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インドネシアの巨大汚職事件、事故偽装までして逃げ回った主役の国会議長ついに逮捕

ニューズウィーク日本版 2017年11月21日 16時26分

<不審死や劇薬で失明など物騒な事件も絡んだ汚職事件の捜査は佳境に>

インドネシアの国家汚職撲滅委員会(KPK)は11月19日深夜、入院先の病院で与党ゴルカル党党首のスティヤ・ノファント(Setya Novanto)国会議長を電子住民登録証調達事業に関わる予算不正流用事件の収賄容疑者として逮捕した。

汚職容疑で現職の政党党首が逮捕されるのは3人目だが、国会議長の逮捕は初めてで、総額約2兆3000億ルピアというインドネシア汚職史上最大級の事件は疑惑の中心人物の逮捕に漕ぎつけたことで真相解明の最大の山場を迎えた。

国民全員が所持を義務付けられている身分証明書(KTP)の電子化(e-KTP)を目指す事業は2011年から2013年にかけて総額5兆9000億ルピアの予算が計上されたものの、うち2兆3000億ルピアが事業に関わる政府高官、関係省庁幹部、国会議員らに賄賂として消えた疑いがあり、独立した捜査機関であるKPKが捜査に乗り出していた。ノファント議長はこの事業を発案した中心人物で当初から疑惑の主役として嫌疑がかけられていた。

今年7月17日にKPKが同議長を収賄容疑者として認定、捜査の手が身辺に及ぶことを察知した議長は9月10日に突然「体調不良」を訴えて入院。その一方で容疑者認定の無効を訴える予備審理を起こし、9月26日に勝訴して容疑者認定は無効になった。

無効判断の直後に議長は退院したことから「仮病説」が有力となるなど、国民からは「心証は真っ黒」とみなされるようになった。

この間、党首、議長としての公務をこなしながら疑惑を全面否定するとともに国会ではゴルカル党が中心になって「KPKの強大な権力を制限」する法案提出を企図するなど抵抗を試みた。

しかしKPKは、米国在住のインドネシア人実業家でe-KTPの指紋認証に関する事業に関与していた人物が不審死を遂げる事件の直前にこの人物から新たな証拠を入手しており、それに基づき10月30日に議長に出頭命令を出した。

議長がこれを拒否し続けたため、11月10日に再度容疑者として認定、強制捜査に踏み切る構えをみせた。

行方不明、交通事故そして入院

汚職事件の容疑者で出頭命令に従わない議長にしびれを切らしたKPKはついに11月15日午後10時過ぎ、ジャカルタ南部の議長自宅に身柄拘束と家宅捜索のため係官を派遣。民放テレビ局は臨時ニュースを流すとともに自宅前からの生中継の特番を組んで「議長逮捕」に備えた。

ところが議長は行方不明で家宅捜査を終えて16日午前2時過ぎ、KPK係官は自宅を後にした。KPKはマスコミを通じて議長に「自首」を呼びかけ、ゴルカル党幹部や政権首脳からも「法に従い出頭するように」と議長に逆風が吹き始めた。

こうした風を察知したのか16日夕方、議長はKPKに向かった。ところがテレビは一斉に「議長の乗った車が電柱に激突、議長は緊急入院」との臨時ニュースを伝え、報道陣が入院先の病院に殺到する騒ぎとなった。



議長の代理人は、頭部に包帯を巻き医療器具に繋がれ目を閉じて横たわる議長の写真を公開し「頭部を負傷し重傷だ。こんな状態で出頭も事情聴取もないだろう」と声を荒げた。

国民の多くは過去に入院したり、行方をくらましたりとあの手この手で捜査を逃れてきた議長の行状を熟知しており、今回の交通事故も「入院の口実」と見抜いていた。

警察も事故車には血痕もなく、衝突した電柱も無傷であることを公表するなど「事故」に疑いを抱いていることを印象付けた。

ネットには電柱がベッドに寝ているイラストや仮病で静養する議長の風刺画が多数掲載された。

警察の捜査官も出向しているKPKは、奇手を繰り出して逮捕を回避する議長に「人権侵害」「違法捜査」と後で批判されないように慎重に対応を検討。その結果、議長が担ぎ込まれた病院から医療設備が整っている国立病院に強制的に移送、そこで頭部CTスキャンなどで再検査を実施した。そして複数の医師の診断に加え、医師協会などのセカンドオピニオンも求め「検査の結果、入院を要する容体ではない」とのお墨付きを得た。

そして11月19日深夜、病院で議長を逮捕、身柄をKPK内の拘置施設に移した。

報道陣の前に汚職事件の拘留者であることを示すオレンジ色のチョッキを着せられて表れた議長は頭部の傷に手をやりながら弱々しい声で「まだ痛みは残っているが拘留は受け入れる。しかしKPKの法的措置には抵抗する」と述べ、今後法的措置で対抗する姿勢を示した。国民の間には「往生際が悪い」「情けない」との冷めた声が広がった。

劇的展開の事件捜査も核心へ

今後KPKの議長に対する捜査が進展すれば、議長と関係の深い同党幹部や実業家、官僚にも捜査の手が及ぶとみられている。20日には疑惑がもたれている企業の役員でもある議長の妻がKPKに呼ばれて事情聴取を受けた。

ゴルカル党は近く幹部会を開催して党首交代に踏み切る構えで、ジョコ・ウィドド大統領も「法に従って捜査に応じるように」と議長に求めるなど、KPKの逮捕によって議長はいよいよ追い込まれたことになる。

e-KTP汚職事件では2017年4月に担当するKPK捜査官が劇薬物を顔面にかけられ片目を失明する襲撃事件や有力証人が8月に米カリフォルニア州ロサンゼルスの自宅で「自殺」するなど劇的な展開をみせており、背後に大物の関与が当初から指摘されていた。

インドネシアのマスコミは議長が今後、法的措置などで対抗して最後まで捜査に抵抗を続けるのか、観念して洗いざらい自供して汚職に関わったゴルカル党関係者や他党の国会議員、政府高官などの実名を挙げるかどうかが最大の焦点とみて、KPK前で24時間体制の取材を続けている。

[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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大塚智彦(PanAsiaNews)

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