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泥仕合の様相を呈してきた、アメリカの「セクハラ糾弾」合戦 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年11月21日 15時15分

<左右対立の構図の中で「セクハラ糾弾」は暴露合戦の泥仕合に。背景にはリベラル勢力による「いずれはこの問題でトランプを」という思惑も絡んでいる>

今週に入っても、アメリカのトップニュースは、アラバマ州の連邦上院議員補欠選挙で「セクハラ疑惑」を告発されて窮地に立っているロイ・ムーアという共和党候補の問題です。

11月9日(木)のワシントン・ポスト紙のスクープは、ムーア候補が地区の副検事だった30歳代の時に、4人の未成年女性に対して性的な行為を行ったという内容でした。その後、当時16歳だったという第5の女性など全部で8人の女性が、意に添わぬ行為の被害者として名乗り出てきています。スクープから約10日後の11月20日には、最初にワシントン・ポストで取り上げられた「当時14歳」だったというリー・コーフマンさんという女性がNBCテレビに登場して証言する事態にまで発展しました。

この問題ですが、トランプ大統領は、現在でも「アラバマでの補選ではムーア候補に投票して欲しい」とは言っています。ですが、最新の報道では「イメージダウンになる危険」を考えて、大統領自身はムーア応援の運動は行わないようです。

一方で議会共和党の幹部は、スキャンダルが発覚した当初から、「候補を辞退すべき」という姿勢を取っています。そんな中で、補選の行方を占う世論調査のデータでは、FOXニュース、調査会社グラビス・マーケティングなどの最新調査で、民主党のジョーンズ候補が5~8%先行という数字が出ています。

今回のスキャンダルは「アラバマ州の上院1議席が民主党に行くかもしれない」ということで、極めて政治的に大きな意味を持つことになりました。ホワイトハウスとしても、議会共和党としても何とも頭の痛い状況です。

一方で、同じような「セクハラ疑惑」では、民主党の側からも大きなスキャンダルが出ています。ミネソタ州選出の連邦上院議員のアル・フランケンといえば、土曜日の晩のお笑い番組「サタデー・ナイト・ライブ」などで活躍した元コメディアンで、日本でいうタレント議員の成功例とされてきました。

2008年に上院議員に当選した際には、極めて僅差での当選でしたが、議会での活動が評価されて人気が上昇し、2014年の選挙では大差で再選されました。ちょうど、民主党の大物議員の中では珍しい「庶民派」ということで、2020年の大統領選への待望論すら出始めていたところでした。

ところが、そこへ突き付けられたのは10年前のスキャンダルです。2006年にコメディアンとしてイラクやアフガニスタンなどの米軍基地への慰問ツアーを行った際に、同行した女性タレントが眠っているときに、ふざけて胸を触っているという写真が暴露されました。フランケンの表情は悪戯っ子そのもので、仮に本人が同意した上での「芸」ということならセーフかもしれませんが、被害者が「10年間、この行為で苦しんだ」と言っている以上は、全く申し開きはできません。



フランケンの場合は、さらに第二の被害者女性が名乗り出たり、ハフィントンポストの創業者で、リベラル論客のアリアナ・ハフィントンに対して、「ふざけてお尻を触ったり、胸を触ったりしている」写真が暴露される(但し、ハフィントンは、特にコメントせず)など、窮地に陥った状況です。

さらに11月20日には、アメリカのテレビキャスターとして最も尊敬を集めていた存在として、現在までCBSの朝のニュースと、ブルームバーグの対談番組のホストとして活躍していたチャーリー・ローズに対して、8人の女性がセクハラ行為への告発」を行なっています。告発の内容はかなり深刻なもので、ローズは即時休業に追い込まれています。

そんなわけで、保守とリベラルが、お互いに新たな「容疑者」を必死になって探しているという構図になっているのですが、このトレンドの背景には、一つの強い動機があります。それはリベラル派の間に、「いつの日かトランプ大統領のセクハラ問題について動かぬ証拠を突きつけたい」という目的意識があるということです。つまり、もちろんこの機会に徹底的に「セクハラは悪」という世相を作っていけば、大統領がいつか「ボロを出すだろう」という極めて政治的な計算です。

この問題に関連して、FOXビジネスニュースの経済キャスターであるマリア・バーチロモが騒動を起こしています。バーチロモは、対談相手のリベラル派から「フランケンの疑惑を批判するのなら、トランプ大統領の昔から言われているセクハラ疑惑も問題にすべきだ」と言われたところ「大統領には一切の疑惑はありません」とか「フランケンの場合は決定的な証拠があり、大統領への噂を同列に扱うことはできません」と強く明言して「大炎上」となっているのです。

バーチロモはFOXに移籍する前のCNBC時代には、9.11の同時多発テロで動揺するNYの市場を丹念に報道するなどして人気があり、当時は中道だったのですが、移籍後は局の方針に合わせて保守に転じています。そんなわけで、彼女はアメリカのニュース・メディアでは大変な有名人なのですが、今回の騒動で炎上する中で、多くのリベラル派のフォロワーを一方的にブロックしたことでさらに評判を下げています。

今回の「セクハラ摘発ブーム」を通じて、これまで告発を躊躇してきた女性たちが一斉に発言し出したこと、そしてこの種の被害から女性を守るべきだという社会的合意が強く形成されつつあるのは良いことだと思います。ですが、左右対立の構図の中で、お互いに暴露合戦の泥仕合に陥っているというのもまた事実です。それにしても、アル・フランケンはともかく、チャーリー・ローズまでがスキャンダルに見舞われるとは私にも全く予想外でした。


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