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新種のオランウータンを密猟と環境破壊から守れ

ニューズウィーク日本版 2017年11月6日 20時0分

<ヒトに近い大型類人猿の新種が88年ぶりに発見されたが個体数はわずか800。大々的な報道で密猟者の標的にもなりかねない>

インドネシアのスマトラ島北部にある北スマトラ州の密林でヒトに最も近いとされる大型類人猿のオランウータンの新種が発見された。

同州で研究を続けてきたスイス、英国、インドネシアなどの研究者による国際チームが11月2日付けの米科学誌「カレント・バイオロジー」に研究成果として発表したもので、それを受けてインドネシア国内でも新聞、テレビが一斉に大きなニュースとして連日報道を続けている。

国際チームによると、2013年に同州南タパヌリ県で発見された死んだオランウータンのオスの成体の頭蓋骨、歯を調査するとともに、別の場所で捕獲された2頭分のDNA(遺伝子)を比較検討してきた。

オランウータンは地球上でスマトラ島北部に生息する「スマトラオランウータン」とマレーシア、ブルネイ、インドネシアが国境を接するカリマンタン島(マレーシア名ボルネオ島)の「ボルネオオランウータン」の2種がこれまで確認されている。

比較検討の研究からどう北スマトラ州にあるトバ湖の南と北でオランウータンの種類が分かれ、南側の集団は北側のスマトラオランウータンとは異なる新種であることが判明したという。

新種はタパヌリの密林に生息することから「タパヌリオランウータン」と命名された。その特徴は頭蓋骨が小さく、発達した犬歯があることで、DNAの配列も異なるという。黄色がかった茶色いシナモン色の縮れ毛も特徴で、オスには長い口ひげ、メスにはあごひげがある。

DNA的にはタパヌリオランウータンは北側のスマトラオランウータンよりも離れたボルネオオランウータンに近く、約300万年前にタパヌリオランウータンとして分かれた可能性があるという。




明るいニュースとして大々的に報道

大型類人猿の新種発見としては1929年にアフリカでボノボが確認されて以来88年ぶりとなり、当初はBBCやCNNなど海外の報道を伝えていた地元インドネシアも、すぐに独自のニュースを流し始めた。主要な新聞、テレビは写真や映像ととともに連日伝えている。

インドネシアでは高級官僚や政治家の汚職摘発、イスラム教過激派のテロ事件、また花火工場の爆発で未成年労働者が多く死亡するなど「暗いニュース」が続いていた。

新種のオランウータン発見のニュースは、インドネシア初のジャイアントパンダと並ぶ大きなニュースになっている。パンダは9月28日に中国から到着、11月末にもジャカルタ南郊の「タマンサファリ動物園」で一般公開が予定されており、オランウータンはパンダとともに明るいい「動物ニュース」として注目を集めている。



主要紙「コンパス」「テンポ」などと並ぶ「ジャワポス」は特に大きな記事でオランウータンの新種を伝えている。

どの新聞でも伝えている特徴は以下のようなものだ。

1) 個体数は約800

2) タパヌリ中央、タパヌリ南・北の密林に分布

3) 平均寿命は50~60年

4) メスの出産間隔は8~9年

5) メスの初産はだいたい15歳

個体数は研究チームの発表にもあるもが、2)~5)については他のオランウータンのデータから類推したものとみられる。

記事の中で政府の自然保護天然資源エコシムテム総局長は「これまでのところタパヌリオランウータンに関する密猟や周辺の環境破壊は確認されていない」としているものの、今回の大々的な報道により今後、密猟者や森林破壊などの問題が現実になることを懸念する声も出ている。

密猟や森林火災からの保護が緊急課題

ボルネオオランウータンが生息するカリマンタン島には日本人研究者やカナダ人研究者による観察拠点キャンプ、さらに密猟や森林火災から保護されたオランウータンを密林に戻すためのリハビリセンター「ワナリサット」(東カリマンタン州バリクパパン市)などがある。

このうち東カリマンタン州クタイ国立公園内にある日本人研究者の観察拠点ではかつてインドネシア人などが毎日、ジャングル内でオランウータンの個体の追跡観察を続け、1日の行動、家族や集団の動きを膨大なデータとしてまとめる地道な作業を続けていた。

しかし観察拠点近くでも、国立公園内にも関わらず木材の違法伐採による森林破壊が押し寄せるなどオランウータン保護の難しさに直面していた。

インドネシアでは赤ちゃんあるいは子供のオランウータンをペットとして飼育したり、外国の動物園、動物愛好者へ密輸するための密猟が後を絶たない。オランウータンを含めたゴリラ、チンパンジー、ボノボなどの類人猿は全て絶滅の恐れがある野生生物として「レッドリスト」に指定され、保護が喫緊の課題となっている。

特にカリマンタン島、スマトラ島では毎年恒例となっている開発のための森林火災がオランウータンの生息環境を破壊している。特に2015年の森林火災では約170万ヘクタールの熱帯雨林が焼失した。

研究チームも「タパヌリオランウータンは最も絶滅に瀕している大型類人猿である」として環境保護の重要性を発表の中で強調しており、ニュースで沸き返る一方でインドネシア政府による緊急かつ効果的な対策が求められている。

[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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大塚智彦(PanAsiaNews)

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