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トランプ政権の移民包囲網は子供にも容赦なく迫る

ニューズウィーク日本版 2017年11月6日 12時15分

<米政府が不法移民対策を強化するなか、10歳の少女を病院で拘束する事件が起きた>

緊急手術を受けたばかりの10歳の少女を、不法移民を理由に拘束する――10月25日、テキサス州でそんな事件が起きた。少女の名前はロサマリア・エルナンデス。生後3カ月のときに母親に連れられてメキシコからアメリカに不法入国した。

脳性麻痺を患う彼女は拘束の前日、コーパスクリスティにあるドリスコル小児病院へいとこと一緒に向かう途中、税関・国境取締局(CBP)の検問所で止められた。病院へ行くことは許されたが、係官が同行して一晩中待機していたという。

ロサマリアは退院と同時に、移民関税執行局(ICE)職員に伴われて、サンアントニオにある青少年移民収容センターへ救急車で送られた。国土安全保障省(DHS)の対応次第では強制送還される可能性もある。

この一件は、トランプ政権下で加速する不法移民の逮捕・拘束が新たな段階に入った事実を浮き彫りにしている。学校や教会、病院など不法移民にとって「安全圏」と見なされていた場所も、今や逮捕の不安と無縁ではなくなった。

「オバマ前政権時代には起こるはずがなかった出来事だ」。ロサマリアの弁護士の1人、アレックス・ガルベスは本誌にそう語った。「現政権は不法移民にあからさまなメッセージを送ろうとしている。病院へ行くのは考え直せ、強制送還されるかもしれないぞ、と」

ロサマリアと母親のフェリパ・デラクルスは長らく、テキサス州ラレドで暮らしてきた。メキシコ国境近くに位置する人口約26万人の小都市だ。ロサマリアは胆のうの緊急手術を受ける必要があったが、ラレドの病院ではできない。車で2時間半ほどのコーパスクリスティの小児病院まで行ってほしいと、医師は母親に告げた。

不法移民であるデラクルスにとっては悪い知らせだった。コーパスクリスティへ行くには、国境地帯の幹線道路に設けられたCBPの検問所を通らなければならないからだ。

拘束されて娘の手術が遅れたら困る。そう考えたデラクルスは、ロサマリアのいとこで米市民権を持つアウロラ・カントゥに付き添いの代理を頼んだ。ラレドの医師はカントゥに、緊急医療措置を受ける目的で不法滞在者を移送中であることを証明する公式文書を渡し、検問所で提示するよう指示した。

カントゥは検問所で、ロサマリアを病院へ連れて行くことを許されたものの、係官2人が別の車でコーパスクリスティまで同行。緊急手術が終わると、ロサマリアは係官が待つ病室へ移された。



移民関税執行局(ICE)による不法入国者の摘発が相次いでいる John Moore/GETTY IMAGES

母親の面会も許されない

その夜、サンアントニオ在住の移民問題専門の弁護士レティシア・ゴンサレスは事件を知らされ、直ちにドリスコル小児病院へ向かった。彼女が到着したときには、制服姿の武装したICE職員5人が病室の外で待機しており、ゴンサレスが病室へ入るのを病院職員に阻止された。地元の人気スペイン語ラジオ局でこの話を暴露すると脅しをかけたところ、病院側とICE職員は折れたという。

本誌はドリスコル小児病院に取材を申し込んだが、構内に移民当局者が入った場合の方針に関してはノーコメントとのことだった。ゴンサレスの話についても、患者のプライバシー保護を理由に回答を拒否した。

ドリスコルでは今年9月にも同様の事件が起き、大きな論議を呼んだ。不法移民の夫妻が生後2カ月のわが子の治療に訪れた際、院内に入ると同時に移民当局者に拘束されたのだ。

ICE職員はゴンサレスに、ロサマリアをヒューストンの収容センターへ送ると言っていた。しかし約1時間後、救急車でサンアントニオへ移送する方針に変わったと知らされた。アメリカ永住権を持つロサマリアの祖父を保護者として認定し、彼女を退院させてほしいと訴えたが却下された。

移送の時間が迫るなか、ゴンサレスは新たなショックを受けた。ICE職員がロサマリアとカントゥと共に、救急車の患者収容部に乗ろうとしていたのだ。ロサマリアと離れて、前部座席に座ってほしいという要求は聞き入れられた。

「彼女は脳性麻痺で、実年齢は10歳でも精神的には5~6歳児に近い」と、ゴンサレスは言う。「武装したICE職員が横に座る必要がどこにあるのか」

DHSは今後、ロサマリアを母親がいる自宅へ帰すべきかどうかを判断することになると、弁護士のガルベスは話す。通常なら2カ月以上かかるプロセスだが、状況に配慮して迅速に対応するとの確約を得たという。「約2~3週間以内に決定を通知すると伝えられた」

それまで、ロサマリアはサンアントニオの青少年移民収容センターに滞在することになる。面会は可能だが、訪問を許されているのは米市民権を持つ者だけ。つまり母親と会うことはできない。

「病院から連れ出されるとき、明らかに(ロサマリアは)動揺していた」と、ゴンサレスは言う。「母親に会いたいと、ひたすら望んでいる」

ゴンサレスによると、センターへの移送時、ロサマリアの健康状態は安定していた。母親のデラクルスはその点については喜んでいるものの、娘がセンターでどんな思いをするかと不安を感じている。

「いつも一緒だったのに、あの子が私を必要としている今、そばにいてあげられない」。デラクルスはNBCのスペイン語チャンネル、テレムンドでそう嘆いた。「娘がどんな扱いを受けるのか、私には分からない。怖くてたまらない」


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[2017.11. 7号掲載]
カルロス・バレステロス

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