としての)人格形成に影響しうる事実で、公共の利害に関わる」とした。



7:「欧州サッカーファンの元英国大使」林 景一

京大法卒・外交官出身・山口県周南市出身
就任:2017年4月10日/定年:2021年2月7日

《プロフィール》
大阪府立天王寺高校卒。2011年の東日本大震災の当時はイギリス大使を務めており、約7000万円の義援金など、イギリスからの復興支援の橋渡し役を務めた。岩手県陸前高田市で大津波の被害に耐えた「奇跡の一本松」の種を、イギリスの植物園の「種子バンク」に寄贈したこともある。

ラグビーW杯英国大会(2015年)で、日本が南アフリカに奇跡的な勝利を収めた直後、ロンドンで開かれた外交セミナーに登壇し、「嬉しい。驚きましたねー。でも、日本が勝つと思ってましたけどね!」とコメントして、場を沸かせた(欧州サッカーのファンでもある)。

《主な発言》
・2017年、最高裁判事就任会見にて。
「世界が大きく変化し、日本の国も司法府も変化が求められる中で、何が変わるべきか、変わるべきでないのかを見つめていくことが必要」

「世界は安全保障などの分野で、秩序の根本が揺らいでいる」

・『正論』2017年2月号。
「日英関係にも難しい時期があったが、互いに相手がよく、『二人』で踊れるようになった。EU離脱は英国に『外』との関係強化への弾みを与えるもので、新『日英同盟』構築の好機なのだ。当面は『トランプ氏をどう説得するか』という共通目標を持って、協力、協調を高めていくことが重要だと思う」

・単著『イギリスは明日もしたたか――「EU離脱」「トランプ」...駐英大使の核心報告』(2016年、悟空出版刊)「はじめに」より。
「私は2005年から2008年まで駐アイルランド大使を務めた後、2011年から2016年5月まで駐英国大使として英国に勤務した。その経験に基づいて言えば、英国はこれまでも、そして明日以降もしたたかな国であるということ、日本はその英国から大いに学ぶべきだということだ。幸運にも、日本はそういう英国と基本的利害が共通している。そのことを認識し、英国と緊密に連携していくことが日本の国益になると確信している」

《主な関与判決》
・2016年参院選での一票の価値の最大格差「3.08倍」について、「合憲」判断の多数意見に同調はしたものの、実質的に「違憲状態」であったとの意見を示す。「2015年時点で、違憲状態を脱したとの評価を明言するにはためらいがある」「投票価値の平等の保障は国際的潮流である」

※なお、一票の格差の解消に関しては、地方の住人の声が中央にますます届きにくくなると懸念する声や、特に参院選では合区(複数の隣接した県を1つの選挙区とする)によって、選挙活動での移動の負担が重くなったり、地元と国会議員の結びつきが薄れたりしかねないと指摘されることもある。

◇ ◇ ◇

近頃はインターネットだけでなく、新聞やテレビ、ラジオも、限られた枠内とはいえ、国民審査について採り上げようとする気運が高まってきている。それでも、この制度の問題点や審査対象となる判事について、よく知らない人は多いのではないだろうか。

なお、筆者は今回の国民審査対象の判事をめぐるツイートのまとめページを作成している。関心のある方はそちらも参考にしていただけると幸いである。
●https://togetter.com/id/nag_masaki


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長嶺超輝(ライター)

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