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北の核武装解除には米軍の地上侵攻必要 爆撃で済ませるための情報なく

ニューズウィーク日本版 2017年11月6日 18時45分

<米政府は、北朝鮮の核兵器はおろか生物化学兵器がどこにどれだけあるかも把握していない>

北朝鮮の核武装を完全に解除するには、米軍が地上侵攻するしか選択肢がない──米軍の最高機関である米統合参謀本部の見解だ。

民主党の上院議員で元軍人のテッド・リューとルーベン・ガレゴは9月下旬、ジェームズ・マティス米国防長官に宛てた書簡で、米朝戦争になった場合の詳しい被害予測を発表するよう要求。北朝鮮に対する米軍の軍事力行使に対し、深刻な懸念を示した。

「北朝鮮との戦争でどれほどの被害が出るのか、アメリカ人に説明する義務がトランプ政権にはある」とリューは言った。「今後北朝鮮で軍事衝突が起きれば、アメリカは核保有国との戦争に突入するということを、アメリカ人は理解する必要がある」

マティスは10月27日、米統合参謀本部議長室を通じてリューに文書で回答し、本誌もその回答を入手した。「北朝鮮が開発した核兵器や関連施設をすべて発見し、完全に破壊するためには、地上侵攻しか方法がない」と、米海軍のマイク・ドゥモント少将はその中で書いていた。

地上侵攻しかないと米軍が断言したのは初めてだと、リューは言う。リューが懸念するのは、シリアのバシャル・アサド政権の化学兵器庫を標的にトランプがミサイル攻撃を指示した4月のように、北朝鮮の核兵器も遠隔地からのミサイル攻撃で簡単に無力化できるという誤解が蔓延していることだ。

神経剤、血液剤、窒息剤......

「北朝鮮問題でアメリカが抱える課題の1つは、金正恩政権の内部情報がほとんどないことだ」とリューは言う。そのため、核兵器や通常兵器の保管場所を正確に把握するのは難しい。北朝鮮の核兵器や核施設を完全に破壊するためには地上侵攻が不可避だ、と米軍が主張しているのもそのためだ。

ドゥモントは回答のなかで、「通常兵器または核兵器による犠牲者数を予測するのは困難」とし、被害予測の具体的な数字は示さなかったが、生物化学兵器の使用の可能性には言及した。「戦争になれば、北朝鮮は生物兵器の使用を考慮する恐れがある」「北朝鮮はこれまで、神経剤、びらん剤、血液剤、窒息剤などの化学兵器を大量に製造してきた。そうした化学兵器を備蓄しているもようだ」

米ブルッキングズ研究所北東アジア政策研究センターの推定では、北朝鮮は2500~5000トンの化学兵器を保有している。今年の2月、マレーシアで金正恩の異母兄・金正男を殺したVXガスも大量にある。

イギリスの英特殊武器(CBRN)連隊の司令官だったハミッシュ・ド・ブレトンゴードンは、北朝鮮にはVXが5000トンあると言う。「そしてたぶん一度に500キロのVXを搭載したミサイルを6000キロ~1万キロ先へ飛ばす技術もある。犠牲者は数万人規模にのぼる可能性もある。



米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」が発表した10月の報告書は、もし北朝鮮とアメリカの間で軍事衝突が起き、北朝鮮が韓国の首都ソウルと東京を核攻撃した場合、両都市で死者が最大210万人に上ると推計した。

米議会調査局が10月下旬に発表した別の報告書は、米朝戦争が起きた場合、通常兵器しか使用しない場合でも、最初の数日で最大30万人が死亡すると推計した。「朝鮮半島で軍事衝突がエスカレートすれば、韓国と北朝鮮で2500万人以上が戦闘の影響を受ける恐れがある。それには少なくとも10万人のアメリカ人も含まれる」

リューは北朝鮮との戦争だけでなく、戦後についても懸念する。

「戦争が終わった後の計画は白紙状態だ。難民発生に伴う人道危機にどう対処するのか。中国との関係はどうするのか」とリューは言う。「米朝戦争が終われば、韓国が北朝鮮の政権に取って代わることになる。その後も朝鮮半島には、米軍地上部隊を駐留させる必要があるはずだが、駐留期間はどうするのか。アフガニスタンでの米軍の駐留期間は16年に上るが、いまだに勝利していない。そのうえ、洗脳された北朝鮮軍まで相手にしなければならない」

米統合参謀本部議長室からの返事に対し、全員が退役軍人での人は連名で声明を発表した。

「我々は退役軍人として、戦争でアメリカを守り、今もアメリカの安全保障のために何でもする」「北朝鮮と地上戦に突入すれば、米軍部隊やアメリカの同盟国が破滅的な被害を受けることも分かっている。米統合参謀本部も我々と同じ見方だ。米軍の分析は、北朝鮮に対する望ましい軍事的選択肢など1つもない、という我々の見方が正しいことを裏付けている」

日韓の一般市民も危険

声明はそのうえで、もしアメリカが北朝鮮を地上侵攻すれば、米軍部隊だけでなく、韓国、日本、米領グアムの一般市民を含む数百万人が生命の危険にさらされると指摘する。

「アメリカが北朝鮮に対し軍事力行使に踏み切れば、どれほどの被害が及ぶのか、国民にきちんと説明すべきだ。」

声明は最後に、北朝鮮に対する「挑発的な」レトリックが米軍を危険にさらしているとし、口のきき方を改めるようドナルド・トランプ米大統領に要求した。さらに米議会に対しても、北朝鮮問題を慎重に議論するよう求めた。

リューはすでに、トランプの手を縛る行動に出た。民主党のエドワード・マーキー上院議員と共に今年1月、「議会が核兵器使用を含む戦線布告をしない限り」、大統領の先制核攻撃を禁止する法案を提出した。

トランプは11月3日、12日間の日程でアジア歴訪に出発した。大統領として初のアジア訪問で、日本を皮切りに韓国、中国、東南アジアなどを訪ねる。ホワイトハウスは、緊迫する北朝鮮情勢への対応をこの旅の最優先課題に掲げている。

(翻訳:河原里香)


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ジョン・ホルティワンガー

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