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殺された米兵はニジェールで何をしていたのか

ニューズウィーク日本版 2017年10月26日 16時0分

<アメリカ人さえ知らないところでアフリカの国に駐留し、治安部隊の訓練を行う米特殊部隊、何のため?>

西アフリカのニジェールで10月4日、米軍の特殊部隊が武装勢力に襲撃され、米兵4人が死亡する事件が起きた。ドナルド・トランプ米大統領が死亡した兵士の妻に「無神経な言葉」をかけたことばかりが問題になっているが、そもそも米軍は何のためにニジェールにいたのか。多くのアメリカ人はこの事件が起きるまで、米軍がニジェールに駐留していることすら知らなかっただろう。

今回犠牲になった米兵たちのような特殊部隊は世界70~80カ国で活動してきた。主要な任務は相手国の治安部隊の訓練で、それを通じて安定化と民主化を支援する。ニジェールに派遣されたのは数年前。マリ北部とナイジェリア南部をはじめ周辺国で支配地域を広げるイスラム過激派対策の一環だった。

JUST IN: U.S. intel officials examining video showing militant group in Niger for clues related to deadly ambush. https://t.co/HQHEX3DNFz pic.twitter.com/Xj2uFdH8Ie— ABC News (@ABC) 2017年10月24日

(危険な仕事:殺された米兵たちを待ち伏せしていたとみられるイスラム過激派。捕まえたら「首を切り落とす」「武器で戦う」などと言っているという)


この地域の過激派対策の拠点としてニジェールを選んだのには訳がある。ニジェールは西アフリカでは比較的安定した国だ。アメリカは安定化のプロセスに深く関与し、友好関係を築いてきた。ニジェールの政府と国民もアメリカに好感情を抱いている。

ニジェールはサハラ砂漠南端の半乾燥地域サヘルに位置するが、90年代初めに他のサヘル諸国とは一線を画す試みに乗り出した。形式的な民政移管を果たしたばかりの当時の政権が、複数政党制の民主主義政治を実現するため、首都ニアメのアメリカ大使館をはじめ各国大使館に支援を求めたのだ。

脆弱国家の支援が使命

かつてのニジェールでは、人災が深刻な干ばつを引き起こすこともしばしばで、今でも世界の最貧国の1つだ。その上当時は、少数民族の遊牧民トゥアレグ族が中央政府に反発を募らせ、武装蜂起を繰り返していた。当時のニジェールと周辺国には、大使館の警備に当たる海兵隊の部隊を除き、米軍は駐留していなかった。

ニジェール政府の要請を受けて、国務省国際開発庁、情報庁(現在は廃止)などの米政府機関が、ニアメに大使館を置く各国政府や国連機関、NGOと連携して選挙関連の法整備などを進め、民主的な政治制度の基盤を築いた。93年には1960年の独立以来初めて議会選挙が実施され、トゥアレグ族など少数民族の政党も候補者を擁立した。

民主的な統治への移行はどこの国でも一筋縄ではいかず時間がかかるものだ。ニジェールでも軍部のクーデターが繰り返され、民主化の進展は一進一退を余儀なくされた。11年にイスフ・マハマドゥ大統領率いる現政権が誕生し、政情はまずまず安定したが、今なお経済的・社会的インフラの構築で国際的な支援に大きく依存している。イスフ大統領は民族融和を掲げ、11年以降、首相を務めるブリジ・ラフィニはトゥアレグ族の出身だ。



ニジェールに米軍が展開するもう一つの理由は、この国がサハラ砂漠に位置すること。政府の統制が行き届かない砂漠は、テロ組織や過激派が基地を置くにはお誂え向きだ。「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」やテロ組織ISIS(自称イスラム国)に忠誠を誓うボコ・ハラムなど、この地域の安定を脅かす武装勢力の動きを把握するには、ニジェールに拠点を置く必要がある。

「なぜ米軍がニジェールに?」という問いには、こう答えたい。脆弱国家の政治的・経済的な安定化を支援することは、地域の安全保障のみならず、アメリカの安全保障に貢献する。民主的な統治が実現し、無政府状態の地域が縮小すれば、過激派がグローバルな脅威へとのし上がる芽を未然に摘むことができる。米軍、とりわけ相手国の治安能力の向上を支援する特殊部隊は、外交や開発援助に取り組む政府機関と並んで、アメリカの安全保障戦略に不可欠の役割を果たしているのだ。

今回の悲劇的な事件は、サヘル地域での米軍の任務が大きな危険を伴うことを改めて痛感させた。だがもし「ニジェールに駐留する理由」が疑問なら、テロ対策でのアメリカの戦略的な目標、と、アフリカの脆弱国家の民主化を支援することがそこで果たす役割に目を向ける必要がある。

(筆者は1990~93年、ニジェールの首都ニアメのアメリカ大使館に勤務した)

From Foreign Policy Magazine

デービッド・リット(米国務省元顧問)

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