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早過ぎるリタイアはリスクがいっぱい

ニューズウィーク日本版 2017年11月10日 17時10分

<寿命や自殺率、認知症にも影響する――心身共に健康で長生きするためには「生涯現役」が理想的との研究報告が>

89歳のジョー・バートリーの背中を押したのは、退屈な毎日だった。彼は昨年、イギリスのサウスデボンの地元紙に求職の広告を出した――求む、週20時間以上の仕事。

「今でも清掃、簡単なガーデニング、DIYなど何でもできます」と、彼は記した。アームチェアに腰掛けて過ごす日々から脱して、忙しく過ごしたいとの切実な思いを伝えるには、これでもまだ足りないと思ったらしい。彼はこう書き足した。「退屈で死にそうなのから救って!」

数年前に妻を亡くした退役軍人のバートリーは、仕事が与えてくれるさまざまな恩恵に飢えているらしい。社会的つながり、経済的報酬、それに、たとえお決まりの日常業務からだって得られる達成感だ。

バートリーと似た境遇の高齢者はたくさんいる。退職者は(特にそこそこの年金収入がある人は)、旅行やガーデニング、友人とのブリッジゲームで時間をつぶす黄金期を満喫できるはず。

だがイギリスの15年の調査では、300万人の現役世代が年金支給開始年齢後も働く予定だと答えている。世論調査会社ギャラップによると、アメリカ人の退職年齢は91年には57歳だったが、14年には62歳まで延びた。

彼らが働き続けるのは、経済的な事情でやむにやまれず、という場合もある。だがバートリーのように、働きたいから働くという人も少なくない。 

いずれにしても働き続けるのはいいことだ。早期退職は心身の健康に悪影響を及ぼすことが分かってきた。WHO(世界保健機関)によれば、自殺は全世界で年間80万人以上、推定40秒ごとに1件起きているが、男女とも70歳以上の自殺率が最も高い。

フランスの国立保健医学研究機構(INSERM)は、42万9000人を対象に認知症発症率を調査。その結果をまとめた13年の報告書によれば、60歳で退職した場合、65歳まで働く場合に比べて認知症と診断されるリスクが約15%高かったという。脳を若く健康に保つ秘訣は働くことだと、INSERMは結論付けている。

健康で長生きするために70代になっても働き続ける――この風潮が続けば、2000年前後に成人したミレニアル世代をはじめとする今の現役世代にとっては「悠々自適の老後」は過去のものになりそうだ。

とはいえ、高齢になっても働き続けるには健康でなければならない。若い世代は祖父母世代の不健康な習慣(喫煙など)をやめたが、新たな問題も抱えている。例えば彼らは「上の世代より太っている」と、米スタンフォード大学のジェームズ・フリース名誉教授は言う。信頼できる統計によれば、アメリカの成人の3分の2以上、68.8%が過体重もしくは肥満だ。

過体重は体全体に負担をかけ、キャリアを突然終わらせかねない。09年に米肥満学会の機関誌オビーシティに発表された研究によれば、25歳で過体重の人が中年期に肥満になると、健康を害して早期退職するリスクが高まる。



孤独な退職者はリスクだらけ

さらに気掛かりなのがアルツハイマー病の増加だ。ITの普及で人と直接話す機会が減っている状況も相まって、脳に深刻なトラブルが生じている。

NPOのアルツハイマー病インターナショナルは13年、世界全体の認知症発症率が2030年には2倍に、50年には3倍になると予測した。ミレニアル世代の認知症リスクは史上最悪になるわけだ。現在の医学ではアルツハイマー病を食い止める手だてはない。

他人とのつながりが減っていることも問題を悪化させる。現代産業の特徴の1つはリモート・テクノロジーへの依存だ。モニター越しにいつでも誰とでも交流できることで、ビジネスの効率は大幅にアップする。その半面、自宅で仕事をするようになると1日8時間の他人と接する機会が失われ、健康面にしわ寄せが来る。「人との交流が失われる分、非常に大切な何かも失う」と、高齢者専門の精神科医ゲーリー・ケネディは指摘する。

今の若い世代は単発の非正規雇用が多く、職場への忠誠心も人間関係も希薄になっている。そうした働き方でも当座の生活には困らないかもしれないが、老後の精神的健康を保つために必要な情緒の安定は得られない。

強固な社会的絆を持たない人間の脳は、深い闇に落ちる恐れがある。15年にオックスフォード大学出版局の学術誌「労働、高齢化、退職」に発表された研究は、52~75歳の労働者1200人を対象に調査を実施。愛する人間がそばにいない人や健康状態が悪化し始めている人は、活動的な人に比べてドラッグやアルコールに溺れるリスクがはるかに大きかった。

「健康上の理由で定年後に有意義な活動への参加が制限される人は特に、労働力から外れると社会から疎外され、孤立し、退屈する羽目になる」と、研究論文の執筆者ピーター・バンベルガーは書いている。

リタイアしてからしばらくは自由な時間がうれしいかもしれない。だがそのうち、1日中のんびり過ごすことに嫌気が差し、まるで終身刑に服している気分になってくる。孤独な退職者は特にそうだ。

高齢者が健康に暮らす方法について、スタンフォード大学のフリースはあれこれ指示し過ぎることを避けている。「誰にでも当てはまる公式を探す人々もいるが、私は懐疑的だ」

それでも、気を付けるべき基本的なポイントはいくつかある。普段からストレッチなどで体を動かすこと、そして脳を刺激すること。他人と一緒に作業するのが理想的だ。

今のところ若い世代は、こうした基本を身に付けていないようだ。それでも、何を優先すべきかを見失わない限り悪い流れを変えることは可能だと、フリースは言う。「長生きしたければ、とにかく活動的に過ごすことだ」

<本誌2017年11月7日号特集「一生働く時代」から転載>


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クリス・ウェラー

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